04 月神の祝福

「大事な話とは何でしょう、悪い知らせじゃないといいですが」 


 改めて辺りを見渡して思うが、本当にたくさんの妖怪がいるな。もしこの妖怪達に、教えを請えたらたくさんのことを学べるだろう。


 俺は、宴会に来ているたくさんの妖怪達を視界に入れそんな事を考える。


「…………」


「あら、千弦。もしかして、あの子達と遊びたいの?」


 え?

 

「若様は、自分意外の子供と会うのは初めてですからね。気になっているのでしょう」


「それなら…………」


 え、ちょ……。

  

 母さんは、俺を抱えたまま後ろで遊んでいる赤子達の元に向かった。  


「せっかくだから、一緒に遊んでらっしゃい」


 母さんは、畳に俺を降ろした。


 まだ、大人の妖怪達を見ておきたかったんだが、まぁいいか。

 それにしても、遊ぶって具体的に何をすればいいんだ? 他の赤子は、泣いたり、はいはいで走り回ったりしてるだけだし……。


 俺は、辺りを見渡し何をやるべきか考える。


「オギャァァ!」


「あぅ〜あぅ〜」


 俺もあんなふうに泣いたり、話したりしてみるか……? いや、ない。それは絶対ない!

 見掛けは赤子だが、中身は高校生だぞ。恥ずかしすぎるわ!

 はぁ、隅っこで大人しくしてよ。


 俺は、他の赤子に馴染む事を諦め隅っこで座りこんだ。


「ひゃう〜あ〜……」


 ん?


 俺が、隅に座っていると赤子が一人追いやられて来た。


 銀髪の耳と尻尾……さっき父さんと話してた、朔奈っていう人の子供か。確か極度の人見知りだって話だけど最初見た時は、別の隅にいなかったか?

 

 俺は、最初にこの狐がいた場所を見る。


 あぁ、なるほど。さっきから暴れてる赤子達が、この子の近くに来て、隣の隅であるここまで追いやられたんだな。

 それにしても、泣くほど他人が怖いのか? そんなにビクビク怯えて。


「ひっ、ひゃぁ〜」


 あ、俺にぶつかった。ずっと怯えながらここまで来たから、俺に気付かなかったのか。


「う、うぅ」


 あぁ〜、泣くなよ〜。俺は何もしないから、ずっとここで座ってるだけだって。


 俺に気づいた狐は、今にも泣き出しそうに……ていうか、もう泣いてる。


 はぁ、昔から子供の世話は苦手なんだ。目付きも怖いから、顔見ただけでも泣かれて逃げられるし……。

 めんどくさいから、寝たフリしてやり過ごそう。


 俺は、目を瞑り寝息を立て嘘寝をした。


「うあああ〜!」


 狐は、俺の元を離れていった。


 行ったか?


 片目を開き、周りを確認する。


 いないな、泣きながら別のところに……。


「うあああ〜!」


 別のところに行ったと思ったが、また泣きながら戻って来た。

 まぁ、あちこちで赤子が暴れてるから静かで落ち着ける場所は見つかんないだろう。

 寝たフリを続けるか。 

  

 開けていた片目を閉じ、再び寝たフリを再開した。


「ひっ、ひゃぐ。ふぇ……」


 狐は、寝たフリをしている千弦を見る。


「う?」


 ずっと静かで他の赤子も千弦には、一切近づかない……狐は、千弦が起きない事を願って身を寄せる。

 



  

「ふぅ、少し話が長引き過ぎた」


「まぁ、より正確に情報伝えるためだ仕方ないだろう、急いで誤情報や認識の違いがある方が問題だ」


 父さんと朔奈さんが話を終え広間に戻ってきた。


「すまない、遅くなった。その後は何もなかったか?」


「あ、紫苑様。おかえりなさい、その後は特に何もありませんでしたよ。千弦は…………まあ!」


「ん? 千弦がどうしたんだ?」


 父さんは、母さんの向いた方に視線を移す。


「ほぉ、人見知りの琴葉ことはをあれほど懐かせるとは中々やるじゃないか」


 三人の視界には隅で、寄り添い合いながら眠っている千弦と琴葉の姿があった。


「気持ちよさそうに寝ているな」


「あの琴葉があれだけ気を許すとは、相当安心出来たのだろう」


「仲良く寄り添って可愛らしいですね!」


 二人は、とても穏やかな寝顔をして眠っていた。





「千弦!」


「琴葉、そろそろ帰るぞ。起きるんだ」


 ん? どういう状況だ?


「あ、起きた」


 なんだ? 俺はいつの間にか眠っていたのか。


 千弦は、目を覚まし身体を伸ばした。

  

「んぅ……」


 あ、あの泣き虫も一緒に寝てたんだな。

 

「おはようございます、若様」


 あぁ、おはよう緋夏。宴会は……もう終わって解散したみたいだ。


 辺りを見渡すと、あんなにたくさんいた妖怪達の姿はすでになく、広い大広間があるだけだった。


「琴葉、もう帰るぞ」


「うぅ〜、あぁ〜〜」


 あの泣き虫琴葉って言うのか。


「ふぁ〜」


 あ、寝起きだから自然とあくびが……。


「ふふ、可愛らしいあくびですね」


 母さん、おはよう。


「はぁ、全然起きんな。まぁ、後は帰るだけだからしばらく寝かしとくか」


「あぁ、寝かしとけ寝かしとけ。お前もゆっくり休めなかっただろ」


「大広間の掃除をするだけですからね、そのまま抱き上げて別の部屋に移動しましょう」


 俺と琴葉は、抱き上げられ別の部屋に移動した。


「知華、俺は祝品の整理をしてくる」


「分かりました」


「緋夏、手伝って貰えるか?」


「もちろんお手伝いさせていただきます」


 父さんと緋夏は、俺達を部屋まで送り届けると、祝品の整理に向かった。


「朔奈様、この後特に大事な用などがなければなんですが、今日は家に泊まって行きませんか?」


「良いのか? 今日はまだやることが残っているだろう」


「大丈夫ですよ、残っていると言ってもほんの少しですから」


「そうか、そちらが大丈夫なら御言葉に甘えさせていただこう。琴葉も泣きつかれてるだろうし」


「嬉しいです! きっと千弦も喜びます」


 ふむ、二人は今日泊まっていくのか。母さん、嬉しそうだな、父さんとの感じを見ると昔から一緒にいて仲が良かったみたいだ。


 俺は、軽く眠気を感じながらそんな事を考える。


 仁は、今何してんだろう。俺の葬式が終わったぐらいか? いや、俺一人のために葬式はしてないかもな。

 あ〜、最悪で最高のあの日常が恋しい……。

 仁、元気にしてるといいけど。


「奥様、失礼します。旦那様が、若様を連れてお庭の蔵まで来てほしいと。朔奈様もお願いできますか?」


 俺が、仁のことを考えていると、侍女の一人が俺達を呼びにきた。


 蔵? 外出た事ないから分かんねぇ。家の形が大きな屋敷みたいなのは分かるけど……。庭も見た事ないし。


「蔵ですか、分かりました」


 俺達は、再び抱き上げられ庭の蔵に向かった。





 す、すげぇぇぇ!! こんなに広い庭があったのか! 家の敷地内に橋があるぞ!


 俺は、初めてみる光景に興奮し、目を輝かせる。


「う〜、あ〜」


「あらあら、初めての外で楽しそうね千弦」


 お! あれは池? 何かいるのか? 錦鯉とかがいそうだな。


 俺が、興奮した様子で辺りを見渡していると、大きな蔵が見えてきた。

     

「あ、知華〜! ここだ!」


 大きな蔵の近くまで行くと、父さんが直ぐ側で待っていた。


「旦那様、奥様と若様、朔奈様と琴葉様をお連れしました」


「あぁ、助かった」


「私はこれで失礼いたします」


 それだけ言うと、侍女は自分の仕事に戻った。


「で、何でここまで呼んだんだ?」

     

「それがな、祝品の中に見覚えのないものがあったらしいんだよ。祝品のリストを緋夏がメモしていたらしく、それを確認しながら整理していたんだが、一つメモに載っていない物があったんだ」


「こちらです」


 緋夏は、手に持っていた小さい箱を取り出した。


「雲の掛かった満月が書かれている木箱? そんな家紋の家はなかったと思うが……」


「中には、何か入っているのでしょうか?」


「中にはこのような物が……」


 緋夏は、小さな木箱をゆっくりと開いた。 


「透明な雫? いえ、雫はすぐに消えてしまうでしょうし、ガラスの雫かしら?」


 中には、ガラスで出来た雫が入っていた。


「祝品の中に混じってたから、悪いものではないと思うが」


「特に邪な感じはしない、それどころか良き気さえ感じる」 


「どう思う知華」


「う〜ん、私も悪い感じはしません。最後はやはり、千弦がこれを気に入るか、どうかじゃないですか?」


「そうだな、どうだ千弦」


 父さんは、そう言って雫を箱から出し俺に渡そうとする。


 どうと言われてもなぁ、綺麗だとは思うが……。


 俺は、小さな手を使い雫を受け取る。

 その瞬間……!


「っ! 妖力! 千弦からその雫を取り上げろ!」


 俺の手に雫が渡った瞬間、雫からものすごい量の妖力が溢れ出した。


 なんだ……! またこれか! 急いで制……。


 雫から溢れた妖力は瞬くに俺を呑み込み、俺は何も出来ず気絶した。


「千弦! 雫は……」


「旦那様、雫がありません。それに若様の姿が……!」


 俺が手にしていた雫は、いつの間にか消え去り、俺に大きな変化をもたらした。


「これは、真怪化しんかいか!?」


「ありえない! いくらなんでも早すぎる! 真怪化は、妖力を完全に操れるようになって始めて解放出来る状態だ!」    

 

 俺の姿は、大きく変容し、身長が130cm程まで伸び、筋肉も大きく成長した。

 そして……。


「身体に鱗と尻尾が生えて来ている、まぁ、お前達二人の子なら納得か」


「鬼の強靭な肉体、そして龍の鱗と尻尾。角も普通の形をしていない、少し枝分かれした大きな角が生えてる」


「私達の特徴が、濃く現れていますね」


「前にも話したが、お前達二人の力を継いでいるのに無事生まれたのは奇跡だ。龍と十二妖将の力を全て受け入れるなど、普通は身体が壊れて生まれる前に死んでいる」


「分かっている、異例であることは」


「力の制御で、困らせてしまうかもしれないですね」


 少しすると、荒れ狂う妖力は落ち着き俺の変容は止まった。

  

「ぐぁぁぁっ!!」


「千弦! やはりまだ安定はしてなかったか!」


「待った! 二人共、これを見てくれ」


 突然俺は叫び出し、父さんと母さんがすぐ駆け寄ろうとするがそれを朔奈様が止めた。

 父さんと母さんは、朔奈様に呼ばれて俺の後ろに周り背中を見た。


「これは月の模様でしょうか」


「先ほどの叫びは、これが刻まれた痛みからだろう」

 

「これは、術式!?」


「あぁ、軽く見た感じかなり高度な術式だ。それこそ、一家相伝の術と同等レベルのな」


「一体どうなってるんだ、あの雫はなんなんだ。そもそも誰が贈ってきた?」


「もしかしたら、神からの祝福かもしれない。あの子が生まれた事自体、奇跡に近い事なんだから、神が贈ってきたと考えてもおかしくはない」


「だとしたらどの神だ、妖怪に干渉するような神でこれだけの奇跡を起こせる……まさか、夜の支配神、月読様? だとすればこの術式も納得出来るが……」


「昔から存在する、強大な神の一人ではないか。すごいな」


「確かにすごい事だ、だが神が無償でこんな事するか? 何か目的があるんじゃ」


「色々考えるのは別に良いが、そろそろあの子を心配したらどうだ? 真怪化が解けて赤子に戻っておるぞ」


 俺は、真怪化が解け赤子に戻った。


「本当に良かった! 千弦、あなたが無事で本当に……」


 母さんは、俺をすぐに抱き寄せた。

 

「今は千弦の無事が大切だな、この件は神の祝福と思うことにしよう。それと、朔奈」


「分かっている。それより早くあの子を寝かしてやれ、初めての真怪化はひどく疲れる。赤子なら尚更だ」


「あぁ、緋夏この後の事は任せてもいいか?」


「はい、お任せください」


「助かる」


 俺は、二人に連れられその場を後にした。   

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