第3話: 飛脚をやめて

「お届け物で~す」


 江戸から運んできた荷物を届けると、その足で菖蒲小路と針小路の間にある早苗の住む家へと向かった。


「今から紹介する人は、鴨重かもの しげといい、立派な陰陽師です。自ら裏鬼門の方角に家を建てているのも、京に入ってくる悪霊を祓うためにあえてしているらしく、私もよく手伝いをしています」


 鴨重という名前は聞いたことがあった。確か、一人で鬼を十人倒したとされる、有名な陰陽師だ。


「へぇ~。そんな有名人の弟子に道端で偶然助けられるなんて、思ってもいなかったよ」


 鴨重の家に着くと、早苗が何やら妙だと言って匂いを嗅ぎ出した。その途端、髪の毛が黄色へと変わる。


「この匂い…妖怪のものです。普通妖怪は消滅したらその匂いも消えるはずなのに、まだ残っています。妙ですね」


 そう言って、匂いの根源がある家の中へと入っていった。「早苗だった」少女は、翔太のことに全くと言っていいほど目を向けず、完全にいないものとして扱われたようだ。


「しげさ~ん、大丈夫ですか~?」


 家の中へ入った途端、強烈な匂いが俺の肺を刺激した。


「うっ。なんだよこの匂い」


 前を見ると、中へ入って行った少女が絶望したような顔をして、ある方向を見ていた。


 俺もその方向を向いていると、そこには一人の老人が死んでいた。翔太は吐き気を催しながらも、その老人を見た。


 不思議なことに、老人の肉体はところどころ抉れていた。いや、言葉を変えよう。

 今現在、現在進行形で肉体が抉れていた。何もないところから肉が引っ張られたかと思うと、消滅し、残った部分には血が吹き出し、畳をどす黒い血で満たしていた。


「どうなってるんだよこれ……」


 恐怖のせいか、声が裏返ってしまった。けれど、そんなことを気にしていられる余裕もなく、俺はただ、そこに立ち尽くした。


 その奇怪な現象を繰り返していくうちに、だんだんと、血が『何もなかったもの』に対してかかり、その姿が見えてきた。


 その姿は、痩せ細った人間のようであり、そうではないものだった。その牙は獣のように鋭く、目は鋭く吊り上がっていた。


 少女は怒りに震えていた。


「お前ら…何やっとんじゃゴラァ‼︎」


 そんな言葉と共に、少女の髪の色が黄色から紫へと変わった。その姿はまるで、鬼のように恐ろしく、人魚のように美しかった。

 けれど、その美しさがより一層、恐ろしさを醸し出していた。


「テメェらはぜってぇに許さん‼︎『この盃を盆水とする。この盆水を冥界への扉とし、常世へと蘇りしこの魂、元の場所へ戻さんとせん。急急如律令‼︎』

 楽に死ねねぇようにしてやるからな。この餓鬼どもが‼︎」


 その叫び声と同時に、動き苦しむような声を、『餓鬼』と呼ばれたもののけは彼女が手元から取り出した盆水の中へと引き込まれていった。


 全ての餓鬼が吸い込まれると、少女は力尽きたように、その場に倒れた。慌てて駆け寄った翔太はある一つの思念を聞いた。


「そこの青年よ。早苗を頼んだぞ。この家は其方と早苗で使うがいい。

 儂はもうこのように死んでしまって、思念でしか、言葉を伝えられない……」


 こうして、思念との一方的な会話が始まった。

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