第35話 沈む、デスゲーム

 トンネルをぬけると、その先は崖で、大型バスはそのままガードレールを破壊し、海へ飛び込んだ。ドアは開かず、窓は溶接されていて、どちらも中からは開けることはできない。

 運転手は消えていた。

 乗客は七名。みな、それぞれの思いのままの姿をしていた。

 やや、前方よりに傾きバスは落下する。乗客は数秒の無重力体験を経て、次に、重力が倍増したように、客席に、および、床に叩きつけられる。バスは着水を果たし、水しぶきを放つ。バスは海面に浮いている。と、思ってまもなく、車体のあらゆる隙間から海水が、細い水の線となって注がれ出す。

 すぐさま立ち上がる乗客がいた、よろよろと立ち上がる乗客もいる。

 学生服姿のヒトロだけがまだ立ち上がれず、片膝で、バスのシートを掴んでいる。水が入り込んでくる車内を目にし、放心状態になっている。

 やがて、ヒトロはいった。

「いや、きびしすぎるだろ、こんなのっ―――」

 ひいた表情をしている。

 その表情は、ヒトロがいま現実で浮かべている表情を、端末のカメラがとらえ、そのまま仮想身体に投影しているものだった。

 すると、シートの後ろから、猫ようなの両耳の先をゆらしながら言った。

「デスゲームですから」

 シートの後ろから、半猫人間の仮想身体を使用したキラヒラが一瞬だけ顔を出す。

「やらなければ、ここで死ぬのです」

 そう話し、ふたたびシートの後ろへ頭を沈める、耳の先だけが見切れ、動き続けている。

 ヒトロは「あの、これ、ど、どうすれば………おれ、あの…………」と、全面的な救いをもとめるように訊ねた。

「脱出の手がかりを探すのです」

「脱出の手がかり」

「何かが必ず用意されているはずです。このゲームが、誠実な死のゲームなら」

キラヒラにはきはきとした口調でそう言われる。ヒトロは唖然としつつ「誠実な死のゲーム」と、いった。

 そうしている間に、車内に水が溜まり出し、バスは沈み始める。窓の外が、空と海ではなく、海だけになった。そして、右の車窓の向こうに、サメが見えた。ヒトロはサメと目が合い「うぉ」と、悲鳴をあげ、ふと、気配を察して、右の車窓を見ると、 巨大な蛸が見え、それとも目が合い、のけぞった。

 数分後、キラヒラの猫耳が海面から飛び出し、やがて、顔を出す。それから、キラヒラは泳いで岸まで向かった。岩場の上へ立ち、バスが沈んだ場所を見る。

 誰も、浮き上がってはこなかった。

 キラヒラはしばらく、耳先から海水をしたたらせていたが、やがて、目をつぶった。

 すると、ゲームクリア認定の画面が表示された。キラヒラがOKボタンを押下する。

 そして、ロビーに移る。そこに、仮想身体を操作する他のユーザもいた。参加可能なデスゲームのゲートが並び、開始時間、あるいは、プレイ終了時間が表示されている。

 そこは、セカイとは別の仮想世界提供サービスだった。セカイとは、サービスの関連性がない。

 ロビーにはヒトロもいた。

 放心状態で立っている。そして、現れたキラヒラを見て言う。

「おれ、死にました………」はずかしそうにいう。「大ダコに、捕まって、ぎゅ、ってやられました………」

 その報告を受け、キラヒラは言う。

「誠実な死のゲームでしたね」

 そう言われたものの、感想が思いつけず、ヒトロは黙っていた。

「ゲームの正解はバスの中にあった非常用懐中電灯の明かりで車内から大タコの目を狙って挑発し、大タコにバス全体を掴ませて圧迫させて窓ガラスを破壊、その後、懐中電灯から電池を外して、割れた窓から出ます。海の中にはサメが泳いでいましたが、サメは乾電池を持っていると―――どういう原理か忘れましたけど、水中でも近づいてこなくなるので、食べられずに脱出できます」

 すらすらとしゃべる。

「むちゃですよね、ありえない」

「しかたありません、今回は個人作成のデスゲームです、むちゃはあります。でも、脱出できるようにつくられているので、誠実です。そして、ヒトロンくんは、誠実な死を迎えたわけです」

 これまでのキラヒラとは違い、はきはきしゃべる。ヒトロはその違いに、やや、圧倒されていた。それでもやがて「わかるワケないです、難し過ぎだ、そんなの」と、言い返した。

 キラヒラは「今回はカジュアルモードのデスゲームです」そういった。「でも、クリアが難しいのは、まだよいのです。ひどいのは、最初からクリアが絶対にできないようされているデスゲームです」

「なんでそんな意地悪なことを」

 ヒトロがそう訊ねた。

「好きだからですよ」キラヒラは続けた。「人が困って死ぬのを見るのが」

 端的な内容で言い切り、キラヒラは黙った。ふたりの間に静寂となる。

 ロビーには、次々に、デスゲームに参加しようと、新しいユーザが出入りしている。ひとりでゲームに参加しようとする者もいれば、仲間たちで参加しようとしている者たちもいる。仮想の世界で、仮想の死を遊ぶ。現実の死ではない。安全な危機の中で、自身の判断、行動力、知識を投じる。死、そのものは、架空の体験でしかない。

 やがて、キラヒラがいった。

「死のゲームで、知ることができるのは、希望をみつけたときの喜びでもあるのに。嘘の世界だから、本当に死なないのに、でも、なんとか生きようとしている時間が流れて、クリアできたあかつき、その先には、生き残ったっていう自分が確かに存在して、それで自分自身をデバックできたぜ、という感じになれてて」

 キラヒラの仮想身体は、遠くを見ているようだった。自身がどこまで見通しせるかを、確認するようにも見える。

「あと、これはわたしの趣味でしかありませんが。稀に誰も裏切らないでクリアできたときは、絶叫するほどうれしくなるのです。わぁ、わたしは、なんと、優秀な人間なのだろう、かと、すごいぞ、誰も裏切らずに生きたんだと。そのうえ、みんなを救ってしまったりしてしまったときなど、みごとな自惚れです、ナルシスです。そういう日は、夢を見ないで朝までぐっすり眠れるんです」

 ヒトロは黙っていた。

「あ」その様子を見て、少年がひいているのかと思ったのか「ごめんなさい、べらべら………べらべら………わたし………」と、謝罪する。その謝罪に連動して、猫の耳も、ぱたん、と前へ折れた。

「いや、あの、べつに」

 と、ヒトロはすぐに答え返そうとした。しかし、適切な言葉がみつからないのか、沈黙になる。

 それでも、やがていった。

「あの、つまり、デスゲームで、生きる力を補充している…………みたいな?」

 ヒトロはさぐりさぐりに言う。

 キラヒラは、無反応のまま、見返していたが、やがて、猫の耳が、ゆっくりと立ち上がっていった。

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