05 成長と授かりもの

「あーあー! う? う!!」


 いてっ! 誰だよ、俺の顔を叩くのは。


 俺は、誰かに叩かれ、目を覚ます。


 またお前か、何で毎度毎度目を覚ますたびお前がいるんだ、琴葉。


 俺が目を覚ますと、俺の身体に乗り、嬉しそうな顔を浮かべて、手を叩く琴葉の姿があった。


「あー! あー!」


 わあったって、起きる! 起きるから、その身体と、妙に鼻をくすぐる尻尾をどけろ!


 俺は、琴葉の身体をどかし身体を起こした。


「ふぅ」

 

 あれから、もう二週間か。

 あの後俺は、次の日に何事もなかったかのように目覚め、身体は健康そのもので、何か悪い影響が出ると思ったがそんなことはなく、むしろ前よりも身体が動きやすくなって、全身が一新されたような気分だった。

 それと、二週間がたったにも関わらず、雫を贈ってきたのは誰か分からず、とりあえずは神からの祝福という、曖昧な形で落ち着いた。

 人間の時は、神なんていないと思ったが、妖怪達からしたら意外と身近な存在みたいだ。


「う? あー! あー!」


 琴葉、情報の整理をしてるから少し待ってくれ。

 朔奈さんと琴葉は、次の日の朝に一度帰ったが、あれから頻繁に泊まりに来るようになった。

 母さんとの会話を聞いてるかんじ、俺の事についての話と琴葉がここに来たいと騒いだのが理由らしい。


 前者の理由は納得出来るが、お前は、何で騒いだんだ。宴会の時は、人に怯えてあんなに大泣きしてたのに。母さんが綺麗だからか?

  

「うー! うー! うぅ……」


 あ、待て待て。すぐ構うから、泣くな!

 琴葉が、泣き始めたら落ちつくまで時間がかかる、泣かれると面倒だ。


 俺は、はいはいで琴葉の側に駆け寄り、泣き出さないように、そっと頭を撫でる。


「う! う〜!」


 よし、なんとか大泣きは回避出来た。


 琴葉は、少しすると落ち着き、涙を手で拭った。

 

 そういえば今更だが、何でいつも起こしに来るんだ? 二人いても自由に動けるのはこの小さな部屋だけだろ。

 遊び目的で起こしに来てるわけじゃないのか?


「う!」


 わっ! おい、角を触るな。角にも感覚があるから、触られると何か嫌な感じになるんだよ。 


 俺は、急に角を触られ身体をビクつかせる。

  

「うぅ!」


「う?」


 注意しても駄目か、だったら俺も反撃に出るしかないな。

 おりゃ。


「やう!? う〜やー!」


 暴れても無駄だ、力で鬼にに勝てるはずがないだろ。


「ひゃははは! や〜や〜」


 俺は、琴葉をくすぐる。


 トドメだ、耳が弱いってことは知ってるんだよ!


「ひゃははは! ゆ! ゆ! ひゃうぅぅ」


 どうだ、まいったか。これをもう一度くらいたくないなら、俺の角は触らない事だな。  


 琴葉は、くすぐられ暴れ疲れて、床に寝っ転がる。

 いつものように二人でじゃれていると、ゆっくりふすまが開いた。

 

「あら、また二人で遊んでたのね。お部屋にずっといるのは退屈でしょ、たまには別の場所を散歩しに行かない?」


「また琴葉は、疲れて転がっているのか。ほら、琴葉も散歩に行くぞ」


 俺と琴葉は、母さんと朔奈さんに抱き上げられ、部屋を離れた。


「今日は、どこに行きましょうか。書庫? いえ、行ったところで内容を理解出来ないでしょうから、無難にお庭がいいかしら」


「庭でいいんじゃないか? あれ以来まともに行ってないし」


「そうですね、お庭にしましょう」


 母さん達は、あの事があった庭に向かった。

 


 


 やっぱり、ここの庭は広くて綺麗だ。


「さぁ、二人共歩いてみましょう」

 

 毎度思うが、妖怪は成長速度が早いな。人間だと、普通はまだ歩けないのに。


 俺と琴葉は降ろされ、母さん達に支えられながら歩き出す。 


 転生してから始めてまともに歩く……ずっとあの小さい部屋で畳しか歩いてないから、地面を歩いた事はなかった。


「二人共、始めて歩くのに上手ですね!」


「あぁ、この子らは特別成長が早い」


「ちょっとずつ、支えを軽くしてみましょう」


「あぁ、もしもの時は私達がいるしな」


 母さん達は、話してた通り少しずつ支えを軽くしていった。


「もう支えなしで歩けそうですね」


 そう言うと、母さんは俺の手を話した。


「琴葉、もう手を離しても大丈夫か?」


 朔奈さんがそう言うと、琴葉はすぐに頷いた。


 琴葉は、動き回るのが好きだから、ずっと自由に歩き回りたくて仕方なかっただろ。


 俺がそんな事を思っていると、思ってた通り、琴葉はさっそく色んな所に歩き始めた。

 俺もその後を追って歩き出す。


「う!」


 俺の足音に気付いた琴葉は、こちらに振り返り、何か言いながら、俺の手を引いた。


 これは、池か。ここもすごく綺麗だな、水が澄んでいて、泳いでいる錦鯉がよく見える。


 琴葉は、興味深そうに泳ぐ鯉を目で追う。


 あ、手が出そう。止めねば。


 俺は、鯉を手に取ろうとする琴葉を池から遠ざける。


「う? う?」


 まるで猫だな、動く物を目で追って、手を出そうとするなんて。

 

「今の見ました!? 千弦、琴葉ちゃんが鯉を捕まえようとしたのを止めましたよ。まだ赤ちゃんなのに」


「あ、あぁ、あれを危険だと察知し遠ざけた」


 何か騒いでる、あ、今の行動は普通の赤ちゃんはしないか。まぁ、妖怪って事でなんとかなるだろ。

 それに、池に落ちて泣かれるよりはましだ。

 琴葉が、怪我をしないよう見ておかないと。


「あー!」


 あ、ちょ、まて!


 その後俺達は、庭中を歩き回り初めての外を楽しんだ。

 また、蔵の近くには、大きな枝垂れ桜があり、秋にも関わらず満開で、すごく綺麗だった。

 どうやら、幽世だけに生えるそういう桜らしい。二人がそう話してた。





「二人共、ぐっすり寝ているな」


「今日はたくさん歩きましたからね、疲れたんでしょう」


 俺達は、初めての外出で疲れ果て、庭から部屋に戻ると、すぐ横になり眠ってしまった。




 

「千…殿……千弦……千弦殿!」


 ん? 聞き覚えのある声が……。


 俺は、聞き覚えのある声が聞こえ、目を覚ます。


「お、目覚めたか」


「誰…………って、月読様!? なんでここに!」


 ん? ちゃんと喋れてる?


「私が来たのではない、千弦殿がここに来たのだ。まぁ、正確には私が連れてきたのだが。まずはここの説明をしよう、ここは、私が適当に作った夢境だ。簡単に説明すると夢の中だな」


 俺の目線が高い、それに懐かしさを感じる。


「…………ここの説明よりも、千弦殿の状況を先に説明したほうが良さそうだ。今現実の千弦殿は眠りについている。わざわざ起こすのは、悪いと思ってこうして夢の世界に連れてきた。魂も身体も幽世にあり、今ここにいる千弦殿は意識だけの存在」  


「な、なるほど? まぁ、よくわかんないが分かった」

   

「今の千弦殿は、人間だった頃の姿になっている。会話をするならその姿のほうが、いいだろうと思ってな」  


「そうか、確かにまだこっちのほうが喋りやすい。ところで、今日はまたどうして?」


「呼び出した要件は、二つある。まず一つ目は、私が送った雫の事だ。少々面倒をかけた、私が送ったと、何か印でも書いてたら良かったんだが」


「あぁ、あれやっぱり月読様が贈ってきたのか」


「あの雫には私の力が込められており、潜在能力を刺激する役割と術式の付与の役割があった」


「ん? そんなの俺知らないけど」


「知らないのも無理はない、千弦殿はずっと気絶してたからな。潜在能力については、まだ自力で確認出来ないが術式については確認できる。背中に丸い跡がついていて、それが術式だ。鏡か何かで確認出来るだろう」


「そうなのか、全然気づかなかった。少し力が増えたぐらいだと思ったけど、本当はもっと色んな力をもらってたのか」


「術式の内容については、発動する時になったら詳細を教えよう。雫については以上だ。そして最後に、一つ伝え忘れている事があった」


「伝え忘れている事? そんなのあったっけ?」


「加護の効果だ、転生させる時最後に言っただろ」


「あぁ! あれか! そういえば、効果は聞いてないな」


「それを今から伝える。効果は、これも二つだ。まずは、妖力の底上げ。千弦殿は、一般の妖怪よりも高い妖力を持っている。次に、全ての妖術を習得可能にする効果だ」


 おぉ! 何かすごそう! まだ、妖術は習ってないから、よくわかんないけど。

            

「普通の妖術に加え、各家に伝わる秘術までも扱う事が出来るようになる。だが、どちらもどういった術か理解する必要はあるがな。まぁ、妖術についてはそのうち分かる」


 今は無理か。

 あれ、そういえば加護の他にも何か言ってなかったか? 役立つ物がどうたらかんたらって。


「ふむ、別の機会に渡そうと思ったが、今渡しても支障はないか」


 月読様がそう言うと、手のひらに小さな黒蛇が現れた。


「これは?」


魂呑隻龍こんとんせきりゅうの魂だ」


「魂呑隻龍?」


「今は弱体化し、肉体を失っている。いつか使えるかもしれないと、取っておいた悪神だ」


「悪神!? そんなのいらねぇよ!」


「安心しろ、今はそこらの蛇と同じような力しか持っていない。それに、悪も使いようによっては良い物となる、という言葉もあるだろ」


「そうは言っても……元悪神って聞かされると、流石にためらうぞ」


「う〜ん、仕方ない。これは少しリスクがあるが」


 月読様はそう言いながら、こっちににじり寄ってくる。


 え、な、何をする気なんだ。


「この魂を、千弦殿の魂に融合させるのだ。そうすれば、裏切られたり、こいつが悪行をする事がなくなる。千弦殿と一体になり、完全に千弦殿の物となる」


 そ、それ、リスクは!


「ふむ、少し精神が変質するかもしれないな。でも、それくらいだ。死んだりはしない」


 それくらいだじゃなくて、普通にだめだろ! 分かった、普通に受け取る! 受け取るから融合はやめてくれ!!


「そうか? そこまで言うなら、融合はやめよう」


 ふぅ、危うく俺が俺じゃなくなるところだった。


「では、千弦殿にこいつを授けよう。少し眠らすぞ、起きた頃にはこいつが千弦殿の物になっている」


 え、それってさっきと似たよ……ぉ……な……。


 俺は、自分の中に何かが入ってくる感覚を感じながら、目を閉じていった。


「よし、成功だ。千弦殿に、魂呑隻龍の魂と術式が刻まれた。念の為、封印を何重か掛けておこう。魂だけになり、大分力を失ってはいるが、元は強大な力を持つ神へと至った龍だからな、扱いには気を付けなければ」


 そんな事を話しているうちに、千弦の意識が消え、身体に戻っていった。


「すまない、こうして丸投げする形になって。どうかあいつに、良い影響を与えてくれる事を願う」


 月読様は、どこか悲しみと期待の思いがこもった表情で夢境を閉じた。

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