7 災難
腕の刻印は、三日経っても消えないどころか、前よりも濃くなっているような気がした――。
学校の講義が休みだった日、ロレッタはクララと共に買い物に出かけていた。クララが注文していた帽子を受け取るために帽子店に入った後、「お茶でも飲んで帰りましょうよ」とクララに提案され、通りの向かいのカフェに入ることにした。道を渡ろうとしたところで、ふと足もとを見れば、ブーツの紐が解けている。
ロレッタは「あっ」と、身をかがめて紐を結び直す。その時、勢いよく走ってきた馬車に、回りにいた人たちが悲鳴を上げた。どうやら、馬が暴走しているらしく、御者が真っ青な顔をして必死に手綱を引っ張っている。
「ロレッタ、危ない!」
クララの声が聞こえた瞬間、ロレッタは焦って避けようとして道に倒れる。
靴紐が解けていることに気づかなかったから、馬車にひかれていただろう。真っ青になって起き上がったロレッタに、「大丈夫!?」とクララが駆け寄ってきた。
頷くのが精一杯で、すぐに声が出ない。膝を見れば、ひどく擦りむいてしまっている。
「まったく、ひどい馬車だわ!」
クララは、走り去ってしまった馬車を睨み付けながら、起き上がるのを手伝ってくれた。
「今日はもう帰ったほうがよさそうね。途中で病院に寄るわ」
「大丈夫よ。擦りむいただけですもの」
「ダメよ。ちゃんと手当しないと悪化するでしょう?」
「それもそうね……でもびっくりしたわ」
ロレッタは胸を押さえて息を吐く。クララが呼んだ馬車に乗り込んで、その日は診療院で診察をしてもらってから早く寮に戻った。
だが、危ない目に遭ったのは、その日だけではなかった。
学校の講義が終わって階段を降りようとした時、急に手すりが折れて落下しそうになるし、クララに誘われて舞踏会に出れば、大きな額縁に入った絵が落下してきた。幸いにして大きな怪我をしなかったのは、いつも間一髪でうまく避けられたからだ。
「最近、どうしちゃったのかしら? なんだか、ロレッタばかり危ない目に遭ってるわね」
寮の階段で滑ってしまい、足をくじいたロレッタは、クララの肩を借りて部屋になんとか戻ることができた。
「ごめんなさい。きっと、ぼんやりしているからだわ」
ベッドに座ってから謝ると、クララが隣に腰を掛ける。
「足、痛そうだわ。明日には大学の医務室で湿布をもらうほうが良さそうね。後で、冷やすタオルをもらってきてあげる」
「ありがとう、クララ」
クララが立ち上がって部屋を出て行くのを待って、ロレッタはため息を吐く。
疼く足首をさすると、少し腫れているようだった。
「もしかして……これって、やっぱり刻印のせいなのかしら……」
腕の刻印を見て、ふと呟く。
それとも、本当にただ自分がうっかりしているだけなのかもしれない。
この悪魔の呪いを解く方法は、グレネル先生が貸してくれた本には書かれていなかった。日に日に、不安になってくる。
もし、このまま、呪いが解けなければ、どうなってしまうのだろう――。
悪魔に取り込まれて、命まで奪われてしまうのだろうか。
「そうだ……っ」
ロレッタは起き上がってベッドから出ると、捻った足をかばいながら、机に移動する。グレネル先生から借りた本を開き、挟んでいたメモを取った。
先生が書いてくれた手書きの地図がそこに書かれている。
(ここにいってみれば……)
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