第27話 はじめて、立つ
はじめてセカイに立ったヒトロがいった。
「きもち………わるっ………」
学生服だった。
セカイの中に、自身の顔、身体情報から自動作成された、仮想身体が立っている。
そこは、ありふれた住宅街だった。現実を模して造られているが、現実の印象はあっても、決して現実ではないとわかる。
「うお、まっすぐ歩けねえし」
「アカウント登録しちまったか」そこへ、アップルが声をかける。全身、真っ白なシルエットだった。「よしよし、いいぞ、ヒトロン」
「ヒトロン………」
「赤くなったわね、顔」
「あ、いや、は、は」
「さすがに感情による皮膚の変化までは対応されない」
そう教えると、ヒトロは少し時間を経てから「もてあそばないでください」と、返した。
「しかし、よかったのかね、ヒトロン。君も、リアルの情報で身体造っちゃってさ」
以前、ヒトロの姉のミチカも、アップルのセカイを訪れた際、現実にある自身の顔、カタチで仮想身体を作成した。
そして、その仮想身体を、いまは、セカイに現れた、カミが使用している。
「君のお姉さん、ミチカちゃんがはじめてセカイへ飛び込んだとき、必ず自身の顔で造る必要がないことを知らなかったから、リアルと同じ身体でつくっちゃたけど。君も、盗まれるかもよ」
「べつにいいですよ」ヒトロは低い声でいった。「オレのこれは、どうせ使い捨てだし、あとはどうなろうと」
「じゃ、その勢いを尊重する」アップルはそうとだけ返し続けた。「キラヒラさんも来た。よ し、許可、っと」
光が具現するように、ふたりの前に、現れた。
猫のような耳がついた仮想身体だった。現実のキラヒラには似ておらず、閉じて、開いたも目も猫のようにアーモンド形の眸があり、マズルがある。
その姿を見て、ヒトロは「そんな感じなのか」と、つぶやきいった。「いや、デス ゲーム参加者とか、って聞いていたので………なんか、もっと」さきの反応の言い訳めいたことを言う。
そして、キラヒラは二人を前にして言う。
「ヤア!」
元気よく。両手は腰だった。
ヒトロはやや、圧倒されたが、アップルは「ねこだったのか」と、いった。
「いえいえ、まえの身体は、アカウント削除で、一緒に消されたので。既製品を買いました。セールで。大量生産品です」
アップルは「ということは、このセカイのどこかに、それと同じ仮想身体の人が、わんさかいるのね。多少の色違いで」といった。
「いたしかたありません。金欠なので」
「かわいいけどね」
「アップルさんは、真っ白ですよね。なぜに」
「カスタマイズした、これだと目立つと思って。むろん、このセカイには似たようなこと考えよる者たちがけっこういて、こういう白シルエットは、けっこうカブちまってるけど。しかし、これではじめてしまったので、いまさら取り消して、別にするような、脆弱な精神のぉ―――と、それはそうと」
アップルは演説になりかけた自身の言葉に区切りを入れて、ふたりを見た。
「もうひとり来るはず。で、来た、へい、許可」
すると、再び光が現れ、具現化する。
今度は、人型ではない。
猫だった。白い、猫が、現れる。
「ようこそ」アップルは両手を広げた。「アムさん!」
と、白い猫は、顔を持ち上げ、三人を見た。
数秒ほど凝視し、白い猫は消えた、
アップルは「ん、なぜ?」と、首をかしげる。
「もしや」キラヒラが言う。「アップルさんは白だし、わたしは猫だし、ふたつカブってるのを、気にして」
「繊細なのね」
と、アップルは言った。
すると、すぐに「お、戻って来たぞ、きょかデス」そういった。光が現れ、具現化する。
黒い狐が四肢をついて現れた。
アップルは「なんだか、シブくになってきた」と、コメントした。
黒い狐のアムは、数歩進み、三人の前で停まって、座った。
それから、三人を見上げて告げる。
抑揚のない声で「ハロー」と。
すかさず、アップルは「セカイ」そうは言って、ヒトロを見ながら「好きなタイプの狐だ」と、伝えた。その後、ウィンクするような仕草すると、なにもない目の部分が、きらりと光った。
「職場にぉ!」とたん、キラヒラが爆ぜように言い放った。「バラさんでください!」
突然の訴えに対し、一同は、驚きはしないものの、無表情のまま見返す。
やがてアップルが「バラさんで、ください?」と、つぶやいた。
「いまはわたし、あっ、足を洗って、ま、まっとうにやっているんです………」キラヒラが説明する。「アカウント削除されて………デスゲームクラッシュから………結果的に足をあらって………」
すると、事情を知らないアムが「何この子」といった。「こういう客はたまに来る。いえ、なんだかんだ彫るけど」
「きょ、今日、わたしがここに来たのはっ! つ、つまり、すなわち………職場にバラされるんじゃないかという、きょ、恐怖………が、ありまして………」
次第に声を小さくしながら言う。そこでアップルは「その話は、また今度の機会に」と、雑に言って切り捨て、何事もなかったように「さあ、みなさん、全員集合できて、よかったよかった」と、展開を進めてゆく。
アムは「狂ってるわね」と感想を告げた。だが、アムの感想を告げただけで、キラヒラの訴えを拾い、話を戻すことはせず、流れをとめない。
ここに味方はいない。ヒトロだけが、キラヒラから、そういった感情が発しているのを察知していたが、彼にはどうすることもできない様子だった。
この場の主導権は、アップルが持っていた。
「ようこそ、みなさん、わたしのセカイへ」
両手と、髪の毛を広げて言い放つアップルへ、アムが「サエなセカイ」と、遠慮なく評価をいった。
「あせらない、あせらない」しかし、アップルは何も心にダメージを受けることなく、そういって、続けた。「わたしはアップルと申します」
一礼する。
キラヒラだけが慌てて、頭をさげた。
黒い狐のアムは何も動かない、尻尾の先も微動としない。
ヒトロはコントローラーの操作に苦戦していて、左右にゆらゆら揺れていた。
そこへアップルが宣言する。
「最強メンバー、誕生です」
キラヒラが訊ねる。「なにがですか」
「カミを仕留める、メンバー」
アムが淡々とした口調で「それは聞かされた」と、いった。「あのさ、申し訳ないとも思ってないまま言うけど、私、いま時間の無駄を感じているから、とどのつまり付近から説明して」
「ようは、ここに集まってもらったのは、わたしが見込んだ人々、カミを仕留めるための人材ってことです」
アップルにそういわれてキラヒラが「え、たった、三人………」と、いった。
「いえ、メッセージは百人くらいに送ったけど、反応があったのは、あなたたちふたりだけ。ああ、百人って、カミにセカイを取り上げられた人たちにね」
とたん、キラヒラが「あ」と、声を漏らす。「あのメッセージかな? 脅迫メールじゃないかと思ってひらいたやつ………」
「帰る」アムが告げて、四肢を立てる。
すると、アップルが「おう、帰るがいいわ」と、いった。
ヒトロが慌てて「止めないのかよ」そういった。
だが、アップルは落ち着いていた。
「そういえば、ご存じかい、諸君。このセカイで、ルール違反をやったユーザのアカウントはすべて削除された。ルール違反でつくられたセカイも同時にね、一斉に削除された」
そう言い放ち、続けた。
「でも、唯一、カミに消されなかったセカイがあった」
その一言で、アムは動きをとめる。
「ここね、ここ」
アップルは地面を指さす。
キラヒラが「ここ?」と、いって、地面を見た。
「そう、ここ」
「ここが、えー………っと?」
「わたしたちがいまいるこのセカイは、カミ的には、あきらかなルール違反がある。でも、あの日、ここはカミに消されなかった」
黒い狐姿のアムは「どういうことだ」と、問いかけた。
「見せてあげる」
と、いってアップルはそばにあった家の塀へ歩み寄る。それから、右手を持ち上げて、拳をつくり弓矢のように弾いて、壁へぶつける。瞬間、壁は小爆発を起こしたように砕け散った。壁は塵尻になって、散らばり、一部は煌めいた後、消えて、一部は地面へ落ちて残った。
「わたしのこの仮想身体は改造してあるの、スゲェ強くしてある、まあ、ここのセカイだけの限定だけで、他所のセカイでは機能しない戦闘力だけどね」
「え、でも」キラヒラがすぐに反応した。「ここはゲーム設定エリア指定にはなってなかった。一般交流エリアで、攻撃不可能なエリアだし……………ああ、うん、やっぱり、そうなってる………」
「スーパールールの違反改造をしているから、一般交流エリアでも破壊可能なの。にもかかわず、わたしはこうして、カミによってこのアカウントを消されとらん」
アムが「バグか」と、いった。
「うん、きっとバグ」
アップルはうなずくと、アムは「裏付けはあるのか」と、投げかけた。
「確固たる証拠はないけど、きっと、排他処理の漏れかと思ってる」
ヒトロがきょとんとして「はいた、しょり………?」そう、訊き返した。
だが、アップルはそれには回答せずに「つか、じつは、このセカイは、わたしのセカイじゃないんだよね」と、その情報を開示した。
キラヒラは「ここって、アップルさんのセカイじゃ」と、いった。
「ちがうよ、ここはね、青枝のアカウントで造ったセカイ」
そう告げられても、ヒトロにはまったく、ピンと来るものがない様子だった。だが、やがて、「あのばかの、セカイなのか………ここ?」と、いった。
「そうなのよ、じつは、ここはわたしのセカイじゃない。あいつのアカウントで造ったセカイを、わたしのセカイとして名付けて、わたしのセカイのように使ってた」
キラヒラが「別アカでつくったセカイ貸しはルール違反では」と、コメントを差し込む。
「まあ、そういうは、けっこうバレないものじゃんか、運営側にね。だって、母親が、生まれたばかりのキッズのアカウントを造って、じゃんじゃん、写真あげるのと似たようなこだし」
ヒトロが言う。「それとこれとは違うじゃ」
「で―――カミが現れて、カミの意にそぐわない人たちと、セカイが消された、あの日」
アップルは一同のつぶやきを抑止するにいった。
「青枝のアカウントは停止された。一年以上前のアレの影響で。まさか、セカイにカミなるものが現れると思ってもいなかったわたしは、その日に青枝のアカウント停止解除の依頼を出したの。セカイの仕組み上の冷却期間もよろしい感じに時間がたったと思ったし。で、その日、アカウント停止解除とされたと、ほぼ同時に、ルール違反のアカウントとセカイを一斉削除した」
アムがいった。「そこで排他処理の漏れ、まさか」
「あるいはね」と、アップルが左の手の平を上へ向け、人差し指をさす。「アカウント、セカイ削除の処理と、青枝のアカウント停止解除の処理が、奇跡的なタイミングで、ぶつかった、もしくは、わたしがこのルール違反の仮想身体で、復活直後のこのセカイに入ったタイミングで、ぶつかったのか。その真実は不明、でも、わたしのアカウントも、このセカイも削除されなかった」
それを耳にして、狐姿のアムが前のめりになる。「もしかして、お前のその仮想身体だけじゃなく、このセカイも違反改造しているのか」
「してる、改造」
「でも」キラヒラが神妙な口調で言う。「消されていない、いまもまだ………」
「そう、たとえ、アカウントと、セカイの一括削除実行から漏れたとしても、あとから追加の処理でも実行して、消しちゃえばいいのに、消されてない、わたしのアカウントも、このセカイも。まあ、もし、わたしがこのアカウントで、べつの人のセカイに遊びにいったら、刺激で消されちゃう可能性は否めんがね」
アップルが話すと、アムは「一括削除処理のバグ」と、ただ言った。
そして三秒ほどの静寂を挟んで、アムは続けた。
「まじか」
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