第3話 彼女の秘密、カギの秘密


「バルン」

 

 俺はバルンを発動する。その瞬間俺たちは銀色の球体に包まれた。

 俺の身体は球体の中心部にあり、ゴムロープのような物に巻かれて、全方位から固定されている。球体は半径10mくらいだ。落下速度や衝撃に耐えるためにはよく考えられた構造だ。


 あと心配なのは、シルキラだけだ。


「シルキラしっかりしろ!」


 声を掛けても反応が無い。片手でシルキラを抱えて、回復ポーションを取り出して、無理やり口に突っ込んで飲ませる。


 10数秒の後、「「ブモオォォォ」」という、トリプルホーンボアの最後の咆哮がして、ズドンという音がした。やつが地面にたたきつけられた音だろう。


 その数秒後、俺たちの球体にも衝撃がやって来た。

 いきなり、バキバキバキという音がして、ドンという音とともに下からの衝撃があった。何度か上下にジャンプするように揺れ動いたあと、動きが止まった。


 それから、ようやく「ブレス」と言ってバルンを解除しブレスレットに戻す。

 俺は、彼女を腕に抱いたまま、無事、崖の下に立つ事が出来て、少しだけホッとした。


 周りを見回すと、背の高い森だった。俺たちの球体はその枝に引っかかって衝撃が少なかったのだろう。


 少し離れた所には、トリプルホーンボアが頭から地面に突っ込んでいるのが見えた。


 俺は、一度彼女を毛布に寝かしてから、道具屋で買った野営セット組み立てた。そして、テントの中に彼女を寝かした。


 彼女の意識はまだ戻らない。

 とても心配でたまらなくて、口に手をやって呼吸を確かめる。手に彼女の息遣いが伝わってくる。大丈夫そうだ。心臓に耳を近づけると、リズミカルな音が聞こえた。心臓も大丈夫だ。あのトリプルホーンボアに吹っ飛ばされたのだ全身を強烈痛めているのだろう。そこで、もう一度回復ポーションを少量ずつ飲ませた。


 そこまで手当てをした所で、俺は、魔獣を警戒するため、テントの外に出て腰をおろした。

 そこで、ようやくふうっと安堵の息を吐いた。


(こんな時に結界の魔道具があればいいな)


 そうは思ったけれど、無いものは仕方がない。便利な魔道具は全部彼女のブレスの中だ。俺が持っているのは、道具屋で買った物だけだ。


(とにかく安全に夜を過ごして、シルキラが気が付いてからだな……)


 あまりテントから離れたくないので、近くの木を拾ってきて、テントの前で焚火をした。夕食は、乾燥果物や干し肉などを少し食べた。テントの入り口で外を警戒しながらとった。


(今夜は眠らないで、徹夜で警戒だな……)


 辺りは薄暗くなり、俺は不安な夜を迎えようとしていた。



「アル君」


 夜中に、シルキラが俺を呼ぶ声がした。

 俺はとび上がるほど嬉しくて、すぐにテントの中に入った。


「シルキラ、気が付いてよかった。回復ポーションで治療してあるけれど、具合の悪い所はないか?」


「ありがとう、アル君。ポーションが効いて身体は大丈夫みたい。それで、トリプルホーンボアはどうなったの?」


「突然地割れが起きたんだ。トリプルホーンボアは崖から落ちて多分死んだと思う。少し離れた所に大きな魔獣が岩にはまっているのを見たから。でもまだ確かめてはいないよ。それで、シルキラはどこまで覚えているんだい?」


「アル君の攻撃で巨大魔獣が動かなくなった時、チャンスだと思って、巨大魔獣の眼に剣を差した所までかな……」


「じゃあそのあとを説明してやるよ」


 俺はそう言って、彼女が巨大魔獣の咆哮で固まった事。魔獣が首を振った時、崖の外まで大きく飛ばされて、俺がキャッチした事。俺が抱えてバルンで着地した事。彼女が飛ばされた時に、偶然、大地震が起きて地割れに巨大魔獣が落ちた事。などを話した。


「じゃあ、ここは崖の下なんだね。500mくらいバルンを使って落ちたのかな。アル君にバルンを教えておいて良かった」


 そう言って、彼女は俺に向かって微笑んだ。

 俺は、何となく恥ずかしくなって顔が熱くなって横を向いた。


「実は私、魔力がとても少なくて弱いんだよ。それで、魔法はほとんど使えないんだ。私が〈カギ〉を使えない理由はそれなの。魔道具をたくさん持っているのも魔法の代わりにしているわけ」


「いいのか? そんな大事な秘密を俺が聞いても」


「これから一緒に旅をするアル君には知っておいてもらった方がいいから。でも、自分の欠点をさらすのは少し恥ずかしいかな……」


「そうか……そうかもな……」


 聞いていた俺も、なんだか、すこし恥ずかしくなって下を向いた。


「それでね、アル君はもともと魔力が多くて強いんだよ。バルンの強度なんかも魔力の強さに関係するんだ。だから私はアル君のバルンに助けられた気がするんだ」


「そうなんだ。おれもシルキラのために自分が役立って良かったと思う。巨大魔獣を駆けあがっていくシルキラの心の強さには驚いたよ。でも、吹っ飛ばされた時は、すごく心配したんだ」


「ありがとう。無茶しちゃってごめんね。チャンスだと思って、〈魔剣セリッシュ〉で、眼から脳に電撃を打って焼こうとしたんだ。セリッシュには魔法を打つ力があるの」


「へえ、すごいな。無茶だと思った攻撃に、ようやく納得できたよ」


「私は魔法が使えないからね。だから、朝になったら、セリッシュを取りに行きたいんだけれどいいかな。眼に刺したのはいいけれど、そのままだから」


「もちろんいいよ。眼に刺さったままなら探しやすくていいけれど、どこかに落ちていたら探すのは大変そうだな」


「それは大丈夫、〈レーダー〉があるから。私の〈魔剣セリッシュ〉の場所が分かるんだ」


 そして彼女は、〈レーダーの魔道具〉を取り出した。それを見ると青い点と緑の点があった。


「この青い点が私の魔道具〈魔剣セリッシュ〉の場所だよ。それと、この緑の点が〈カギ〉の場所だよ」


「ちょっとまって、緑の点が俺たちの居る場所のすぐ近くにあるじゃないか!」


「うんそうだよ。私がアル君と会ったのは、カギを探していたからなんだ。緑の点は、アル君が寝ころがっていた辺りだよ。ふふふ」


「なに……!。でも、俺が寝ていた場所って、そんな所には遺跡なんか無かったぞ。もしかすると、地面の中にカギがあるとか……?」


「どうもそんな気がするんだ。それとラッキーなのは、地割れがあったと言ったでしょ。うまくすると、カギが見つかりやすくなっているかもしれないからね」


「おお。それなら最高だね」


「ただ、気になるのは地震の原因かな」


「それって、もしかすると、『新世界』崩壊の影響かもしれないって事かな」


「うん……。でも、すべては明日だね。今夜はゆっくり寝よう」


 そう言って彼女は、外に出て、結界の魔道具をテントの四隅に置いて戻ってきた。


「「おやすみ」」


 俺たちは、ゆっくり休むことにした。


 ◇


 朝になった。

 俺たちは無事に夜を越えた。俺が起きると、シルキラは外で剣を振っていたので安心した。俺もぐっすり眠ったので体力は完全回復だ。


「シルキラおはよう」


「アル君おはよう」


 そう言って片づけをし、朝食をとった。美味しそうだったが、巨大魔獣が気になってあまり味を感じられなかった。


 食後すぐに、トリプルホーンボアの挟まっている所まで出かけた。


 崩れている岩石地帯を乗り越えていくと、巨大魔獣の一部が見えた。

 もしかして、とんでもない生命力で生きていたらどうしよう。そう思いながら慎重に近づいた。

 やつは頭から突っ込んでいて、全身が岩の間には挟まっていた。とても生きているとは思えなかった。


「トリプルホーンボアが完全に岩に挟まっていて、魔剣を取り出すのはきつそうだよ」


「それなら、トリプルホーンボアだけ収納できるかもしれない。アル君ならやれると思うから、やってみて」


「シルキラがそう言うなら、やってみるか……。こんなにでかいのが収納できるなんて信じられないけれどね」


 俺はトリプルホーンボアの身体に触れてから、「収納」を強くイメージした。すると、巨大な魔獣が全部中に入った。でも、何かいつもと違う感覚がしたのでシルキラへ聞く事にした。


「巨大な身体が全部入ったけれど、その時、俺の中から何かが大量に抜けた感じがするんだけど、何だと思う?」


「収納の時にたくさん魔力が使われたのだと思う。私では、あの大きさの魔獣は収納できないよ。それもアル君の力だと思うわ」


(なるほど……)


 シルキラの言っていた、俺の魔力の事が少し分かったように思った。


 巨大魔獣の抜けた穴の中を探してみると、銀色に光る剣が見えた。俺は、慎重に空洞に入り込んで、剣を手にした。


「シルキラ、剣を見つけた。魔剣セリッシュだと思う。それと気になる横穴があるんだ。入って来て」


 空洞の内部を見渡したところ、〈カギ〉につながるかもしれない横穴を見つけたのでシルキラを呼んだ。横穴は、直径3mほどある丸い穴で、銀色だった。


「確かに、私の魔剣セリッシュだわ。ありがとう。こんな人工的な横穴なら、カギのある場所につながるかもしれないから、方向を確かめてみるね」


 中に入って来たシルキラは、〈レーダー〉を取り出して、穴の方向を確かめた。


「横穴が、真っすぐ〈カギ〉の方向に向かっているわ」


 俺たちは、横穴を慎重に進む。


「この横穴、人が作ったものだよね」


 穴の内部は、金属っぽい何かでできていて、強く光る魔石がはめられていて明るかった。


「そうね。内部が金属のようだし、光る魔石が取り付けられていて、まるで道案内をしてくれるようになっているもの」


(〈カギ〉まで道案内をしてくれる人工物なら、楽でいいなあ)


 なんてシルキラの話を聞きながら、少し気楽になって通路を進む。


 しばらく進むと、とても広い部屋に出た。そこには、岩石の山がいくつも並んでいた。


「ちょっと休憩しようか」


 そう提案して、俺は何気なくその岩のひとつに腰をおろした。その時、岩が、ズルリと後ろに動いた。


「うわあ!」


 俺は、大声を上げてひっくり返った。

 周りを見ると、山になっていた岩が、意思を持っているようにゴツン、ゴツンと結合していくのが見えた。結合するたびに、砂塵が舞い上がっている。


(マジかよ……)


 俺は、砂煙の中で起きている光景に圧倒されていた。岩がくっついて岩の人形なり、5mもあるような高さに立ち上がっている。


「アル君、こっちに来て!」


 その声に俺はハッとして、シルキラの隣に走り込んだ。

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