今は、誰もその場所を知らない

リュウ

第1話 今は、誰もその場所を知らない

「マジか……」僕は、思わず呟いた。

 小型ドローンから、下を見下ろす。

 ここに来るまで、遮光シールドが張られ、外を見渡すことが出来なかった。

<何処だぁ、ここは>

 見渡す限りの森林。

 道らしきものは何もない。

 だから、ドローンなのかと理解したが、移動手段は空しかないのではと不安を覚えた。


 このドローンは、自動操縦でどこかの目的地を目指している。

 遠隔か、自立型での操縦は分からなかった。

 こうなったのは、この仕事に採用されたことだ。

 身辺調査といくつかのアンケートと試験を受け、「おめでとうございます」という採用通知を受け取ったためだ。


 仕事は、資料整理とかファイリングの仕事らしい。

 今の時代、こんな仕事は珍しい。

 なぜなら、大体の文書は電子化されているからだ。

 電子化された文書は、リサイクルとかで別のものに利用された。

 ある人物の財産らしい。

 現物で持っているコレクター。変わり者なんだろう。


 変わり者って言えば、僕もその中の一人だ。

 採用条件で、「独りでも生きていける」に☑を入れた。

 僕は、小さい頃から独りが好きだったというか、人が苦手だった。

 家にお客が来ると別の部屋に隠れてしまうような子供だった。

 自分でも、なぜ、人と触れ合うのが嫌なのかわからなかった。

 そのせいか、気が付くと僕の周りには、人が居なかった。

 学校でも前の就職先でも居なかった。

 相手は、僕を友だちと思っていたかもしれないが、僕はそうではなかった。

 人に合わすことが面倒くさかった。

 末代までの誰かの呪いかと思うくらい付き合いは無かった。

 当然、恋人も長続きしなかった。

 そんな僕に適している仕事、それが今回の求人だった。


 僕は、森林を見つめる。

 生まれ育ったのが自然豊かな北国なので、見慣れた風景だった。

 この風景は、大好きでいつまで見ていても飽きることはない。

 森林は、モコモコと盛り上がって見えることもある。

 あちらこちらから、のろしの様な煙が上がっていた。

 そこに原住民が仲間に何かを知らせるために煙でないことを僕は知っていた。

 正体は、森林の隙間なのだ。

 太陽の光が、木々の葉の隙間から湿った地面に降り注いだ為に、そこだけ暖かくなり、水分を蒸発させたためだった。

 僕は、三か月くらい独りで森林の中キャンプしたことがあり、その時発見した。


 ドローンは更に森林を進んでいく。

 こんな山の中、人工衛星から探さないと分からないだろうと思った。


 森林の中に隙間を見つけた。

 近づくと家らしきものがあった。

 そこにどんどん近づいて、ゆっくりとドローンが着地した。

 ドローンが着地した所は小高い丘になっていて、整地され草も刈り取られていた。

 僕は、ドローンから降り、背伸びし森の空気を肺いっぱい吸い込んだ。

<森の匂いだ>子どもの頃を思い出す。


 見渡すと丘の下に小さな洋館が建っていた。

 僕はその洋館に向かった。

 僕の荷物は、ドローンに積載されていた四足のロボットが背負い僕に追随する。

 大型の犬の様に見えるが、頭が無いので気持ちが悪く好きになれない。

 丘を下り、洋館の庭らしき敷地い入ると石畳に代わり、洋館の入り口にと僕を誘導していた。

 古めかしいデザインの呼び鈴を押す。

 部屋の奥でベル音が聞こえる。

 暫くして、ドアがゆっくりと開いた。

 部屋の中から、美しい顔が覗く。

「お待ちしていました、こちらへ」と中へと眼で合図された。

 僕は、一瞬イキが停まっていた。余りのも美しい女性だったから。

 彼女はメイドの制服を着ていた。

 僕の理想とする女性像に近い。


 四足ロボットは、僕の荷物を下ろすとドローンの場所に勝手に戻って行った。

 ロボットは黒い犬に見えた。

 僕はその姿を暫く見つめていた。


「あの、よろしいですか」

 その声で、僕は現実に戻され、メイドの方を向いた。

「家の説明をします」

「あ、お願いします」軽く頭を下げた。

「おかしな人ですね。アンドロイドの私に礼をするなんて」

 メイドは微笑んでいた。

 僕は、照れ笑いをしながら、メイドの後に続いた。

 寝室やキッチン、トイレ、浴室を案内され、最後に作業場に案内すると言う。


 作業場は、家の地下にあった。

 地下と言ってもエレベーターに乗って一分くらいのところ。

 エレベータを降りると、コンクリートで固められた通路があった。

<核シェルターだ>

 こんな山奥にこんな巨大な施設なんて、キョロキョロと周りを見回すだけだった。


 通路を電気自動車で、五分くらい進み、五十センチ厚の扉を開けてもらう。

 そこが、仕事場。

 そこは、本だらけだった。

 本棚がぎっしりと並んでいる。

 メイドが、僕の先を歩き、「ここです」と手招きした。

 大きな机。操作盤らしい。

「ここが、作業場です」

 僕は、周りを見渡し、状況を判断するのに精いっぱいだった。

 メイドが、一通りこの操作盤の使い方を説明をしてくれた。

 早速、操作盤でシステムを立ち上げた。


「ようこそ、KIOKU私設図書館へ。

 私の名は、MOKUROKUです。

 ここを管理するAIです。分からないことは、何なりとお尋ねください」

 MOKUROKUのアバターは、執事の恰好。

「あなたにメッセージがあります」

 操作卓上に画面が現れた。

 それは、どこかのアニメキャラクターだった。

 遥か昔のギャグアニメだ。

 やたら元気で何をされても死なないアレだ。


「私が創設者です。

 私が誰かは名乗りません。

 こんなアバターを使うのも自分の身を守るためです。

 私の行いを面白く思わない人が居るからです。


 さて、あなたの仕事を説明しましょう。 

 あなたのここでの仕事は、二点です。


 一つは、この膨大な資料の管理です。

 その時代に保存された記憶媒体の点検と修復です。

 スケジュール管理や点検、修復については、MOKUROKUが教えてくれます。


 もう一つは、それらの記憶媒体を見て、感想を発信することです。

 あなたは、ここで色々な本や映像を見ることが出来ます。

 気になったことを調べて、感想や紹介をSNSで発信してください。


 あなたの発信することで、そのことを知りたいと思う人が出来る事が目的です。

 それが過去の情報が生き続けることなのです。

 忘れ去られるには、惜しいことが沢山あるのです。

 過去にあったことから、未来の行く末を変えられるかもしれないのです。

 現在の情報検索は、興味を持たなければ検索できないのです。

 言い方を変えると、自分が知っているモノしか検索できない。

 情報を取得する範囲が狭いと言うことなのです。

 出会いが無いのです。

 セレンディピティが弱いということです。

 あなたが発信することで、少しでも補うことができると信じています。


 この仕事は、あなたが辞めると言うまで続きます。

 この図書館での質問は、MOKUROKUにしてください。

 あいまいな質問でもかまいません。

 日常性格のサポートはメイドにお申し付けください。

 メイドは、あなたの好みに合わせた容姿にしました。

 君の苦手な人間ではなく、アンドロイドです。

 仕事を邪魔させないためです。

 それでは、また。

 あなたが、私に会いたいと思う時まで」

 そう言うとアバターは消えてしまった。


<邪魔って……>

 大好きな容姿のアンドロイドをメイドにして、気が散るだろうに……。

 

「それでは、仕事の説明をします」

 そうMOKUROKUが言うと、メイドが僕を大きな作業台に案内し、古い本をその台に置きページを開いた。

「この本、綺麗でしょう」

 メイドの細い白い指が開いた本の文字や挿絵を指でなぞった。

「挿絵も……文字フォントも綺麗ですね。芸術だと思いませんか」

 僕は、その本に見入ってしまった。自然と眼を近づけてしまう。

 もっともっと見せろと、心の奥から興味の波が押し寄せる。

「メイドさん、読んであげてください」

 メイドが朗読する。綺麗なかすれの無い透き通った声が、耳に流れ込む。

 僕は、どこか別の世界に行ってしまったかのようだった。

「すばらしい音でしょう。綺麗な音階でしょう。

 文字ではなく、音そのものに意味があることもあるのです。

 人は、聞いた音を忘れないために、音に言葉をはめ込み、物語にして残したかもしれない。

 それは、大切な呪文かもしれない。別の文明の言葉かもしれない。

 それが、語り継がれ、本になった。

 触ってみなさい」

 メイドが僕に本を差し出した。

 本の重み、頁を開くと紙の厚み、手触り、匂いが僕の頭に記憶されていくのが分かる。

 メイドが本の端を指さした。

 そこが、汚れて破れかかっていた。

「ここを直すのがあなたの仕事です」

 メイドが僕の眼を見て教えてくれた。

 僕は、初めての本と仕事を知り、心が震えていた。

 MOKUROKUが、言葉を付け加える。 

「もう、お判りでしょう……本物の良さが……本、一冊が一つの宇宙なのです。

 電子化すると視覚以外のモノが無くなってしまう。

 それに、電子化されると”本物”か分からなくなるのです。

 特に、歴史と言われる書物や映像は……。

 ここで、本物を保管するのです。

 あなたがここの書物を読んでいくとわかります。

 この情報を操作されているのが……それを阻止するのも仕事です。

 間違いを起こさないために」


 それから、僕はこの仕事を続けている。

 補習の仕事も好きだし、読書も大好きだ。

 読んだ本の魅力や伝えたいことをSNSで発信した。

 情報に興味のある人から返信もきたので、やりがいもあった。

 そんなある時、ずーっと前から僕の頭の中に合った調べたかった事が、霧の海から現れた巨大な船のように浮かび上がった。

 

 それは、家に伝わっていたことだった。

 僕の家のルーツの話だ。

 お婆さんは、若いころの話をよくしてくれた。

 だが、その住んでいた場所がピンとこなかった。

 それは、お婆さんが住んでいた場所を調べたが分からなかったからだ。

 お婆さんの思い違い?

 何度も同じ話だし、同じ地名だった。


 ここには……この図書館なら、あるかもしれない。


 僕は、MOKUORKUに検索をお願いした。


 MOKUROKUにお婆さんの年代と生まれた場所を教えた。

「これで、あなたはこの図書館が必要な訳を実感するでしょう」

 メイドが、複数の書籍を僕に差し出した。

 僕は、早速、目を通した。


 それは、我が国の北に位置し、隣りの国との間になる細長い島だった。

 もっと大きいか、半島という感じだ。

 その半島の南半分にその場所が在った。


 半島の南半分は、隣りの大きな国との戦争で手に入れたものだった。

 約四十年に渡り、この島に近い者たちが移住し生活していた。

 この土地は、水産・森林・鉱物資源が豊富で、交通手段の鉄道も手に入れていたので比較的豊かな暮らしをしていたらしい。

 さらに、近隣に住んでいた人たちも移り住んでいたので、学校では、「差別をしないように」との教育がされ、平和に暮らしていたようだった。

 移り住んだ人たちは、工場や色々な店舗が造られ街となった。

 

 お婆さんは、東北からそこへ移住したらしい。

 工場が建てられ、その付近に街が出来た。

 婆さんは、工場近くの電気屋を営んでいたようだ。

 お菓子や天干しした魚を勝手に食べたり、美味しいラーメンの話をしていた。

 そこで、生まれ、青春を過ごしていた。

 

 我が国は、世界規模の大きな戦争に参戦し負けた。

 隣りの大きな国は、我が国と戦争をしないという約束を破り、国境線を南下してきた。

 戦争で負けていたのに更に、戦いを挑まれ、半島は大きな国のモノになった。

 そこに住んでいた者は、我が国に戻ってきたかった。

 だが、隣りの国はそれを許さなかった。

 すぐに大規模に侵攻してきたのだった。

 戦った者、捕えられる子どもと悲しいことも記録されていた。


 僕は、ここに来る前から不思議に思っていた。

 お婆さんが亡くなる前に、その頃の風景を観たいと言っていたので、大型書店やネットで探していた。

 あまり、情報が無く。

 時間が立つと本が無くなっていた。

 売れないから、取り扱わなくなったと思っていた。

 この図書館で検索してみて、元々、空襲や引き揚げの為、写真や本などは、戦火を潜り抜けることが出来なかったからだと知った。


 再度、僕はこの場所をネットで検索してみた。

 更に情報は、少なくなっていた。

 その場所に住んでいた人たちも亡くなってしまったため、知りたいと思う者が居なくなってしまった為なのだろうと。


 そして、最後には消えてしまう。

 いつの間にか、無かったことにされてしまった。

 お婆さんが生まれて生きたところが、あったはずなのに無くなってしまった。

 そして、誰も知ることが出来なくなった。


 誰も知らないと言う。

 資料がないと言う。

 確かにそこに住んでいたのに。

 そこから、追い立てられた。

 この事実が葬り去られる。

 映像が、本が、証人が葬り去られる。

 事実が無くなる。

 無かったものになる。

 なぜだ、なぜだ。

 人類は、歴史から学び過ちを起こさないはずではなかったのか。


 今は、誰もその場所を知らない。

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