第28話 残された、時間を使って
青枝はコードつきのイヤホンを耳に添え、四人の会話を聞いていた。
真昼の小さな公園のベンチへ腰かけていた。犬の散歩をする者がいるくらいで、他に利用者はいない。
携帯端末は着こんだ上着のポケットの中へおさめたまだった。イヤホンのコードは、ポケットから伸びて、青枝に顎下まで続いている。
『そういえば、あの、ばかは、今日どうした』
と、ヒトロがいった。青枝は端末をポケットから取り出し、マイクをオンにする。
「いつも、そばにいるよ」そういって、続けた。「君のそばに」
『うぉ、声だけが』
「君のことをいつも、感じているさ、いつでも、どこにいても。君がのぞんでいたくても、いいるぞ、きっと、たとえ喜望峰にいたとしても」
『声だけだと、不快さが濃くなりやがる』
ヒトロが憎々しげに言う。
『てめぇ、なんで、ここにいないんだよ。責任者だろ、限りなく加害者チックな責任者のだろ、責任とれよ。なんなら、いますぐとれよ、てめぇ自身が最悪な気持ちになるような最大の責任の取り方で』
「元気だな、ヒトロン。なんだあ、昼ごはんに、割引クーポンでもつかって、和風ハンバーグの大盛りでも食ったのか」
『ヒトロンっていうな。スペシャルばかやろう』
「アムさん」青枝はヒトロの発言を流して言う。「来てくれたのか」
『暇だったから』素っ気ない口調で返す。『それに、ブログのネタになるかもって。このインチキっぽい、会合』
「ブログとか、やってんだ」
『けっこう、生きがいで書いてる。でも、不要に読みに来ないでね』
「で、やあ、キラヒラさん。青枝です」
『あ、いえ………』不意に声をかけられたせいか、向こうで、キラヒラは慌てたらしく。『あ、あ、も、もしかして、あなたたちは…………はん………反社会的組織の………人、ととと、とかですか………そそ、それはちょ……ちょっと………………しょ、将来もし………もしも………わたしが国政選挙とかに出た際………過去いじりの…………黒い材料に………い、いえ………出る予定はないのですが……そ、そうはいっても可能性は否定できず………す………すなわち、志というのは水物なのでして………えー、そのー………』
『わー、歯切れの悪い政治の弁明っぽーい』アップルが嬉しそうに言う。『非当確で、決りかな』
すると、青枝は「まて、アップル」と抑止した。「我々に人を裁く権利はない」
そこへヒトロが『裁きとかじゃねえだろ、それ。未来に絶対に残したくない種類のばかが』と、愚弄を放つ。
重ねるようにアムが『低品質な会話を聞いていると、何処かへ還りたくなる』といった。『還るところなんて、もうないのに』
すると、アップルは『あら、あなた素敵』と、漠然と褒めた。
『まっ………麻雀しながらする会話みたいですね………雀荘とかで』キラヒラがコメントを挟鵜。『でも、ツモりそうにないですが………か………会話のツモ………および、か、会話のロン………的な』
いって、自分でおかしかったのか、ぐふふ、と笑った。
アムは『ふだんが退屈な人生だと、その程度で笑えるのね』といった。『そっか、なんか、ごめんね』
愚弄と謝罪だった。どちらも、淡々と放たれる。
「治安悪いな、そっち」
と、青枝が言う。
「みんな、心が汚いし」
さらに勝手に断言する。
『マックスで汚いのはてめぇだ』ヒトロが言い返した。『だから、なんでもお前がこっちいないんだよ。人を雑に呼んどいて。だいたい、ここはお前のアカウントでつくったセカイなんだろ』
「雑に呼んだのは、そこにいるアップルだ。そうだよな、雑ガール」
『わっだしぃのどぐがぁザツなんじゃわい』
「おまえ、なにか食いながら話してるだろ、まさか―――和風ハンバークか?」
『ごめんごめん、取り乱してしまって』
アムは『乱しているのは、食生活でしょうね』と、いった。
「では、俺がそっちにいない理由を説明する。
青枝は強引にその話へ戻す。
「みんなも聞いた通り、そこは俺のアカウントでつくったセカイだ。もともと、別のサービスで、動画配信用のアカウントを持ってたけど、セカイとアカウントの連携すれば、そのままセカイも始められるってんで、やったんだ」
訊いて、キラヒラは焦った。『え、ど、動画配信者なんですか、あ、あなた……ま、まさか、配信か! わたしの、こ、この感じを、生配信とかしてるんですか!』
「してない。録画はしてる、あくまでセカイ内の映像だけだけど」
『録画?』ヒトロが『え、そうなの?』といった。
対して、アムが発言する。『セカイ主は、自身のセカイで起こったすべてを録画できる権利が標準で与えられている。起動させとくかどうかは別として』
『いえ、生配信じゃなければいいです………はい………』キラヒラが落ち着きを取り戻し、言う。『丸ごとを、でろでろ、出しっぱなすのではなければ………まあ………とにかく生配信だけはヤバヤバなので………はい』
『なにがどうちがうんだ?』
ヒトロが問い返すと、キラヒラは答えた。『こころ、がまえ』
「で、俺が、今日、そこにいない理由」
アムが反応する。『それはなぜ』
「バクっているという、ウワサがあるだろ、そこ」
『ウワサっていうか、お前のセカイだろ』
「もしかしたら、いま俺がそこに入ったら、何が起こるかわからん」
『なんだよそれ』
「だから、いま俺がそっちのセカイへ入ったら、その刺激で更新プログラムとかが動いて、そのバグってる状態が、どうなるかわからない。どうやら、セカイはセカイ主が戻ったタイミングでも更新かかる仕組みみたいだし」
アムは言う。『かりに、その更新の刺激で、バグが修正されて、この違反改造セカイと、ここにいるリンゴ姫の違反仮想身体も探知されて何かが起こる可能性がある、と―――』
『おっと、リンゴ姫って、まあ』アップルが照れる。
「だから俺はセカイには入らないようにしている。無論、俺が入らなくても、そのセカイがずっと消されない保障はない」
青枝はベンチの背もたれに、大きく体重をかけた。
空は青く澄み渡っている。雲は風に流れている。小さな犬が飼い主に連れられ、散歩し、離れた場所に野良猫が佇んでいた。公園の前を自転車が通り過ぎ、風で木の葉が揺れた。少し離れた場所に、学校があるらしく、チャイムも聞こえる。すぐそばの自動販売機へ、飲料水を補充する作業員がいた。
「そうなだよ」
と、青枝はいった。
「なにもしなくても、いつかセカイは消える可能性はある」
それから黙った。やがて、アップルは『そう、消えると思う、なにもしなくても。なにかしても』と、言葉を寄せた。
「とまあ」
と、青枝は区切りを入れた。
「残されたセカイの時間を使って、超強いカミとやり合おうってのが、アップルの作戦なんだとさ」
『そう、手応えのある生き様をカミへかます』
青枝の携帯端末はポケットへおさめられたままだった。セカイで、一同が、どういう反応を示しているのかは見えていない。とうぜん、目にしたところで、仮想身体で出来る反応も、万能ではない。
アムは言う。『あなたたち、この奇異にも残されたセカイを、爆弾にでもして、吹き飛ばす気なの、カミを』
『ご名答だ、それだ』アップルが言う。
『な、どういう』キラヒラが戸惑いつつ訊ねる。『それは、いったい………』
「その前に、試すべきことがある」
と、青枝が口を挟んだ。
「そのセカイは、表面上はアップルがセカイ主のツラしてるが、実際は俺がセカイ主だ。ゆえに、俺にはそのセカイの権限がある、まあ、そういう管理も、ずっとアップルがやってたが。とにかく、俺には権限がある。で、いま言った通り、試すべきことがある」
ヒトロが『なにをだ』と、話の内容開示をうながす。
「ブロックしてたんだ、警戒して」
『ブロック』
「お前の姉さん、ミチカさんのユーザーアカウントは、まだ生きててさ。あの日、カミの映像を見て、本能的に咄嗟にブロックしてたらしい、ミチカさんのユーザアカウントを、このセカイに訪問できないように」
アップルは『ぞぞ、っとしたからね』といった。
『ミチカ』アムが口を開く。『仮想身体をカミにとられた子のね』
『ミチカちゃんのアカウントは、このセカイではまだ生きている。で、ここのセカイに入れないようにブロックしてある。そのブロックを、これから解除してみようと思ってる』
キラヒラは『え、なんで』と、聞いた。
答えたのは、青枝だった。
「なにが起こるか見るために」
動機の説明にもならないものを、ただただ、堂々と。
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