第30話 千秒と、経たないうち
灰色の雲が空を覆っていた、直後にも、雨が降りそうな気配がある。だが、まだ降ってはいいない。
いまにも崩れそうな天候を懸念してか、昼休憩の屋上には、あまりそこで食事をとる生徒の姿はなかった。あいかわらず、屋上の一個だけ設置されたバスケットゴールで、昼休憩にバスケットをする生徒たちはいた。高校の暗黙のルールからか、昼休憩中、屋上のバスケットゴールを使うのは、バスケット部員以外とされていた。
バスケットボールが外へ飛び出さないようにするためか、屋上の四方は高いフェンスで囲われ、天井も編みが張られている。
遠目からでは、生徒たちは檻の中にいるように見えた。
『初アカウント作成、ログイン後、千秒と経たないうちに、アカウント削除されたわね』携帯端末の画面の中からアップルが言う。『みごとに。まあ、稀有な体験だ、それ』
ヒトロはひとり、屋上にわざと置かれているのか、放置されただけなのか、いくつかある学習イスのひとつに座りながらつぶやく。
「千秒」考え、続けた。「約十六分、か」
『カミにやられると、アカウントが完全削除なのね。これって、貴重なデータよ、ヒトロン』
そう言われ、ヒトロはひととき目を閉じてから「あの」と、声をかえると同時に目を開いた。「なんだったんですか、あれ、その、昨日の。オレのつくったアカウント、消されたというか、オレ、昨日、あそこで、死んだ………的な………」
そのときの光景を思い出したのか、気が滅入りそうな様子を見せた。
『結果的に人体実験になちゃったわね』アップルは飄々とした口調でそう説明する。『昨日は、まだ、そういうつもりじゃなかったんだけど』
「つか、あの後、なんか、アップルさんとかと、連絡とれなくなったんですど」
『ごめんね、やることがあって、猛然としたデータ収集、など』
『あと、わたしも動揺して。とりあえず、一晩眠って、心を落ち着かせることにして、寝た』
「いや、だとすると、そっちがそれで眠ってオレを放置したせいで、オレの方が眠れない一晩過ごしたんっすけど」
『んー、君も、ちょっとした言い返しをするようになったわね、いいよぉ、はごたえのある生き物になってきた、なってきた』
ヒトロはあきれたように「はぐらかし方が、イージーなんだよな………」と、いった。
『昨日、君は、セカイで死んだね』
急に話を戻され、ヒトロは反応した。「あ、それは」そう咄嗟に何か言い返そうとしたものの、結局、かたまった言葉にはできなかったらしい。「………はい」返事をしただけだった。
『このセカイで死んだら、ホントに死んだみたいな気持ちになるんだよね。リアルで死ぬのに似てるっていうか、とくに、はじめて死ぬと、ああ、死んだって、思ってしまう、きっと、誰でも。つっても、死んだことないから、似てるかどうかは、不明ではある。感想はあくまでも、イメージであり、人間として感覚の開発中のものである』
そう語られ、ヒトロはひととき、考えて答えた。「なにをいっているのか、わからないんですが」
『いやはや、ウホ、こんなふうに、現役の高校生とか屋上から話してると、なんか生きてるー、って感じがするわ』
「いや、それもまたなにいってるか、よくわからないんですが」言って、ヒトロは頭をかき、小声で言う。「いや、無理に理解しようとするの、やめるか………」
ヒトロがアップルに対し、何かを投げ出した後だった。画面から音がした。
『配信三世から連絡が来よった』
「ばかからですか」
『うん、霊長類最品質の、ろくでなしからだ』
「オレよりとは次元の違う愚弄をするんですね」
直後、アップルは『おう、どうした、霊長類最品質の、ろくでなしよ』といって通話中に、別の通話を開始する。『いま、ヒトロンと話してた、え? あー、なんていうか――――彼のメンタルケア的なことをしてた』
傍で聞いていたヒトロは「だとしたら、失敗ですよ」と、コメントする。「なにも、ケアされた印象がないです」
『つか、みんなで話そうぜ、あ、スイッチほいっ、と』
アップルがそういって操作する。やがて『よう、聞いてるか苦学生』と、青枝の声が聞こえた。
「勝手にオレを苦学生にすんなよ」
『なあ、苦学生って呼んでいいか?』
「だからって、許可を得て呼ぼうとかする時点で、知的生命体としてエンドなんだよ、お前は」
『元気そうだな』青枝はそう答えて続けた。『で、アップル、どこまで会話、進んでたんだ』
『さあ』
青枝は『それでこそ、お前だ』と、言い切った。
ヒトロはすかさず「つまり、被害者のようなものか、オレは」と、いった。
『よし、集合だな、こういうときは。おい、そこの非苦学生』青枝は淡々とした口調 で、ひねくれた呼び方をした。『放課後、俺らのひみつ基地へ来い』
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