9 銃
ディランと共に店を出たロレッタは「本当に……困ります」と、ため息を吐く。固辞して返そうとしたのに、ディランは「いいから」と拒むばかりだった。
(少しもよくないわ……そもそも……これは……)
〝悪魔〟を殺すための武器だ――。
それをディランはわかっているだろう。どういうつもりなのかと、気になって隣を歩く彼の顔をこっそり見る。それとも、この程度の武器では脅威になり得ないとでも思っているのか。さっき、短剣や短銃では悪魔は倒せないと話していたから。そうかもしれない。まして、ロレッタの腕では、弾も刃も掠めもしないだろう。
(もしかして、遠回しに馬鹿にされているのかしら……)
この人が見た目や柔らかい物腰にそぐわず、意外と意地悪なことはお見通しだ。
今もニコニコしながら、一緒に歩いている。
「ありがとうございました……お金は、いずれ返しますから!」
手持ちの金では、短剣を買うのが精一杯だろう。短銃はその十倍の値段だった。しかも、ディランが選んでくれた短銃は柄に宝石がはめ込まれた一番高価なものだ。
「今度、銃の撃ち方を教えるよ。うちの屋敷の庭なら広いから、好きに練習できる」
「ですから、私は使うつもりは……ただ、持っておきたかっただけなのです! その……護身のために……」
「護身のためなら、なおさら使えるようにしたほうがいいじゃないか。いざというときに、引き金の引き方もわからないようでは困るだろう?」
「そうですが……使う機会なんてきっとありません!」
「そうかな?」
ディランは急に足を止めると、ロレッタの腕をつかむ。乱暴に押されて「キャッ!」と、思わず声が出た。壁に体を押しつけられて息をのむ。
「いきなり襲われることを、考えたことはない?」
ディランが低い声で問いながら、顔を寄せてくる。動きを封じられたロレッタは、逃げ場を探して視線を動かした。路地に人気はなく、その先の道は行き止まりだ。
「あなたは何のために……私に近付いたのですか!? 正体をばらされたくないから!? 口封じのためなら……っ」
「口封じのためなら、どうすると?」
ディランはロレッタの手を壁に張りつけたまま笑う。その瞳に冷たい光が宿っていた。オペラを観た後、追いかけた時の彼の姿が頭を過ってゾクッとする。
(やっぱり……人じゃない……っ!)
目を瞑ってから、ロレッタは彼の腕を振り払う。思いっきり突き飛ばしてから、バッグにしまっていた銃をつかんで取り出した。両手で銃を握り、その銃口を一歩下がったディランに向ける。撃ち方は、さっきの店主が一通り説明してくれた。だが、いきなりうまく撃てるわけもない。手が情けなく震えてしまっていた。
「私にかけた呪いを……今すぐに解いてください!」
「呪い? なんのことかな……」
ディランは姿勢を戻すと、ロレッタに一歩寄ろうとする。「来ないで!」と、叫ぶように言って、後ろに下がった。
「あなたは私を……殺すつもりでしょう!? 婚約のことだって……そのために近付いてきたことくらい、わかっています!」
「銃を下ろした方がいい。それでは、私を殺せはしないよ」
ディランの声は冷静だった。一歩ずつ、ゆっくりと近付いてくる。それが怖くて、逃げるように足を引く。
「お願い……近付かないで。本当に……本当に撃つわよ!」
「やってみるといい。いい練習になるだろう」
目を逸らさず、彼はロレッタに近付き、その手を伸ばしてくる。「いやっ、触らないで!」と避けようとした瞬間、反射的に引き金にかけた指に力が入ってしまった。
バンッ!と音がして、反動でふらつく。目に映ったのは散った赤い血だ。
えっ……。
弾が入っているなんて、聞いていなかった。空砲だと思った。
放たれた弾はディアンの頬を掠めて、背後の壁に当たる。倒れそうになるロレッタの腰に腕を回して支えたのは、ディランだ。彼に抱き締められたまま、ロレッタは震える手で銃を握り締めていた。その手が銃から離れ、足もとに落ちる。
「だから……危ないと言ったのに」
ディランが息を吐いて、耳元で囁くように言う。悪魔祓い用の銀の銃だと聞いていたが、彼にはさほど効果はなかったようだ。ただ、頬からは血が溢れている。
ロレッタは目を見開いたまま、恐る恐る彼の頬に触れてみる。血が温かい。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい。当てるつもりは……なかったんです」
そんな言葉、今さら言い訳にもならない。だが、ひどいことをしてまったという慚愧の念が込み上げてきて、涙が溢れてくる。
怖かった――ただ、それだけだ。
ロレッタは俯いて、彼の上着の袖をギュッとつかんだ。
「ごめんなさい……っ!!」
そんなロレッタを両腕で支えたまま、彼はひどく困ったような顔をしていた。
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