第04話 仮想空間、仮想身体

 切り替わって、そこはセカイだった。

 セカイと呼ばれる、仮想空間だった。

 セカイは、ソーシャル・ネットワーク・サービルのひとつだった。アカウントを作成すると、ネット上に、仮想空間をつくれる。個人ユーザ専用のオープンワールドゲームのような空間を持つことが出来る。

 サービス名は『セカイ』

 ひとつの仮想空間、複数のユーザで共有することは違う。

 ひとり、ひとセカイ。

 ひとつの仮想世界を、ひとりが持つことが可能となる、サービスだった。セカイをつくれる。無料でつくれた。有料のプランもある。

 たとえば、動画投稿サイトで、ひとり、ひとチャンネルが持てるように、アカウントさえ作れば、誰でもひとセカイが持てる。

 そして、そのセカイを持ち、セカイを運営する者は『セカイ主』と呼ばれていた。

自身がつくったセカイは、自身の仮想身体で動きまわることは可能だった。そして、他のセカイのユーザも許可さえ訪問が可能だった。セカイを持っていない者も、アカウントを作成し、仮想身体さえあれば、他者のセカイを訪問できる

 有限な土地と資源しかない現実空間とはちがい、無限の資源があり、個人が広大なス ペースを消費できる。そして、ユーザの感性によって、如何なるセカイも創造可能となる。

 セカイの中には、これまでのSNSであった、ブログ、つぶやき、動画配信のサービスも踏襲されていた。セカイの中で、すべて運営可能だった。別のSNSのアカウントを連携することで、一部それらのセカイ内で、つぶやき、動画配信もできる。

 アップルは、セカイの中の世界へ入る。

 空から街を見下ろしていた。

 仮想身体は、ながい髪をふたつ結びにした白いシルエットのままだった。赤い林檎のイヤリングもしている。

 そこは国内のありふれた住宅街が再現された仮想空間だった。ただし、壁や電柱、至る場所に、企業の広告がはりついている。空中へ浮かんでいる。仮想身体でそれに触れれば、たちまち、購入用の仮想空間へ飛ぶ仕組みとなっていた。そこには、販売を請け負う休みを知らない機械従業員が常に構えている。

 そして、誰も歩いていない。無人の街だった。

 仮想身体で、セカイを歩くときは、もしくは飛んでいるときも、広告を避けながら進まなければうっかり、そちら側へ飛ばされてしまう。

 ただし、有料プランのユーザとなれば、広告量は減らすことも可能だった。逆に増やすことも可能であり、人気のセカイのセカイ主なら、企業から案件が来ることもある。

 アップルのセカイは、それらの企業案件広告はなかった。最新の携帯端末機器、シャンプー、さまざまサブスクリプション・サービスの広告ばかりだった。そのセカイで表示されている広告を見れば、セカイ主がいくら素性を隠していても、おおよそ、性別や年齢と、心の状態がわかるともいわれている。そのため、広告をコントロールできる有料ユーザサービスを使用する者は多いが、月々のサービス使用料金の価格はそう安くない。

 アップルは国内のありふれた住宅街の光景で固められた仮想空間の上空を飛んでゆく。

 やがて、アップルは空中でとまった。

 見下ろす。道の真ん中に、ひとりの少女が立っている。

十四、五歳ほどか。

 白いワンピースを着ていた。どこか生命感がうすく、髪は黒く長く、美しい少女だった。

 少女は、道の真ん中に立ち、唖然とした表情で、セカイを見ていた。それから、自分の手を見て、動かし、次に、ワンピースの端を、かすかにまくり、靴を履いていない、自身の素足の先を、ぐりぐりと動かす。

 はじめて身体を与えられたロボットが、各部の駆動を確認する仕草めいていた。

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