駆け出し冒険者の俺に世界を救う力があると美少女に言われた

朝風涼

第1話 俺が世界を救えるってマジか?


「アル君だよね。ここで何をしてるの?」


 突然、少女の声がした。


(腹が減って、頭までおかしくなったのか……?)


 そう思って起きあがると、銀色の髪の少女が立っていた。

 サラサラのロングヘアが、風の中を泳ぐように揺れている。


「あんたは一体誰だ。それに、俺に何か用があるのか?」


 俺は何が何だか分からず言い返した。


「もしかしてアル君は、私の事を忘れたの?」


 彼女は、まなじりを下げて困ったように言った。

 忘れたと言われてもなぁ……。そう思いながら、俺は彼女を詳しく観察した。すごい美少女だ。でも全く心当たりがない。


「悪いな、俺はあんたの事は何も知らない。それより、腹が減って死にそうなんだ。それに機嫌も悪い。〈ブルーボア〉を狩るからそこをどいてくれ」


 俺は、冒険者ギルドのブルーボア討伐依頼を受けて、グリング台地に来ている。もう3日狙っているけれど成果はゼロだ。とにかく早く仕留めて飯をたらふく食いたい。たとえ相手が美少女でも、かかわっている余裕はない。


「わかったわ。ブルーボアを倒すまで待っているから、話をさせて」


 そう言って彼女は、俺の様子を見守るように退いた。


 起き上がってブルーボアを探すと、のんびりとキノコを食っているのが見えた。俺をバカにしているのか、全然逃げる様子がない。後ろからそっと近づいて両手剣で切りかかる。


「うりゃぁ!」

「どりゃぁ!」

「あたれえぇ……ふう、ふう」


 俺の剣など気にする事もなく、ブルーボアはキノコを食うのをやめない。やっぱりなめられているようだ。


「アル君。全然当たらないけれど、倒せるの?」


 そんな言葉が横から聞こえる。彼女は腕を組んで俺を見ている。早くしろとでも言いたいようだ。そんな姿に腹が立つ。


「あんたさ、そんな事を言うなら、ブルーボアを倒せるもんなら倒してみろよ。一応、Eランクの魔獣なんだからな」


 彼女の態度に腹が立った俺は、思い切り言い放つ。


「わかったわ。それに私は『あんた』じゃなくて、『シルキラ』っていう名前があるの。よろしくね『アルルス君』」


 彼女はそう言うと、腰を落とし、いつの間にか装備した左腰の剣に手を添えた。


「うそだろ! 冗談を言ってすまなかった。やめろ! 殺されるぞ!」


 俺は、予想外の展開に面食らって、彼女を止めようとした。


「ダッシュ!」


 掛け声とともに、ズサッという土を蹴る音がした。その瞬間に彼女はブルーボアの隣に移動していた。


「ヤアッ!」


 次の瞬間、気合の入った掛け声が草原を走り、銀色の髪が風に流れる。

 掛け声と同時にブルーボアの首がドサリと落ちた。


(すげえ!)


「シルキラさんだっけ……。ま、まあ、俺より少しは剣が使えるみたいじゃないか。ブルーボアをいただくけど、もらっていいよな」


「まあいいけど、そのブルーボアは、アル君のギルドカードの討伐数にはカウントされていないから、へたに持って行くと犯罪になるけど分かってる?」


「へ……! そうなのか?」


「冒険者ギルドへ登録した時に、ギルドカードには魔物の討伐が記録されると言われたはずよ。それにブルーボアを倒したら、私の話を聞く約束だったじゃない」


 そう言って彼女は、倒したブルーボアに近づいた。そしてブルーボアに手を伸ばした瞬間に、ブルーボアがスッと消えた。


「え! ブルーボアはどうなったんだ?」


「大丈夫よ。このブレスに収納したから。これは優秀な魔道具なの」


 彼女の腕には、シンプルな銀色のブレスレットが光っていた。話によると、〈マルチタクティカルブレス〉と言って、いろいろな機能があるらしい。


「じゃあ、食事をしながら私の話を聞いてもらうわよ」


 そう言って、ブレスから出した銀色のシートをサッと広げた。


「シートの真ん中に座って」


 俺がシートに上がって中央にあぐらをかくと、彼女は青色の結晶をシートの四隅に置いた。


「今置いたのは〈結界の魔道具〉よ。これで誰にも邪魔されないわ」


 まわりを見回して、結界は青い透明な壁で作られているとわかった。

 いい匂いがしはじめたので、ふと見るとうまそうな料理が並んでいた。多分これもブレスレットから出したのだろうけど、びっくりだ。


「トマトとチーズのサンドイッチ、ブタの焼肉、野菜のスープよ。どうぞ召し上がれ」


「ありがとう。3日ぶりの飯だ。本当にうれしくて涙が出そうなくらいだ」


 俺は感激してむさぼるように食べた。


「どれもすごくうまい。それにまだ暖かくて驚いた。そのブレスレットの機能なんだろう?」


「そうよ。時間停止が付いているからね。とても便利よ」


 そう言って、もう一度マルチタクティカルブレスを大事そうになでた。


 その後、彼女との真剣な話になった。


「アル君は、記憶が無いみたいだけど、どうしてか教えて」


「俺は1年前に森で倒れていたのを猟師のじいさんに助けてもらったんだ。だからその前の記憶は無いから、なぜ倒れていたかはよくわからない」


「1年前なんだね……。それからこれまで冒険者をしていたの?」


「そうだ。身元不明だから冒険者しか生きる道が無かったんだ。イベリスの町で冒険者登録をして、どぶさらい、薬草採取、何でもやって金を稼いだよ。ツノウサギを討伐してようやくFランクに昇格できたから、有り金をはたいて剣を買ってブルーボア狩りに来たんだ」


「分かったわ。それじゃあ次は私が話す番ね。とにかく私の事を信じて欲しい」


 そう言って彼女が話し始めた内容は、世界が滅ぶかどうかは、俺にかかっているという、ありえない内容だった。


 この世界とは違う、別の世界があるという話から始まった。


 この世界を『元世界』と言い、別世界を『新世界』と言う。

 2つの世界には、ドアの内側と外側のような深い関係がある。


 いま新世界は崩壊を始めていて、完全崩壊を止める〈カギ〉が元世界の方に存在するのが分かった。

 新世界はとても魔法科学が進んでいて、新世界の崩壊を止めるために俺は育てられた。彼女も俺と一緒に育てられたが、彼女には止める力は身に付かなかった。


 1年前、俺は使命を果たすため元世界へ転移した。だが、何かの理由で俺は記憶を失った。

 一方、新世界では崩壊が止まらなかったので、事故が起きたと考えた。調査のため彼女が俺を探しにやって来た。


 だから、俺に新世界の崩壊を止めて欲しい。

 そう言う内容だった。


 俺は悩んだ。


 まず、俺にそんな力があるなんて信じられない。Eランクのブルーボアさえ倒せないのだから。カギで新世界の崩壊を止めるどころか、途中で俺は絶対死ぬだろう。それなら、今いる元世界で平凡に生きていた方がよっぽどいいはずだ。

 ただ、ちょうど1年前という所に引っかかった。


 俺が、眉間にしわをよせて考えていると、シルキラさんが話し出した。


「アル君が嫌なのは分かるわ。でも、何とか新世界を救って欲しいの。私にはどうしてもできない事だから。その代わり私は何でも手伝うわ」


 必死に俺にお願いをしている姿を見ていると、新世界の崩壊は本当の事のように思えてくる。


「シルキラさん。悪いけど、冷静に考えて俺にはデメリットしか思い浮かばない。それに俺は弱いから多分すぐ死ぬ。俺のメリットは何もない」


 俺の言葉に、シルキラさんがすぐに反応した。


「メリットならたくさんあるわ。1つ目、私と訓練すればアル君は絶対強くなれる。2つ目、カギを手に入れた者は強力な魔法を使えるようになると伝えられている。3つ目、そのままだといずれ元世界も滅ぶ。つまり新世界を救えばこの世界も救える。メリットばかりでしょ」


 俺はメリットをしばらく考えて、話に乗ってみる方に少しだけ気持ちが動いた。


「話は分かった。でも、そんな話はすぐには信じられないよ。だから、シルキラと訓練を始めて、本当に力が付いたら〈カギ〉に挑戦する。それでもいいか?」


 このままでは、ろくな飯も食えないのが現状だ。普通に飯が食えるようになるだけでもいいかもしれない、そう思った。


「私も分かったわ。一気に強くなれないと思うのも分かる。でも、まちがいなくアル君なら強くなれるはずよ」


 そう言って、〈銀のブレス〉と〈黒い剣〉を俺に渡した。


「そのブレスも〈マルチタクティカルブレス〉で、戦闘を補助してくれる機能があるわ。その剣はあなたの思いに答えてくれる〈魔剣シュナイツ〉よ。装備して」


 ブレスは腕に通すとシュッと縮まって俺の腕に吸い付くようにフィットした。魔剣シュナイツを持って振ってみると、重さとサイズ感がちょうどいいように感じた。


「じゃあ実践ね」


 それから銀のシートと結界の魔道具を片づけて、ブルーボア狩りに出かけた。シルキラさんの案内で歩いて行くと、すぐにブルーボアの群れがのんびりキノコを食べていた。


「さっき私は2つの技を出したの。『ダッシュ』で大地を蹴って高速移動をし、『ヤアッ』で剣を振ったの。言葉はどうでもいいけど技はイメージがとても大事。あとはブレスが戦闘をアシストしてくれるからやってみて」


「わかりました。やってみます」


 俺は魔剣シュナイツを両手持ちにして下段に構え、ブルーボアまで地面を蹴って跳ぶイメージを固める。


「ダッシュ!」


 掛け声とともに、ズシャッという音とともに土を蹴って跳び出し、その一瞬でブルーボアの横に移動した。


「セイッ!」


 掛け声とともに、下段からの切り上げのイメージ通りブルーボアの首が飛んだ。


「すごくよかったわ。大剣を使っての切り上げも素晴らしかったと思う」


 俺は、思い通り動けた自分自身に感動していた。あれだけ苦労していたブルーボアを一瞬で倒せた事が嬉しくて信じられなかった。


「そのブルーボアを収納してみて」


 そう言われて、ブルーボアをブレスに収納した。その間に、さっきの動きが自然にできなければダメだと考えた。


「もう一度練習します」

 そう言って、遠くにいるブルーボアへ向かって技を出す事にした。


 「ダッシュ」


 掛け声とともに、土を蹴ってブルーボアの横に移動した。


「「ブヒイィィィィィ!」」


 その瞬間、ブルーボアが大声で鳴いた。その声は助けを求めているようにも聞こえた。

 そして俺が一瞬戸惑ったところへ体当たりをしてきた。


「うわあ」


 ドカッという音とともに俺は、吹っ飛ばされた。予想外の一撃は俺の腹へまともに入った。俺はころがりながら後ろに下がった。


「「ブモオオォォォォォ!」」


 その時、辺り一帯の生物すべてを威圧する、魔獣の雄たけびが響いた。

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