第33話 感想と、必要

 携帯端末が振動した。

 音声通話で相手はアムだった。

 アニメ調のイラストが描かれた文庫を閉じると、青枝は公園のベンチに座ったまま、着信ボタンを押す。

『そっちはどう』

 と、アムは漠然とした言葉を投げてきた。

『どう、というか、なにしてるの、あなたの方は』

 青枝は少し間をあけてから、ただ「やあ」と、返した。

『来なかったわね、今日、あの滅びかけアパートに。自分は来ないくせに、わたしを呼び寄せて』そういいアムは『いや、わたしたちを呼び寄せて、あなたはぬけぬけ と、来てない』と、言い直した。

「悪気があって、ぬけぬけと行かなかったわけじゃないさ。ぬけぬけとした事情があった」

『いまどこにいるの』

「公園」

 青枝がそう返すと、しばらく、アムは何も言わず『そう』とだけ言った。

「で、あのあと、みんなで懇親会をしたようだが、どうだ、懇親できたのか」

『アパートの廊下で、ホットプレートを使った焼肉なんて、はじめてよ』

「アップルのやつは、あの部屋から絶対に出ないしな。ゆえに、やつと食事するとなると、外の店へ行けない」

『焼けた肉をハシでつかんでドアの隙間から差し込んだら、吸い込むように消えた』

「なんだか、やばい生命にエサやってる感じになるだろ、あれ」青枝は経験を語る。「ドアの隙間から、そうやってエサを与えると、たまに、震える肉声で、あ、り、が、と、う、とかお礼も言うんだ。心が芽生えたロボットみたいな口調で言う」

『仕事が終わったキラヒラって子も、あとから来た。デスゲームキラーで有名人なのは知ってたけど』

「キラヒラさん、俺、まだ、実物に会ってないんだよな」

『彫りたい感じの肌の子だった』

「君らしく、かつ、わかりにくい印象の感想だな」

『あなたと、あのリンゴ姫はどういう関係なの。今日、聞いても、あの子は答えなかった。かたくなに』

「ん、奴か。あのアパートは、うちの親戚のおばさんが、若い頃戯れに買った物件なんだ。アップルはあそこずっと前から住み着いてる最後の住人だ。やつが住み着いてるんってんで、あのアパートも取り壊せない。つっても、建築法? とかうんぬんの関係であの土地の建物は、一度、壊したら、もう、二度と何か建てるのができなくなる土地らしい」

『住み着いている、って、無料で住まわせてるの?』

「いや、おばさんも天使じゃない。アップルも家賃は払っている。アパートは五部屋ほどあるが、奴しか住んでいない」

『お金あるんだ、りんご姫』

「なんか、遠隔操作でシステム運用だかなんだかの、保守メンテの仕事だかのバイトだかをやっているんだとさ。あんまし、プログラムをつくったりしないし、問題が起こったら、データをいじったるするみたいな。気分的には、デジタル警備員だと聞いたよ」

『そんな人物が、どうしてあなたと組んでるの』

「俺は動画配信者だ」青枝はまず言い切った。『俺のじいさん、おやじもそうだった、若い頃、動画配信者だった。うちは、そんな代々動画配信者の家系で、俺のチャンネルは、じいさん、おやじとで、引き継いチャンネルだ。まあ、まったく再生回数を稼げてないがな。こんぽんてきに才能がないだ、俺には。まるでない。動画チャンネルの運営する才能もない。むろん、動画配信の収入なんてない、俺は稼げたことなんぞ、一度もない』

『なんか、不景気な話が始まった』

「で、本題へ戻ると、動画で稼ぎのない俺はバイトをいくつかしていた。でもって、二年前、親戚のおばさんからバイトを頼まれた。持っているアパートに、ずっといる住人がいるんで、何とかしてほしいって」

『追い出せって、りんご姫を』

「いや、あのアップルが部屋の中で絶命してないか、たまに様子を見にいって、エサを運べってさ。けっきょく。人がいいんだよ、おばさんは。むかしっから、弱ってそうな猫とか、よく拾ってきては面倒みてた。翼を怪我した鳥なんぞを拾って来て、治して、空へ戻したり」

『そんな人いるの』

「いるよ、この惑星には。そういう人がいるんだ」

『あなたにもその血が流れて気がする』

 淡々とした口調で言う。

「そうさな」青枝は嘆息するようにいった。「血の話だ」

『血の話か』

 アムの返しを聞き、青枝はベンチの背もたれへ寄りかかる。

 あたりは充分に明るいが、空、うすい膜のかかったような青だった。

「そんなこんなで、ときどき、エサを運んで、バイト代を貰ってるうちに、あいつに、チャンネルがバレて、チャンネルを通して、コンタクトをとられた」

『コンタクト』

「わたしの玩具にしてやんよ、だとさ、さすれば、再生回数なんぞ、システムに実装された桁数では足りなくなるほどあげてやる―――とかいう虚言のメッセージを送りつけてた。俺は、またたく間に、ああ、こいつは、病気だな、と思った。でもまあ、俺は孤独が嫌いんだ。それで、やつの提案した質の悪い誘惑に負けて、組むことにした。感動的な秘話だろ」

『べつに』

「じゃ、べつに、繋がりで、べつの話をしよう」青枝はそう提案した。「アム、君は、参加するのか、これに」

『いまさら意思確認?』

「拒否権はあるよ」

『わたしの子どもたちを殺されたから』

 アムはそう答えた。

『わたしがセカイで生み出した、違反改造の動物たち、わたしの子どもたち。カミはすべて消した。あなたがわたしをこれに引き込めそうって思った理が、そのままの理由、まじりっけない理由』

「セカイでは、架空の動物を造ることは違反じゃなかった、自由だった。でも、制限はあった。つっても、よっぽどその仮想動物がひどく見た目か、暴れたりしない限り、見逃されていたのが現状だったが」

『あの子たちが求めていたのは命のカタチはセカイに用意された部品じゃ造れなかった。わたしには聞こえた、生まれたい、って子どもたちの声が、こう生まれたいから、こう造って、って声が聞こえた。こう生きたいから、って』

「白状すると、君が造った生き物をセカイで見たことがある。君は、生み出した仮想動物を、他のセカイ主に提供してたりしたんで」

『見て、どう思ったの』

「フィギュア化されてたら、欲しい、と思った」

『感想は物欲なの』

「どんな人が生み出したのかも、気になった」

『そう』と、アムはそっけなく言った。『よかったね、会えたよ』

「ああ、会えた」

 青枝が答えると、しばらく会話が途絶えた。やがて、アムは問いかける。

『いま、どこ』

「コペンハーゲン」

 と、青枝は言い放つ。

 青枝が座っているベンチの前には噴水があり、生き生きとした芝部の向こうには、カラフルな壁色をした集合住宅や、赤土色の屋根の建物が並んでいた。遠くには突き出た塔の先端がある。

「デンマークの首都にいる」

 ひとときの間、アムからの反応はなかった。

『そっか』やがて、そう言い、少し間をあけてから『そっか』と、また言った。

 そのとき、鐘がなった。その音が止むのを待って、アムが問う。

『なぜ』

 青枝は答えた。

「建築家が必要なんだ」

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