第2話 巨大魔獣の倒し方
俺は、雄たけびを聞いたとたんに身体が震えて動けなくなってしまった。ブルーボアも固まっている。シルキラさんさえも頭を振っている。
「今のは威圧です。とても強力な魔獣が放ったと思う。多分A級かな。急いでブルーボアを倒して逃げましょう」
威圧は精神に作用するようだと感じた。
俺より先にシルキラさんが動き出した。
「シールド」
彼女は俺の前に出ると、銀色の盾を出して地面に突き刺した。ブレスを盾に変化させたようだ。
「ブルーボアの攻撃に合わせて上に跳んで、切りおろしをお願いします」
「了解! まかせろ!」
俺は大声で答えた。
ド、ド、ド、という音とともに、ブルーボアが走ってくる。
ドーンという音とともにブルーボアが盾に体当たりをしてきた。シルキラさんが盾でぐっと抑えこんだ。
盾へ体当たりされた瞬間に、俺は上へ跳躍する。
「ヤアァッ」
上段からブルーボアの首めがけて思い切り剣を振った。その一撃で首がドサリと落ちた。
時間が惜しいので、すぐにブルーボアの死体をブレスに収納する。
「崖まで走って逃げましょう」
そう言って走り出したシルキラさんの後を、俺も追いかける。
「「ブモオオォォォォォ!」」
またもや、魔獣の雄たけびが聞こえた。今度も身体が震えるような恐怖を感じたけれど、さっきより少しましになった気がする。やはり慣れたのだろうか。
それから必死に走って、崖までたどり着いた。下を覗いてみると高さは500mぐらいはありそうで、下がかすんで見える。
振り返って魔獣を探した。遠くの森が大きく揺れている。それからドーンという音とともに、山のような何かが出現したのがわかった。
「あれはA級のトリプルホーンボアみたいです。ブルーボアの親玉みたいなもので、さっきのブルーボアが呼んだのだと思います」
筒状の魔道具を覗いていたシルキラさんが言った。望遠の魔道具のようだ。
「見てみますか?」
そう言って俺に、望遠の魔道具を渡してくれた。
巨大な魔獣が見えた。やつが通って来たところは、木が全部倒されていて、茶色い道ができていた。
「ここで、あんな化け物を迎え撃つんですか?」
俺は魔道具を覗きながら聞いてみた。
トリプルホーンボアをはっきりと目にとらえたところで恐怖がこみ上げてくる。頭には3本のツノが生えていて、ブルーボアの三倍はあり、とても巨大な魔獣だ。あんな大きな魔獣を俺たちが仕留められるなんて、とても思えない。
「できれば、そうしたいですね。少なくとも、トリプルホーンボアはスピードと体当たりが脅威ですが、それをこの場所なら殺せるから、可能性があると思います。最悪の場合、崖下にダイブして逃げる手もあるから大丈夫ですよ」
(なるほど、崖を背にしていれば、スピードを出して突っ込んでくることは多分無いだろうって事か。それも、予想しかないんだよね。不安だ。最悪の場合、崖下にダイブするって言ったけど、どういう事だろう)
いろいろ、不安と疑問、恐怖が入り混じった気持ちになる。
「シルキラさんはよく冷静に判断できますね。可能性があるなら賭けるしかないって事でしょうけれど。とにかく、崖下にダイブするなんて冗談めいた行動は、最後の手段にしてくださいよ」
崖下ダイブは、多分冗談だろう。そう思って俺は返してみた。
「わかりました。最後の手段にしましょう」
(おいおい、本気だったのかよ……)
おれは、内心焦りを感じて、もう一度崖下を覗いた。
(飛び降りる勇気があれば助かるのかな……?)
やっぱり疑問しか思い浮かばなかった。
「そういえば、アル君、私の事シルキラでいいからね。ていねい語もなしで呼び捨てでよろしく」
「こんな時に言うんですか。でも分かりました。いや、分かったシルキラ」
「ふふふ。アル君これからもよろしくね」
シルキラとおバカな会話をしていたら、少し緊張がほぐれたように感じる。
それから、シルキラの考えた作戦を聞いた。基本はさっきの「ダッシュ」と「セイヤァ」の応用だ。まあ、俺がいま覚えているのはそれだけなので仕方ないわけだが……。ともかく、2動作の技術「ダッシュ」と「セイヤァ」を1動作でするという事だ。
トリプルホーンボアのスピードが落ちた所を、「ダッシュ」しながら切り裂くというのだ。一撃では仕留められない巨大魔獣は、何度も攻撃して弱らせて倒せばいいという事だ。
まず、最初は足を狙って動きを鈍らせて、それから他の場所を狙うわけだ。身体の表面の体毛や皮膚がとても厚くて、普通に剣で攻撃しても傷にもならないから、ダッシュで攻撃力を上げないと、とても切れないそうだ。
ただ、俺にとっては、2動作を1動作で行う事はぶっつけ本番になる。さっき始めたばかりの訓練の応用がいきなりの実践ときた。それも巨大魔獣相手にだ。おれにできるだろうか。考えれば考えるほど自信がなくなる。
俺に今一番必要なのは勇気なんだろうな。
そう考えながら、もう目に見えるほどに近づいたトリプルホーンボアを眺めた。勇気はアシストしてくれないからな。そう思って、魔剣シュナイツの〈つか〉を撫でた。
何気なく撫でた魔剣シュナイツだったけれど、勇気が伝わって来るような感じがした。シュナイツが、俺の全力全開を応援してくれている気がした。
そんな事を考えていると、シルキラが話しかけて来た。
「今のうちに、ブレスの用語を2つ教えておくわ。〈シールド〉で盾になり。〈バルン〉で柔らかい膜に包まれるからね。崖から落ちるときは〈バルン〉と言ってね」
最後にウインクをして去っていくシルキラを見ていると、ちょっと肩の力が抜けた。まあ、最後はバルンと言って飛び降りればいいや。というのが余裕になったのかもしれない。
「了解。全力を尽くすよ」
そう言って、俺はこぶしをシルキラに向けて突き出した。すると、シルキラもこぶしをぶつけてきた。いい感じがした。
「ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ」
地面を蹴る音が聞こえてきた。いよいよ近くに来たからだ。体長はブルーボアの10倍はある巨体だ。頭の3本のツノがとても怖く感じる。
いよいよ100mほどの距離に近づいてきた。スピードが遅くなり歩き始めた。俺たちの後ろの崖に気が付いたという事だ。目だけでなく頭もいいのは予想外だった。
巨獣が50mに近づいた時には、目の前の山のような身体に絶望と恐怖を感じた。
そして、俺たちを見つけると、ガリガリと地面を掘るようにして、土砂を飛ばし始めた。
身体に岩石がバシバシと当たる。このままダッシュしたら、全身穴だらけになるなと思った。
直線状にダッシュを繰り返すのは難しい……。予想外の展開だった。
「意識を横に向けるよ!」
一瞬考えた後で、俺は回り込むように駆け出した。
すると、トリプルホーンボアが俺を意識して横を向いた。
その瞬間。
「当たれ!」
そう言って、シルキラが、何かを投げた。すると、ババババンという音がして、トリプルホーンボアの頭部で強力な閃光と爆発が起きた。
その閃光のせいで、やつの目が見えなくなったようで、首をふり始めた。
いま前足に近寄るのは危険だ。回り込んでいた俺は、後ろ脚をねらう事に決めた。
「ダッシュ」
俺は高速移動して、魔剣シュナイツで後ろ脚をぶった切った。切るというより斧で大岩をかち割るというイメージだ。まるで、石の柱を切っているような硬さを感じた。それでも剣は皮膚を破って中の肉まで届き、血しぶきが飛んだ。よく見ると、魔剣シュナイツの形が、ハルバードのように長柄の斧に変化していた。さすが、主人の考えを理解する魔剣だ。
「「グオオォォ」」
痛みと怒りの混じったような咆哮がして、巨獣の動きが止まった。
威圧を受けてしまったが、なんとか少しの硬直で耐える事ができた。やはり、威圧を正面から受けてはいけないのが分かった。
俺は硬直からもどると、すかさず「ダッシュ」をして、もう一本の後ろ脚もぶった切った。
「「グオオォォ」」
またも、同じような咆哮がした。
今回も、咆哮をまともに受けなかったので、そんなに硬直時間は無かった。だから、ダッシュの際に、切り裂いたらすぐ遠くに逃げて近づかないようにしようと考えた。
「ダッシュ」
「「グオオォォ」」
「ダッシュ」
「「グオオォォ」」
「ダッシュ」
「「グオオォォ」」
4本の足のうち、スキがある足を狙ってダッシュを繰り返した。
少しでも足で蹴られたら吹っ飛んで終わり、そんな気がして、とにかく安全な足を狙って何度も攻撃した。
10回以上ダッシュ攻撃を繰り返したところで、ズシンという地響きとともに巨大魔獣が足を縮めた亀のようにうずくまった。
(動かなくできた。これで一方的に攻撃できるはずだ……)
俺がそう思った時、シルキラも同じことを考えたようだった。
「ダッシュ」
シルキラの声がして、銀色の剣線が巨大魔獣の頭部めがけて突っ込んで行くのが見えた。いまがチャンスと考えたのだろう。でも大丈夫なのだろうか? 俺は不安になった。
「「グギャォォォォ」」
その時、巨大魔獣が痛みの咆哮を上げた。シルキラの剣が深々と眼に突き刺さっているのが見えた。
(すごい! やった!)
ところが、俺の喜びは一瞬で消えてしまった。さっきの咆哮でシルキラの身体が固まって行動不能になっているのが見えた。最悪の事態だ。
「シルキラ、あぶない!」
俺が大声を上げた瞬間だった。
巨大魔獣が眼に剣を差したまま、顔を思い切り振った。シルキラの身体は、あっけなく巨大魔獣に吹っ飛ばされて、崖の外に向かって放物線を描いて飛んで行ってしまった。シルキラは衝撃で気を失ったのか全く動く気配がない。
(やばい!)
俺は、とっさにダッシュしてシルキラの身体が落ちて来る場所をめがけて斜め上に跳躍した。
「と・ど・け・えええ!」
俺は必死で手を伸ばして、シルキラの服をつかみ、すぐに彼女を抱え込んだ。
その一瞬あと、突然空気がびりびりして、鳥が飛び立ち、獣たちが吠えはじめた。
『ゴゴゴゴゴゴゴ』という猛烈に大きな地鳴りがして、台地がメリメリと割れて行くのが見えた。
足を痛めているトリプルホーンボアに目をやると、体の前半分が崖から落ちかけていた。
(まずは2人が生き残らないとだな!)
そう決心をして、俺は、最後の手段を叫んだ。
「バルン」
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