08 初めての街

「やっ! はっ!」


「重心をもう少し落とし、胸を張り、肩を引くんだ」


「はいっ!」


 誕生日から二週間が経過した、あの日から俺は父さんに素振りを教えてもらっている。

 父さんって呼び方は、母さんがあの日からずっともっと気楽に呼んでほしいって言ってくるから、仕方なくそう呼ぶ事にした。


「いいぞ、千弦は刀の才がある。教えた事をすぐに吸収していく」


 ちなみに、今俺が握ってる木刀は緋夏からの誕生日プレゼントだ。俺は、身体を動かすのが好きだからって。

 緋夏は、俺をよく見てる。俺が、いつも部屋で退屈そうにしてるのを見てたんだな。


「まだ力任せなところはあるが、これからいくらでも治していける程度だ。よし、今日の素振りはここまで」


「ふぅ、父さん俺は上達出来てますか?」


「あぁ、最初に比べると大分良くなった。だが、まだ力任せに木刀を降っている。木刀を降る時は、左手二本の指は常にしっかり握って後の指は軽く、そして斬る瞬間に両手を絞って……斬る!」


 父さんは、俺の木刀をアドバイスと共に降った。


 ヒュッ!


「それを意識すれば、こんなふうに出来るようになる。それと、刀を降る時は腕を降るんじゃなくて身体を使うんだ。腕は身体に合わせるだけ、腕に変な力を加えると綺麗に切れなくなる」


「なるほど、肝に銘じます!」


「そんな難しい言葉どこで覚えたんだ、書庫か? いや、まだ一回も連れて行ってないしありえないか」


「父さん達の話を聞いてる時に覚えました! あと、家には書庫があるんですか?」


「あぁ、正確には家の敷地内じゃなくてこの街の中だがな。今日はもう遅いから、明日緋夏に連れて行かせよう。これをきっかけに、ここを見て回ってこい、千弦が将来守る者達と街並みを」


「分かりました!」


 よっしゃあ! やっと家の外に出れる。まだ家の敷地内から出たことがなかったから、楽しみだ。


「千弦、風呂で汗を落とそう」


 俺は、父さんの後に続いて室内に戻った。





「んーーー、はぁ。よく眠れた」


 俺は、目を覚まし背を伸ばす。


「おはようございます、若様」


「あ、緋夏。いたのか、おはよう」

    

 そういえば、緋夏に案内させるって言ってたっけ。 

 

「今日は、街を案内します。まずは着替えましょう」


 俺は、寝巻から外出用の着物に着替えた。


「朝食の準備が出来てるので、先に食べてからいきましょうか」


「あぁ」


 着物に着替えた俺は、朝食を食べに行った。


「「いただきます」」


 食事をする部屋につくと、席に座り手を合わせ、朝食を食べた。


「そういえば、最近琴葉を見ないけど、どうしてるか知ってる? 誕生日以降見てない気がするんだが」


「確かに、ここ最近見ませんね。朔奈様は、以前と変わらず旦那様と話し合いをしてる所を見ますが、琴葉様は見てません」


「へぇ、そうか。まぁ、元の家に帰ったんだろ。ほぼ毎日、ここに止まってたからな。やっぱ、自分の家が一番だ」


 俺は、そんな話をしながら白米を口に掻き込む。


「私は、別の理由がある気もしますが……」


「ん? 何かいったか?」


「いえ、なんでもありません」


 俺達は、朝食を済ませた。


「「ごちそうさまでした」」


「それでは、朝食も済ませましたし、街に行きますか」


「どんな所なんだろうな、壁越しに話し声がよく聞こえていたが」


「とても活気に溢れていて、賑やかな所ですよ」


「そうか、それを聞いてますます楽しみになってきた!」


「私についてきて下さい」


 俺は、緋夏の後をついて歩く。


「ここが屋敷の外に出れる、門です」


 俺は、玄関を抜け、外に繋がる門の前まで来ていた。


「さぁ、開きますよ」


 緋夏は、そう言いながら門を押し開いた。


 あぁ、やっと屋敷の外に出れる。庭くらいなら出たことはあるが、本格的に外に出たことは一度もなかった。


 そんな事を思ってる間に、門はどんどん開いていき、外からの光も外で賑わう楽しそうな妖怪達の声が漏れ聞こえていた。  

 そして、門が完全に開ききった。


「すごい……」


 最初に目に入ったのは、至る所にある提灯で照らされた建物だった。

 ここ幽世は、時間問わず常に暗く永遠に夜が続く場所らしい。


 魅玄から、聞いてはいたが本当に時間は朝でも暗い夜が広がっているんだな。

 だから、街中提灯だらけで、これが常世ってやつか。


「どうですか、初めての外は」


「すごく綺麗だ」

 

 建物の次に目に入ったのは、街を歩く妖怪達。宴会の時も思ったが、すごくたくさんの様々な姿の妖怪がいる。  

 

「気に入って貰えたら嬉しいです。さぁ、次は街の細かい所を案内しましょう。ほら、行きますよ」


 緋夏は、そう言って先に歩き出した。


「あっ、待て緋夏」


 俺はすぐに緋夏の後を追った。


「若様は、まずどういう所に行ってみたいですか? 茶屋? 食堂?」


「俺はお腹空いてないから、俺も暇せずすむ茶屋でいいんじゃないんか? そもそも行き先を決める前に俺は街に何があるのか知らないからな」


「あ、そうでしたね。すいません。じゃあ、若様がせっかく決めてくださったので茶屋にいきましょう。私の行きつけ教えますよ」


 そう言って緋夏は歩き出した。

 俺も、見失わないよう追いかける。





「ここです! 今日も賑わってますね〜」


 少し歩くと、茶屋についた。茶屋は外からでもわかるほど、賑わっていた。


「いらっしゃいま、あ! 緋夏さん! こんな時間に珍しいですね」


「今日は、プライベートじゃなくてお仕事です! まぁ、街の案内するだけなのでほぼプライベートと変わりないですが……」


 いい匂いが室内を漂ってるな、妖怪もたくさんいる。


「あれ、そちらの子は誰ですか? 緋夏さん結婚どころか彼氏さんすらいなかったですよね」


「この子、いえこの方は、桜木千弦。旦那様の子供です!」


「えぇぇぇ!? この子が、あの若様ですか!」


 あの? なんだ、変な噂でも広まってるのか? 特に何かした覚えはないが。


「っ! あの子が?」


「知華様と紫苑樣が溺愛してるという……」


「なんだ、柚葉ゆずは急に大声出して」


 周りの妖怪達は、俺を見ながらヒソヒソ話しだした。

 その声を、聞いたのか厨房から屈強な身体を持つ一人の鬼が出てきた。

 

「聞いてよお父さん! この子が、あの若様なんだって!」


「なんだって!? 本当か!」


「緋夏さんが言ってるんだから間違いないよ」


「本当か? 緋夏」


「はい! この子が、旦那様の子供です。今日は、書庫にお連れする道中に寄りました」


「始めまして、若様。俺は、ここ花楽茶屋からくちゃやの主人をしてる剛輝ごうきっつうもんだ。食いたいもんがあったらなんでもいいな、初めてきた記念だ今日はただで食わせてやる」


 おぉ、太っ腹だ。ただ飯が食えるなんて。 


「ここは茶屋と食事処も兼ねてる。うどんや蕎麦なんかもあるぞ」


「やりましたね、若様」


「あぁ、父さんと母さんは相当慕われてるみたいだ」


「こないだの誕生日会で挨拶できたらよかったんだが……その日は、みんな若様の誕生日だぁ! って騒いで、客がすごかったんだ」


「そうだったんですね、まぁ花楽茶屋はここで一番賑わいのある茶屋ですもん」


「若様、こちらにどうぞ」


 そう言って柚葉さんは、俺と緋夏を席に誘導する。


「お品書きをどうぞ、ゆっくり選んで下さいね。決まったら大きな声でお呼びください。ここに大声を気にする人はいないので」


 そう言って、柚葉さんは他のお客の対応に戻った。


「好きなの頼めよ、すぐ持っていかせるから」


 主人の剛輝さんも、厨房に戻った。

 

 どんなのがあるんだ?


 俺は、品書きに目を通す。


 うどん、そば、団子、饅頭、大福……食事処も兼ねてるだけあって、たくさんの食べ物があるな。どれにするか迷う。


「若様、迷っていますね」


「まぁな、こんだけ種類があると簡単には決められない。う〜ん、緋夏さえ良ければ、俺の代わりに頼んでくれないか? 好き嫌いはないからなんでも大丈夫だ」


「いいんですか? まぁ若様がそう言うなら断りませんが……。あとから、あれが良かったこれが良かったって文句言わないで下さいよ?」


「言わないって、好きに頼んでくれ」


 子供じゃないんだからって、言いたい所だが今の俺はどっからどう見ても子供だから、それは言わないでおこう。


「柚葉ちゃ〜ん! 三色団子二つと緑茶を二杯下さい。あ、あと桜餅も二つ!」


「は〜い! すぐ持ってきま〜す」


「この注文で大丈夫ですか? 朝ご飯食べたばっかりですし、うどんとかそばは注文しませんでしたけど」


「大丈夫だ」


「なら良かったです! ここの和菓子は美味しんですよ。私はよく、ここの桜餅を食べに来ます!」


「そうなのか、楽しみだ」


 俺は、注文した料理が来るのを心待ちにする。

 

「そういえば、いつも思いますけど何で若様はそんなに落ち着いてるんですか? あんまり子供と喋ってる気がしなくて」


 俺は転生者なんだって簡単に言えるわけもなく……。


「そういう性格なんだ、生まれ持ったものだからそう言われても変えようがない。だが、身体を動かしたいという気持ちはある」


「そうですか、確かに若様ずっと外に興味を持ってましたよね。だから、木刀をプレゼントしたんです。稽古という形なら、外に出る機会が増えると思いまして」


「あれはすごく助かった、身体を動かせるだけじゃなくて刀の稽古もしてもらえた。ありがとう、緋夏」


 俺は、緋夏に感謝を伝える。


「いえいえ、どういたしまして。喜んで貰えたなら良かったです」


「お話の途中失礼します、こちら先程注文いただいた。三色団子二つ、桜餅二つ、緑茶二杯です」


 おお! すごく美味しそうだ。見た目だけでも通いたくなる。


「ありがとうございます」


「緑茶お熱いのでご注意下さい、それではごゆっくりどうぞ」


 そう言って、柚葉さんは他のお客さんの元に向かった。

 最初こそ、他のお客にすごく見られていたが今ではみんな元の状態に戻り、食事や雑談を楽しんでいる。


「若様、さっそく食べましょう!」


「あぁ!」


「「いただきます!」」


 俺達は手を合わせ、食事の挨拶を済まし料理に手を伸ばした。


「まずは三色団子から……」


 俺は、皿に乗せられた三色団子を一本取り口に運んだ。


「っ! 美味しい!」


 当たり前だけど、すごくもちもちしてて三色それぞれに味あって、とても美味しい。

 桜餅はどうだろう。


 俺は、三色団子一本を食べきると桜餅に手を伸ばし、口に運んだ。


「こっちも美味しい!」


 桜の葉によってついた香りがすごくいい、餅の味も中のあんこもいくらでも食べれそうだ。


「若様、緑茶もどうぞ」


「ありがとう」


 俺は、緋夏から緑茶を受け取り飲んだ。


ゴクッ、ゴクッ。


「ふぅ、なんかすごく落ち着く」


 確かに苦みもあるけど、それ含めて緑茶だもんな。

 和菓子とよく合う味をしてる。


「どうですか? 美味しいでしょ?」


「ああ、すごく」


「なら良かったです、持ち帰りもできる品があるのでいくつか旦那様と奥様に買って帰りましょう」

 

 その後、俺は、残っている三色団子二本と緑茶をゆっくり味わった。

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