第05話 転生したら、あなたになる

「ぬぁ、しまった!」

 アップルが空から鋭い勢いで落下して、着地した。

 天から裁きの鉄槌でもおとしたように。

 少女は、驚き、慄く。声なき声で、悲鳴をあげた。

 ドレスを着た女性のような白いシルエットが降って来た。

「あああ! こっ、恐がらないで!」と、アップルは慌てて少女をなだめた。「まちがえただけなの! 登場の仕方を壮絶にしっぱいしただけの! まじまじ! かっ、感動させようと思って、いえ、天使みたいにね、そう、天使が如く、ふんわりと空から舞い降りようとしたけど、でも、やったことないから、わたし、天使やったことないから! しっぱいしたの! しっぱいしただけなの! 罪はないの、無罪なの! わっ、わたしはやってないの!」

 と、必死で手をふり弁解する。

 アップルはひとりきり、弁解し、やがて、小声となる「ひ、ひかいなで………」と、懇願に入る。

 少女はひいていた。仮想空間とはい、空から急にふってきた、白いシルエットが、大慌てで言い訳し、さらに落ち込みだす。その奇怪な体験に、対処の仕方をみいだせない様子だった。

 いっぽうで、突然、空からふってきた白いシルエットの女が地面へしゃがみ込み、頭を抱えている。赤い林檎のイヤリングを揺らし、長い白い髪も、ひどくバラけてしまっていた。

 しかし、少女は、ひきながらも、やがて、気づかうよう、かつ、勇気をふりしぼり「あ………あのー」と、声をかけた。 

白いシルエットは、顔をあげる。

顔も真っ白で、目も口もない。だが、白のゆがみと、陰影から、どこか泣きそうになっているのがわかる。

「はじめ、まして」

その声は硝子でつくられた鈴のようだった、

白いシルエットは、ぐぐ、小さな獣の末期の苦悶めいた声を発した後で「え、あいさつされた?」と、我が耳をうたがうようなことをいった。「にんげんあつかい、された………いま、わたし?」

少女は戸惑った様子で「………はい」と、とりあえず、返事をする。

すると、白いシルエットが、むく、と立ち上がる。背丈は、少女とそう変わらない。ただ、白いシルエットの方が、髪が現実ばなれした長さと、風もないのに、左右に大きく広がっている。

そして、白いシルエットは名乗る。

「アップルです」

 ドレスの裾をつまみ、膝をわずかに曲げ。

 少女は、新規で戸惑い、それから、自身も、ほとんどないワンピースの裾をつまんで、見様見真似で「ええっと―――ミチカ、です」と名乗る。

「ミチカ、さん」

「アップル、さん」

「ようこそぉ!」とたん、アップルは墓場から飛び出して来た襲撃ゾンビを彷彿とさせるような勢いを発した。「ミチカさん! わがセカイへ!」

 そして、どこからともなく、フリー素材の音源でファンファーレが鳴った。低品質な紙吹雪も飛ぶ。

 音はすぐに消え、紙吹雪も、ミチカの全身へ、どばどばと落ちた後で、すっと、音もなく消えた。

「この度は、我がセカイ、アップル界への有料会員にご登録! ありがとう! わたしがこのセカイのセカイ主代理であり、実質、セカイ主である、アップルです!」

 先に、一度、ひどい落ち込み具合を見てしまったせいか、ミチカは、その激しい落差に心がついていけないようだった。そのせいか、ただ、黙ってみてしまっている。

 しかし、アップルの方は、身勝手な興奮を、加工もせず、発揮する。「いやぁー、ありがとう! ほんと、ホンキでありがとう、ミチカちゃん! うひー、まー、ひさしぶりなのです! 有料登録会員様ぁ! もう、あのころの思い出が化石になるんじゃないか、ってくらい、有料会員登録されてなかったの、うちのセカイ!」

 ぐいぐいと、喜びを語る。その興奮は見るものを、不安にさせる勢いがある。

アップルはひとしきり、興奮を発散した後で「そんなワケで」と、区切りをいれた。「あー、で、どうしようかしら? 有料会員様なんて、ご無沙汰過ぎて、ああ、どう対応してたのかー、わー、濃厚に健忘しとるぞ、おのれ、わたしめ」

この先の展開、および、ふるまいを迷い出す。

ミチカは「あの、ムリのない感じで」と、いった。

「なるほど、つまり、事故さえ起きなければ、好きにしろ、という解釈でいけと?」

「その解釈は破棄していただけますか………」

「ところで、どっこい」と、アップルは言って続けた。「有料会員様に、こんなことを聞いたら、アレなんだろうけど、なぜ、このセカイの有料会員に」

「………あー」

 問われたミチカは、声を伸ばす。言葉を選ぼうとする表情をしていた。

「あの、約束していただけますか、聞いても怒らないと」

「え? いやいやいや、怒るかどうかは、内容によりますね」腕組みをし、もっともな回答をする。それはより、ミチカを困惑させた。「でも、有料会員様だし、特別に、ある程度は忖度できます。わたしは政治力はある方ですから」

 ある程度が、どの程度なのか。その説明はされない。

「そんたく」ミチカは自身の人生では使い慣れていない言葉なのか、未知の呪文をとなるようにいった。「そんたく………」

「ま、いわゆる、ひらたくいえば、わたしのこと、アップルは話と金が通じる相手だと思っていただけばいいです。わたしという生き物の攻略難易度はひくめですから、ええ」

 補足された情報もミチカの戸惑いレベルをあげるものだった。あげく、ミチカは「お金で、なんとかできるということなのですね」と、後者の部分に何かを託す。

「ま、歩きながら、話しましょうか」

 アップルは腰に手を当て、そう提示する。

ミチカが「え、はい………」と、返事をすると、歩き出した。

 仮想空間に造られた、現実の住宅街のような場所を歩く。会話はすぐに始まらず、ミチカは歩きながら、物珍しそうに、周囲に光景を見ていた。

 やがて、アップルは「お客さん」と、呼びかける。

「あ、はい」 

呼びかけられ、びく、っとなっていたところ。

そこへアップルは、不出来ななまめかしい口調で「もしかしてぇ、はじめてなのくわぁい? こういうところぉう」と訊ねた。

「声、へんですよ」と、心配された。「だいじょうぶですか? もしかして、ネットワークが不安定なのかな?」

「いや、いいです。だいじょうぶです。真実に不安定なのは、ネットワークの方じゃないから。わたしの心ですから」

 と、アップルに得体の知れない種類の気遣いを返され、ミチカは反応に窮するのみだった。

 ミチカは処理しきれず、けっきょく「ここ、ふつうの町みたいですね、家とか、ふつうの家ですし」と、聞こえなかったようにして会話を続けた。

 素直な感想だった。しかし、発言の中身は、すなわち、ここは個性のないセカイであるという感想ともいえる。だが、悪意はみられなかった。

アップルは「ああ、無意識が最大の攻撃になる瞬間って、ぞくぞくする。ナチュラル成分ってのが、すごいわー」と、言い放った。

「はい?」

「んん、なんでもないわ」アップルは前を歩きながら言い放つ。「長い時間、ひとりでこのセカイをやってきたからさ、独り言の製造ラインが活発なの、わたし」

「え、でも」ミチカは一瞬、何かをいいかけたが、それはすぐにとりやめた。「でも、わたしが住いでみたい町みたいです、ここ、すごく」

 感想に切り替える。

「いいのよ、なんせ、無料ツールでつくったセカイだもの」アップルは両手をあげ、指をカニのはさみのように動かしながら語った。「セカイ作成用にデフォで実装されてるツールでオートでつくっただけ、イージーなアンケートに答えて、ぴっ、とボタンをおせば、とりあえず、セカイを開始できるし。あ、で、ミチカさん」

「はい、アップルさん」

「あなたってば、ホントにホントに、セカイに来るのはお初なのね」

「はい、初心者です」

「他のセカイには、まったく行ってないの? ちょっとしたのぞき見経験もなし?」

「はい」

「というか、うちのセカイの無料エリアには来たこともないの?」

「いいえ、はじめから有料で、ここが、わたしのはじめてのセカイです」

「ウホっ」と、アップルの白いシルエットのふちが、電気を受けたように、びりびり縁がとがった。「なにそれなにそれ、なーにそれ、スペシャルにうれしいぜ。えー、わー、照れるなぁ。そして、人から興味持たれるって、最高のきぶんだ………」

 白いシルエットが、両手を胸のあたりで組み、顔は天へ感謝ように上向く。さらに、空から、天の光が差して来る。セカイの主であるアップルには、容易いセカイ操作だった。

「うぉ、まぶしい………光の調整しくじった………」だが、あまりやったことがないのか、アップルは天から差し込む光で、目をやられた。「目が、目がぁ………」

「だいじょうぶ、ですか?」

 今日二度目の、だいしょうぶですか、を言われる。

 アップルは「おおっと、わたし、ばっか、盛り上がって、ゴネンね………」と、謝罪した。「不慣れな光にやられて、わたしはもはや、光の下ではまともに、ウネウネ活動できない素体になっていたらしい」

ミチカは「よくわからないですが、だいじょうぶではないのですね」と、目にした印象をそのまま言葉にする。

「さ、わたしのもろもろの不具合はさておき、どうしましょうかね? いま有料会員様は、ミチカさんひとりしかいないし、わたしがマンツーマンで、ディフェンスするように、このセカイを案内しようか?」

「はい………」ミチカは迷うような表情で返事をする。

 なにか言いたげな表情をする。しかし、アップルの奇怪な勢いにおされて、言い出すタイミングを見いだせない様子だった。

「ん、なになに? なんですの? もしかして、なにか聞きたいことがあるの?」

 アップルは察して訊ねた。そして続ける。

「お金もらってんだから、なんでもしゃべるよ、わたし、お金でうごくよ、ねりねりうごく」

 あけすけと話す。相手が話しやすそうな雰囲気をつくるため、あえてそういう言い方をしているのかが、判断つきづらいものがあった。

すると、ミチカは「ごめんなさい、ええっと」と、まず謝った。それから続ける。「あの、こちらに、あおえだ………さん? って方が、その………所属………って言い方でいいでしょうか? いらっしゃると………この………セカイに、いらっしゃると………」

「あおえだ」アップルはそういって「アオシのことか、青枝」と、いった。

「あおし、と読むですね、すいません」

「青枝がどうかしたですか。というか、奴はたしかに、なんというか、うちのリアル専門部隊というか、リアル兵、的にうちにいますよ。うろついてますよ、このセカイに」

「その方のことなんですか」

「あれはもう、どうしようもない生き物ですが、あいつが何か?」

「いえ、どういう方なのかな、って………」

「え、配信者ですよ、不人気チャンネルにしがみつく、動画配信者です」

「そう、なんですか………?」

「すごいよ、人気の無さのすごさでいったら、そりゃあもう。ああ、そうだ、奴の特記事項だけいえば、あいつの父親も、あいつのおじいさんも動画配信者だったんです。しかも、あいつそのふたりのチャンネルを代々引き継いでる、いわば三世なんです」

「三世」

「不人気チャンネルを親から引き継いだ奇特な奴ですよ。まー、いまは形式上、そのチャンネルの配信管理はいま、このセカイの指揮下にあります、そっちのもとのサービスとアカウント連携してるんで。子会社って感じかな? いや、このセカイが母艦になっているって感じかな? ん、ちがうか? まいいや、なんでもいい、どうでもいい。とにかく、青枝はうちのセカイの、さっき言った通り、リアル担当というワケで」

「リアル担当」

「なんというか、わたしの方は、リアルと相性がワルいんで、向こうの世界は彼に投げしてます。でもって、向こうは、こっちのセカイがよくわかってないんで、わたしの方が、ちょいちょいとアレしてあげてて。業務提携―――っていうですかね? ああ、うまくはいってないですよ、ぜんぜん、奴のチャンネル運営も、このセカイの運営も、わたしたちの関係も。もう、なりやまない不協和音みたいな関係で、ずるずると、ずるずるずるずると、もー、二年くらいかな? やってます。この二年お互い、いろいろやってます。やってみたものの、安定して微塵も人気出ずですが。ふたりで組むだことによる効果は、とくに見られないですが。続けてます。なにしろ、虚しいかなお互い、他に乗り換え先の相手いないので、ずるずると」

「ふたりはお付き合いしてるんですか」

「おーう、そういうこと聞いてきた人はじめです」アップルの白い髪がはねあがった。「さすが、有料会員だ、あなどれない」

「あ、いえ………」

「あれ? そんなことが聞きたくて、わざわざ、有料に」

「いえいえ」

 ミチカは顔を左右にふった。

「そうでは、ないんです」

「なるほど。あ、そういえば、はじめて来たセカイが、わたしのセカイだって、話だったわね」アップルは、タメ口で訊く。「もしや、その素体って、自前ですか」ただし、後半は敬語を使った。

「素体、自前」

「セカイのアカウントとるとき、素体どうするかって、きかれなかったかい」

「かれました」

「好きなルックを有料で選ぶか、とか、そのまま自分の写真をアップロードして、自前のルックデータで、自前の身体の素体でいくとか、選べたでしょ」

「はい、わからないので、自分の姿をそのまま使いました」

「うお、まじか。じゃ、リアルにそのルックなのね」アップルはミチカへ顔を向けいった。「つまり、美少女なのね、リアルでも」

「あー………その」

「十四、五歳あたりなの?」

「いま十七です」

 ミチカがそういうと、アップルは何もいわない。そのまま数秒過ぎた頃、アップルは顔をあげた。

「十七で、そのルック」

仮想空間の均一に青い空を見て、それから顔を向ける。

「きめたぜ」

「………はい?」

「わたし、転生したら、あなたになる」

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