第2話 上善は水の如し
SFって書いていると楽しいですよね。SFという分野は世界観を細かに設定できるある種の箱庭芸術のような良さがあります。小説世界の政治、経済、交通、食料・エネルギー、学校・教育、ジェンダー、警察、軍事、文化、宇宙利用といった各項目をすべて設定しておくこともできます。それがSF創作の強みでもある。
これは何もSFに限らず時代小説やファンタジーにも応用できる考え方です。ひとつ覚えておいて損はないはずです。
また長谷敏司先生の小説『BEATLESS』『Hollow Vision』、漫画『天動のシンギュラリティ』などで展開している設定および世界観を、誰でも自由に使えるリソースとして開放しようという試みであるアナログハック・オープンリソースも存在していてSF初心者がいきなりSFを考えるのではなく、徐々に慣れるような仕組みも存在しています。いちど調べてみるとSF創作の一助となります。
逆接的ですが、こういうSFの良さっていうのを一度ゼロにして考えてみようというのが本稿の要旨です。何を言っているのだ? と思われるかも知れませんが聞いてください。さいきんカクヨムのSFジャンルで但し書きとして筆者の科学知識はあまりないので大目に見てくださいというものをよく見るようになりました。SFとしてのサイエンスの要素はフレーバーとして、読んでほしいというやつです。実際そういう小説が増えてくるのも読者が嗅覚を持って選んでいるからだと思います。
科学的にうまく嘘をついている小説よりも、読んで心から楽しかったと思える作品が選ばれるのはウェブ小説ならではの当然の帰結でしょう。裏を返せばSFというジャンルは読者に再教育を施しながら育ってきたジャンルです。なのでそういう常識はウェブという世界では非常識に映ることもあります。
僕が考えているのはローカライズしようという視点です。ウェブというのは地続きですが違う国だろうという視点を持って、そこに合わせた作品として最適化するということでしょうか。
ハヤカワや東京創元社の目指すSFの価値観をとりあえず見据えながらもカクヨムに合わせた商品ラインナップ(ここでは小説)を考えていく視点も必要なのではないでしょうか。ウェブ発のライトノベル、SFでやっていくにはそういう売れ筋を見ていくのも大事だと思えます。
SFのコンテストの話をすれば、いま選ばれているのは部分点よりも総合点のほうだという認識は持っておくべき基礎知識な気がします。サイエンスとしての面白さを表現する前に、まずは読み物として面白いものを書けるのが及第点のひとつだということです。サイエンスやロジックの面白さを評価する読者はいますが、それだけが賞を獲るには重要なことではなく、まずひとつ文芸的な面白さを切り取る力がSFコンテストでは要求されていると感じています。
こういう現象が起こるのはひとつに出版不況という状況が反映されていると思います。本が売れないという状況は僕もウェブで読まれないという状況とオーバーラップします。ウェブという場所だからこそ読者との共犯関係を作ることは難しく、またやりがいがあります。なのでどうしたらクオリティというものを上げつつも、楽しさや面白さを提供できるか頭を捻る必要がありますよね?
これはSFの従来の書き方を否定するものではありません。いまSFを書くなら、ウェブで書くならば、時代や時代の要請する形に、最適な形に、提供できる可能性の話をしているのです。そうした意味でウェブのSFでは先駆者たちが多いことも確かでしょう。
よく言われるSFジャンルではVRMMOとその他のSFを分けてほしいという話も僕は首肯しかねます。ウェブにローカライズされた作品群がVRMMOものという認識をもっているからです。ソードアート・オンラインから始まるVRMMOものですが、ゲーム体験をウェブ小説に落とし込んだという意味で異世界ファンタジーとほぼ同じだけの貢献をSFに齎していると考えています。
SFというジャンルはオルタナティヴな作品を受け入れる深い土壌があるのも確かですが、流行っているものを安易に排斥していけば訪れるのは緩やかなジャンルとしての死でしょう。ベストヒットが全体構造を支えるのはどこの世界でも同じで、流行っているならそのまま流行っているままでいいと思いますし、それが豊かさを阻害する理由にはならないと思います。作家が何を書いてもいいと思いますが、ウェブ作家ならランキングやページビューなど現実的な問題とどのように折り合いをつけていくかは考える必要があるでしょう。VRMMOものがあるから読まれないというのも少し飛躍した考えな気がしますし。
かつて老子が言いました。上善水の如し。最高の善なるモノやコトは水のようなもので万物に利益を与えながら争わない、その形は器によって姿を変え、自らは低い位置にその身を置くのです。こうした水の性質を最高の善として考えたとき、SFにも応用できる考え方がきっとあると思います。
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