第37話 機械から、賞金

 デザインのベースは実在する鹿と思しき生命体だった。

 だが、現実の鹿からは極めて逸脱した配色と、身体の大きさをしている。蹄も従来の鹿と似て非なる形状をしている。静電気を帯びて絶えず、立ち、膨らんだ長毛は、つねにゆらめき、眸は赤い。従来は草食の動物にもかかわらず、猛禽類のような、殺気を感じる外貌だった。

 それがアムの操作するノート型端末の画面に表示されていた。

 赤いライトで満ちた地下の仕事場は、窓もなく、外界の光りは入ることはない。

 アムは画面上の生物の仕上がりを調整する。

 いっぽうで、傍らのテーブルの上には、通話状態の携帯端末が置いてあった。

「機械から賞金を懸けられた、はじめての人類か」アムは画面上の生物の角度を変えながら言う。「ヘンな人生」

 ほとんど興味のないような口調だった。

「アオシ、あなた、ネットにスゴく書き込まれてたよ。罵詈雑言、ま、罵詈と雑言のどっちかというと罵詈が多い」

『そうなのか』

 と、画面のから青枝の声が返される。

「エゴサ―チしてないの」

『それ、やらないんだ、俺』

「動画配信者としてネット上の自分の評判気にしないのって、どうなの。人の評価がすべてでしょ」

『さあ、でも、正解はだれにもわからないし』

「その返しは正解じゃないことだけはわかる」アムは独断と偏見で断言する。その根拠についても「だって、イラつくもの」と、添えた。

『あのさ、アムさん。もしもし、アムさん、アムさんよ―――俺にかかってる賞金額っていかほどなんだ』

「自分で調べろ」

 冷たく跳ね返す。しかし、青枝は意ともせず『いいじゃないか、金の話しようぜ』そういった。『知ってんだろ、おれの値段』

 アムは独特なねばりにあきれるように答えた。「事故歴ある中産階級向けの国産のセダンが一台買えるくらいの値段だった」

『金持ちなんだな、セカイってば」

「お金は、あるでしょうね。機械とはえ、充分な収益をあげているはず。有料会員と、広告費で』

『相手が機械ってわかってても、お金は払うんだね、人類というのは』

「恩恵を受けられるなら、相手が人間でも、機械でも、もしくは、そのどちらかでなかったとしても課金はする。ナマモノでも、機械でも、実体が見えなきゃ消費する者には関係なく思える」

『アップルも似たようなことを言っていた。あいつも金の話も好きだから』

「彼女と私、思想の素体は同じなんだと思う」アムは端末を操作し、画面に表示した獣の角度を変える。「この時代に必要なタフさを、あの子もみつけてる感じがする」

『あのさ、なんとなく、アップルのことを年下と設定している気配を感じるが』

「ん? いくつなのよ、あのりんご姫は」

『さあな、しかし、おばさんの情報によると、あのアパートで十年くらい猫を飼ってたって話だから、人間としての年齢は十歳以上だろ』

「少しは興味もってあげなさい。恋人でしょ」

『腐れ縁に過ぎん、腐食した人間関係の末路だ。まあ、一時期は血が直結している家族より会話していたけどな、奴とは。動画の再生回数を稼ぐアドバイスしてくれた、かつ、実際に手伝ってくれたのは、あいつだけだった。他はおれを無視するか、説得だった、やめとけよ、とな。奴は俺にかかわってくれる、ありがたい存在だ』いって、青枝は息を吸ってはく。『そう、ありがたい資源みたいな存在だ。むろん、消費し尽くしてやるがな、あんなもん』

「愛か」

 青枝は心を込めない声で『愛だな』と、断言した。だが、かすかに自身の断言に耐えかねるように続けた。『愛のカタチは種類も豊富だしな、いかなる理由でも使いやすい、万能調味料みたいなのが、愛だ』

「それが動画配信者を続けられる、理由なの」

『おしつけられた遺産だけどさ。でも、途中からわかったんだ、配信者でいることで、俺は人とつながれる、誰かと一緒にいられる。しかも、無差別に人とつながれる。動画配信は俺にとってコミュニケーションツールだ』

「ただの寂しがり屋か」

『むろん、そうさ。俺なんぞ。正気に戻ったときはいつも、さびしくて気が狂いそうになる』

 青枝がそういうと、アムは「そんなの、誰だって」と、言い、しかし、発言を取りやめた。「やめよう。このまま続けてたら、だめな雑談になる気がする」

『同意だ』青枝は肯定した。『本題に戻ろう』

「それで、いつになるの。セカイへ戦いを挑むのは」

『建築家からあと三日かかると連絡を受けた。街の完成までに、あと三日と』

「わかった」

 アムは答えて、続けた。

「それまでに、わたしはこの子たちを産んどく」

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