第38話 公園だった場所が、クレーター
地面が円形にえぐられていた、空は水色だった
クレーターのそばに、白いシルエットのアップルが立っていた。風もないのに、腰まで伸びた白い髪も、常にゆらゆら動いている。それから視線を外すと、クレーターは、地面の他の場所にもあった。かつて、そこにあった、ありふれた住宅街の光景はそこにはなかった。家も、道も、公園もなにもない。地上にあるのは、えぐれた地面か、もしくは、砕け切らなかった月の塊が点在するだけだった。
アップルその光景の中に、じっと、身を置いていた。言葉を発しない。
少し離れた場所で、猫の耳をつけた仮想身体に入ったキラヒラが立っている。キラヒラは、破壊されたセカイと、その中に立つアップルの両方を見ていた。
やがて、アップがいった。
「取り立てを受けた気分似てる」
そういい、視線を移す。
その先には、地面へ激突し、砕け切らなかった隕石の塊があった。
「あのあたりが公園だったさ」
「アップルさん」
「じつは、ちょっと泣いている」
そう告白する。だが、白いシルエットのような仮想身体の表情には、白いのみで、何もない。
「テンプレ素材だけでつくったセカイだったし、わたしも三世も、町とかつくるチョウゼツ下手だから、無才能なかったから。あんまり、調整とかしてなかったけどね。どこにでもある、面白味のない町になった。みととに、セカイ初心者が、テンプレ、ランダム配置でつくった町」
そういいアップルは歩き出す。地面には、粉々になった隕石の砂粒が再現されていた。そのため、歩くと、渇いた土の地面を歩いているような足音が鳴った。
キラヒラが追い駆けて歩くと、アップルはいった。
「ヒト様から見れば、つまらない町でしょうが、愛着はあった」
言って立ち止まる。
アップルの目の前には、巨大な月の残骸があった。
とたん、アップルは弓を引くように、右拳を引き、月の残骸へ叩きつけた。瞬間、月の残骸は、粉々になる。
砕いた後も、アップルは拳を突き出したフォームのままだった。
「ここだけでは、わたしの身体はサイキョーにつよい」アップルはそういった。「身体をスーパー違反改造してあるし」
その話は以前、キラヒラにもしていた。だが、重ねるようにして告げる。
「ここだけでわたしはサイキョーで、外のセカイじゃ弱いまま。これは違反改造だし、そういう仕組みの限界だし。でもさ、限られたセカイだけで、サイキョー、って、それくらい許してくれてもいいじゃんか」
アップルはキラヒラの方を振り返る。
「いや、わたしだって、誰ともこの手で戦争したことはないけどね、でも、サイキョーになりたかった、この場所でだけでも。パラメータを不正にいじって、戦闘フィールドとして有効にし続ける設定も不正にいじった、わたしさ、歌も踊りも、よくなくないわけさ。魅力もなく、しょうもない。オリジナルでつくりだすのも、ダメなのしかできない。哀れにも血のにじむような練習の成果が反映されないタイプさ。アイドル的なのが、やりたかった。だけど、どう人生をやりくりしても、やってける自信は発生しなかった。そしたら、あいつだよ、三世。青枝だ、青枝感治が言い出した。とりあえず、お前、ここでサイキョーにしとく、ってね。このセカイでは一番強いってことを、自信を資本にして、まず、それでやってけ、ってね」
アップルはそういい、空を見た。
灰色の空があるだけだった。
「ちきしょう、こいつめ、なーにもわかってねえな、わたしと、と思ったぞ。そういうことじゃねーし」
キラヒラは黙って聞いていた。
「でもさ、いま思えば、まず、それでやってけ、って、なんだか、とりあえず、生き延びろ、って言われた感じがする」アップルはそういって、続けた。「エラそうに、ポンコツ配信者が、再生回数とは無縁の空転生命体の分際で、わたしに哀れみなんぞ覚えるなど、そんな立場、永遠にこないと認識しやがれ、ったく」
放たれた不平不満は、すべて、淡々とした口調だった。
そして、アップルは空を見ていた。やがて、空へ向かって、両足をつかってジャンプした。瞬く間に、空の中腹まで達す。キラヒラはそれを見上げていた。すると、アップルは空へ仰向けに、セカイへゆだねるように落下する。地面へ接触する寸前までその状態を保ち、態勢を整え、両足で着地する。不出来なサーカスのような光景だった。
それからアップルは腰に両手を当てながら立ち、言った。
「よーし、気持ちよく自分語りしたし、もういいさ、いいだろう、うん。キラさん、ここを片付けましょう。新しいセカイのために」
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