第21話 デスゲーム、クラッシャー
家電量販店には、棚一面、形態端末用のゲームコントローラーが吊るされている。
学生服のヒトロは、膨大なコントローラーの前に立ち、やがて、視線を外した。
平日の閉店間際の店内には、もうほとんど客はおらず、店員の数の方が多く見える。
それからふたたび、コントローラーの壁へ視線を移す。真ん中に携帯端末をはめ込み、自転車のハンドルのように握る形態は、まるで画面部分だけが抜き取られた形態ゲーム機のようだった。
どれも似たような形態に見える。しかし、値段が極端に違った。中には幼児向けのコントロールも売っていた。
ヒトロはコントローラーの壁のような棚を前に立ち尽くしていた。ふと、見ると、別の場所で、店員が切れかけた天井の蛍光灯を交換している。閉店間際にもかかわらず、店が店として機能している時間帯は、完全な明かりを維持しようとしている。
ヒトロは視線をコントローラーの壁へ戻す。そして、左へと、目線を動かし、それをさげる。
コントローラーの棚の左端に、女性の店員がいた。小柄で、二十歳くらいだった。在庫の確認のようなことを行っている
ヒトロは意を決するような挙動を入れた後で「あの、すいません」と、声をかけた。だが、反応はない。きわめて、普通の音量での呼びかけだったが、気づかれていない。
そこでヒトロは身体をそのままスライドして一歩、店員へ近づき、再度、声をかけることにする。
「すいません、あの」
呼びかけると、店員は「へ」と、声を出し、つぎに「へ、へい!」と、いった。
はい、が、慌てたせいで、へいにた。
と、読み寄れる、慌て方だった。
店員の名札には『紀平』と書いてある。ヒトロより、あたま半分ほど背が低く、きりかむろみたいな髪型をしていた。
「すいません、あの、聞いて、いい………でしょうか」
「あ」店員は小さな声を漏らし「あ、はい、な、んでしょうか?」と、接客を開始した。
「あの、セカイ」
と、ヒトロがいった。
「はい?」
「いや、あの、セカイを、その、なんとか、その………」
「ああー、セカイをプレイしたいのですね」
「あ、そうです」欠損も激しい説明で読み取ってもらい、ヒトロは急いで肯定した。「そう、そうなんです………」
目上の女性への接し方がわからない。ヒトロの挙動は、はたから見れば、それがあきらかなものだった。
「初心者で………なにもわからなくって、ええっと」
店員に見返してこられ、ヒトロは視線を大げさに外し、コントローラーの壁を指さした。
「その、いっぱい………あって」
「セカイを、はじめたいんですね」
「ええ、はい、だからその………どれが、いいのか、その、あ、いや、こう、頭にはめるゴーグル? みたいなのより、こうコントローラーだけでいいって、話を聞いて………」
ヒトロは指をくるくる回しながら、訊ねた。
「はい! そうですね!」とたん、女性は水を得た魚のように話し出す。「ゴーグルスタイルも大人気ですけど、ゴーグルつけセカイへダイブだと外ではできませんしね! いつでもどこでもやるなら、コントローラーオンリーがいいです! それに、いまはゴーグルを頭にかぶらなくても素の画面を肉眼でみるだけで、充分没入感を体験できるように画面情報はつくりこんでおりますので――――」
距離をつめ、別人になったかのような勢いで来られたヒトロは「あ、ええ………」と、少し怯んだ。
『いいぜ、ぐいぐいだ』直後、ヒトロの上着のポケットから、アップルの声が放たれる。『キラヒラさん』
とたん、店員の女性の表情がこわばる。
そこへアップルは続けた。
『デスゲームクラッシャーの、キラヒラさん』
そう呼びかけると、彼女の表情はあきらかに変貌した。
「う」と、声を漏らし、やがて「うそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそうそ!」と、言いながら、顔を左右に激しくふって、ふらついた。
突如放たれた異質な挙動に、ヒトロが唖然としていると、彼女はいった。
「み、身バレぇ! し、し、死んだぁ、わたしぃ!?」
気が動転したのか、ひとり、てんてこ舞いを、舞い出した。
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