第03話 一年ぶり、訪問者
陽は完全に落ちた。
青枝はかなり前に閉店したしい酒屋の前に設置してある古びたベンチへ座っていた。となりには飲料水の自動販売機が立ち並ぶ。
街灯の光りで、文庫を読んでいた。文庫の表紙はアニメ調のイラストだった。
やがて、ポケットの中で端末が振動した。青枝は栞を挟み、本を閉じると、上着の片方のポケットへしまいこむ。そして、反対側のポケットから携帯端末を取り出し、画面へ視線を向けた。通話アプリに添付された画像を開く。
少し前に撮影して、送信した画像が、刺激的な英語のタイトルを添えられ、フタ絵化されたものだった。
その後、画面が自動的に切り替わる。黒い背景に、白い女性のシルエットが映る。耳の部分だけ、赤い林檎のイヤリングがつるしてあった。
『画像入れて、フタ絵作成アプリにつっこんでつくった』
と、いった。
『で、その後、まわしてた洗濯機が洗濯終えたから、衣類を干してた』
「俺のこの放置タイムは、おまえの洗濯を干すための時間だったのか」
『わたしにも生活がある。そして、優先順位でいえば、あんたの人生より、わたしの生活の方が優先度は高いんだ、よって、洗濯干す方が優勝』
「優勝おめでとう。その後、ワケもなく不幸になれ」
青枝は空虚な口調で願い、画面のフタ絵を見ながら言う。
「なあ、なぜ、フタ絵の文字が英語なんだ。読めないんだぞ、俺、英語。さては、英語攻撃か、イヤミか」
『フタ絵生成アプリが海外製なだけ。自動翻訳もその国にベストな煽り文句にしてくれる』アップルはそういって、補足した。『無料だし』
「そういうのは、よくわからない」青枝は言い切った。「脳が拒絶反応を起こす」
『ウホ、じゃ、せっかくだから。ちょっと見せてよ、あんたの脳が拒絶反応するところ、そのシーンを配信して稼ぐから』
「なんだと、それで稼げるのか再生回数? よし待ってろ。派手に最先端の文明を拒絶してみせるぜ、脳を」
『本気にすんなよ。本気の恋と、あんたの本気は、どっちも負担が太いのよ』
「げ」
『ん、なんだ』
「おまえ、恋とかするのか」
『え? いや、あるよ、相手にぞっこんとか、たまに発病するよ。しかも、お金貢ぐタイプよ、あんがい』
「大爆笑ネタ、ありがとう。いまの灰色なエピソードで、きっと、俺は明日、財布を落とすぐらい、運気がさがった」
『わたしの上質な恋愛観を奇怪なとらえかたすんなよ。しかも、そのコメントの返しも、総合的にこっちの負担だ』
「じゃ、俺の恋愛観、聞くか」
『黙れ。不毛なトークしている場合じゃないの。で、そっち、準備はできてんでしょーね』
「俺の人生に準備が出来ていたときなんて、一度もねえ」
『その、かっこよくない台詞を、かっこいいと思って言ってるなら、あんたのそんな感性に対して、Deleteボタンを押してしまいたい』
「なに言ってんだ、さっきから」
『文学さ』
「かわいそうに」
『よくわからない感想攻撃で反撃しないで』
「で、もう行っていいのか。あのビルへ」
『うん、このボタンを押せば、ライヴ配信は開始』アップルはそういって続けた。『で、押す』
「よし」
と、青枝はいった。
「伝説か、事故か、どっちかを起こす」
『あ、待て! タンマ! stay!』
とたん、アップルが慌てた声を発した。
『動くな、三世!』
そういって、抑止する。
「なんだ、どうした」
『しゃべるな、三世!』
「俺の動きも、言論も奪う権利は、貴様にはないぞ、アップル」
『セカイに!』アップルは青枝の返しを無視して続けた。『一年ぶりの訪問者!』
画面の中の白シルエットの肩を震わせて叫ぶ。
『ちょい、わたしのセカイに戻ってくる! 配信は、その―――アレだ、とにかく待ってろぉ、三世!』
青枝が反応する前に、画面から白いシルエットが消えた。
冷たい風が吹く夜の中、青枝はアップルが消えた端末の画面を、ただ、じっと見ていた。
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