第36話 尾行、印象

 青枝感也に賞金首がかかった。

 確保したものに、多額の報酬を支払う。

 形式上は、あくまで消息不明者を発見することによる、礼金であり、複数のその種のサービスサイトに、同時に掲載された。だが、一方で、どこからか、青枝のアカウントがセカイの運営側から、疎んじられている情報が流れ出ていた。そして、瞬く間 に、別々の情報を組み合わせ、現状を察知する者が出現し、実質、セカイが青枝に賞 金首に設定したことがネット上の一部に流れされる。

 しかも、賞金首の件は、深刻さを帯びないよう、ポップなイベントとして、なにかしらのチューニングがされている。そこで遊びの一貫で、賞金首を追ってみようと、自身の発信サービスで発言する者たちが現れた。

 そして、この流れにより国内へ戻った青枝を空港で待っていたのは、にわかな賞金稼ぎだった。二十代の女性二人組だった。入国ゲートをくぐり出ていた青枝をみつけると、挙動不審な動きで追跡しはじめた。さらに、ふたりは仕切りに青枝の姿を携帯端末で青枝を撮影する。

 その様子を、青枝はすぐに察知した。

「まさか、俺に人気が出たのか」

 神妙な面持ちで、つぶやいたとき、青枝の携帯端末へ通話がかかってくる。画面を見ると、相手はアップルだった。

 青枝は追跡してくる女性ふたりへ無表情のまま手をふりつつ、通話ボタンを押した。

「俺だ」と、言って続けた。「いま、ファンに囲まれる寸前だが、どうした」

『衝撃の虚言とかいらない』アップルは体温を微塵も感じさせない口調で言った。『出たってことは、返ってきたのね。この国へ』

「ああ」

『あんた、賞金首かかってるわよ』

 そう言われ、青枝が少し間を置き「なんで」だった。

『いまどこ』アップルはそういって、青枝がどこかと回答する前に『いや、居場所はわかってる、空港でしょ』と、いった。

「どうしてわかる」

『あんたの位置情報は常に掴んでいる。おっーと、設定を切っても無駄だからね、わたしはいつだって、最悪の方法であんたの居場所を把握しているんだ。にがさないから、ぜったいに。あんただけが幸せになることがゆるせないので』

「シンプルに警察に駆け込むぞ」

『つめたくされると悲しくなるワン』

 語尾を跳ね上げるように言う。

 青枝はそこには無反応のまま「で、賞金首とは」と、問いかけた。

『いや、セカイのカミが、あんたに賞金をかけたよ。既成事実』

「そういうのやめてくれよ」

『いや、わたしに言わても困る。クレーム先は、ここではない』

「実質、困ってるのは俺だ」

『そうだね』と、アップルは認めて続けた。『ちなみに、あんた以外の主要メンバーはもう、とっくにみんな知ってる。みーんな金の話、好きだからね。あ、ねえ、いくらいくらぁ? って、きゃっきゃっとやったよ、さっき。あんたの状況は、いまや、ちょっとしたエンターテイメントだ。まあ、そんなわけでさ、とりあえず、集合だ。わたしの巣に来い』

「エラそうに」

『笑止。わたしがホントにエラくなったら、あんたのような人間とは手を切る。気前よく、切る、鉈でスイカを切るが如く』

「奇遇だな」

『そんな感じで、ふたりのなれ合いは健在である』とアップルは言った。『では、わたしのもとへ、お戻りなさい』

「わかった」青枝はうなずき、続けた。「とりあえず、尾行をまいてそっちへ行く」

通話を切り、携帯端末をポケットへおさめる。

 その後は、空港からは、空港直結のホテルへ行き、エレベーターで何度か、上下の移動を繰り返した後、従業員出口から出て、バスに乗り、空港を後にした。その後、適当な場所で下車し、歩き、地下鉄へ乗り込んだ。アップルのアパートとは別の方向へ数駅進み、改札を出て、人込みに紛れて、町をぐるぐる回り、今度は地上線の電車へ乗り込む。

 やがて、電車はアップルのアパートがある最寄り駅へ到着した。

 改札を出る頃には、夕方になっていた。空は赤みが近く感じるような、日焼けだった。

 駅前で青枝はつぶやく。

「尾行をまくって、こんな感じにちがいない」

 口に出して言う。淡々とした口調だったが、独り言をいったのは、やや、不安の表れのようだった。

 それから徒歩で、アップルの住むアパートへ向かった。

 アパートの前には、十人ほど待ち伏せしている者たちがいた。みな、総じて二十歳前後の男女で、携帯端末のカメラを構えている者もいる。うち、ひとりが青枝の姿を目にして「あ、賞金首!」と、叫んだ。

 青枝は「ヤサ、初期からバレてる」と、いった。

 その間に、十人たちは青枝の前へ立ちふさがる。どうやら、それぞれ、単独、あるいは多くて二人組で行動している者たちらしく、組織的な動きはなかった。ゆえに、囲まれて、進路を塞がれてもされず、しかも、強引な青枝の拘束には、躊躇があるらしく、互いの出方を見合ったし、ひたすらカメラを向け「あ、いました! いました―――賞金首のぉ」と、興奮を口にするのみだった。

 青枝はひとりひとりを一瞥し、最後に「十人」と数を声にした。「このアパートの住人じゃない、十人」そう身勝手に言い放ち、一礼の後、アパートの敷地へ入る。

やはり、青枝を物理的に拘束しようとする者はでなかった。賞金首の情報をいちやくキャッチしたものの、それなりの動画における注意点、その知識を有している気配があり、不用意にアパートの敷地へ踏み入れれば、不法侵入にあたることを認識している様子があった。むろん、中には、ただ、好奇のままに訪れた者の可能性もある。

 敷地に入ると、青枝は玄関を通り、靴を脱いでそろえた。そして、二階へあがり、アップルの住居の扉の前まで来た。

 他に誰もいない。

『来たわね、賞金首の三世』

「ああ、来たぞ、非賞金首のアップル」

 扉の上部のついたスピーカーへ向かってそう言い返す。

 やがて、アップルがいった。

『おかえり』

「ただいま」

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