第15話 花を、添え
墓石に藍色の花を添える。
それから、青枝は立ち上がった。
「この花は砂漠に咲く花に似ててさ。俺は好きだったんだ、あの花」
まるでそこに相手がいるように話しかける。
少し離れたところで見ていたヒトロが「じゃ、けっきょく、砂漠で咲く花じゃないってことだろ」といった。
「まあな、似せだ。花の名前も知らない」
「画像検索すれば一発だろ」
「お前、タクシーの中じゃ、黙ってたのに、ここに来てズンズンしゃべりだしたな。あ、さては、ドライバーさんがいたからか。知らない人との、おしゃべる苦手か」
ヒトロは青枝の問いかけを無視して「なんで墓参りなんだよ」と、いった。
「あいさつは大事なんだ、こうしてお前の姉さんにもご挨拶だ」
「死んだ相手にかよ、会ったこともねえのに」
「生きていようが、会ったことがあろうが、俺はあいさつしたくない奴には雑にしかあいさつしないさ」言い切って、青枝は墓石の周りに枯れ葉を払った。「それに、あいさつで、いままで無関係だった人に対しても、無理に関係者になる手があるんだ」
「なんの手だよ」
「自分から行かなきゃ、永遠に無関係なままだからな」
「犯罪者の理論だ」
「口ぎたないねえ、姉さんよ、君の弟くんは」
「だまれ、あんたからは、きたない妖気が漂ってる」
「ま、お姉さんの前で、争いはやめよう」
「せいかくには、うちに姉ちゃんだけじゃなく、じいちゃんも、ばあちゃんのこの墓に入っている」
ヒトロがそう話すと、青枝が「そうか」と、だけいった。
それから会話が途絶えた。空は曇りかけで、雨が降り出しそうな気配がある。無風で、雲も流れず、空に留まり、添えた花は微塵も揺れない。
ふたりも言葉を発さず、立ったままで、他者もいない。時間が止っているような光景だった。
やがて、青枝は墓標へ向かい、手を合わせた。ヒトロはじっと、その様子を見ていたが、やがて、自身も手を合わせる。
ふと、ほとんど肌で感じとれない風が吹き、ふたりの前髪と、添えた花が揺れた。
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