第29話 すると、月

 カミが現れた。

 アップル、ヒトロ、キラヒラ、アムの前に。

 仮想空間につくられた、ありふれた国内の住宅街の光景。その公園の中に。

 音もなく、予告もなく、現れた。

 その姿は、先の公開宣言で現れたカミの姿そのものだった。少女だった。十四、五歳くらいで、白いワンピースを着ていた髪は黒く長く、美しい少女だった。

 ただ、現れた。声は発しない。

 やがて、ヒトロだけを口を開きかけた。

 だが「月」と、誰かがいった。

 その声に三人が反応する。キラヒラが空を見上げていた。すると、青空に青い月が浮かんでいた。

 空に月はなかった。それがある。現実の空で見える月より、遥かに大きい。そんな月が、いつの間にか空に浮かんでいる。

 一同が、セカイの異変を察知していた。しかし、その感覚を言語化して、互いに共有するより先に、カミが空を見た。

 左手を上げる。

 左手を下げる。

 すると、月の表面が爆ぜた。そして、月から地面へ向かって、無数の月の破片が向かって来る。それは一瞬で地面へ到達し、放たれた月の岩石が、町を破壊した。同時多発的に、到達した月の岩が、爆風が、爆風と混じり、法則のない突風が吹き荒れる。環境処理計算によって、高熱源が再現され、赤い炎がかすかに発生し、他は、高温過ぎて、赤くすらない。家々が瓦礫化し、破片となり、それも溶かされ、塵となる。いくつかの瓦礫が、わずかに固形物のまま飛んで、地面に落ちた。

 月からは、次々に月の一部が向かって来る。

「ログアウトぉ!」

 その中で、キラヒラが叫んだ。そして、セカイから消えた。

 同時に、アムの黒い狐も消えた。

 残ったのは、ヒトロだった。カミの前に、茫然と立っている。

 カミはヒトロを見ていない。無慈悲な表情がそこ据えているのみだった。

 現実では極めて体感困難な月の隕石群襲来の中にあって、ヒトロは、ただひとこと、カミへむかって、かえせよ、と、いった。

 実際、声が出ていたかは不明だった。あまりにも、激しい破壊の渦の中心にいて、体験しているものの情報量が、破滅的に膨大過ぎた。

 カミがヒトロの方を見た。

気がした。

 直後、真っ白なシルエットがカミの身体へぶつかる。アップルがカミを両手で押した。

 カミの身体は瞬間移動したかのような速度で、近くの外壁へ叩きつけられる。

「で! 退散!」

 アップルが叫び、すぐにその場から消えた。ログアウトした。

 次の場面では、ヒトロの身体の上に月の一部が落ちた。

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