第13話 晴れのち曇りのち大雨
「絶対に、手を出すなよ。出したらわかってるな、おい、勇者!! こっちを見ろ、俺の目を見ろ!!」
「姉ちゃん、彼氏できたの?!!」
「兄ちゃん、やめときなよ、こんなゴリラ。いてっ」
「留守は俺らにまかせて!! この前スライム倒せたし、俺らつえーんだぜ!!」
「姉ちゃん、はやく帰ってきてね。お土産もいっぱい買ってきてね」
「おい、そこの僧侶!! 仮にも聖職者なんだからな、ちゃんと見張っとけよ!! おい、こっち見ろ!! 俺の目を見ろぉぉ!!!」
「リオニー、大丈夫よ。お父さんは説得しておくわ」
「ちが、本当に、違うんだよ。ボクは鍛冶職人として成長したくて……」
「はいはい、わかってるわ。いってらっしゃい! 気を付けてね」
リオニーは母に背中を押されて、コルトの旅仲間に加わった。
殺気だった父親と呑気な弟たち、そして半分からかい半分本気の母に別れを告げて、リオニーがコルトたちと共にウェーカーの町を出発したのは、フェンリルとの戦闘の三日後だ。
その三日間がコルトにとって地獄だったことは想像に難くないだろう。リオニーの無邪気な行いによって、一行は、リオニー本人を含め、マクシミリアン一家には旅の本来の目的「コルトの嫁探し」を隠さざるを得なかった。「復活した魔王を討伐する」ための旅と説明すると、怒り狂う父親はなんとか矛を収めた。
一方、収穫もあった。この間に、もう「一匹」、力強い仲間が増えていたのだ。
ファーターとの決闘の翌日、ウェーカーの町の前に一匹の幼いフェンリルが座りこんでいた。子供といっても、大人の狼程度の大きさがあり、町民にとっては十分脅威だ。しかしその子供フェンリルは町を襲いもせず、町の人々が払おうと石を投げてみても逃げもしない。ただ、静かに座って町のほうを見ていた。
話を聞きつけたリオニーが市門に行くと、その子供フェンリルはすくっと立ち上がり、尻尾を振ってリオニーの前に行儀よく座った。瞳は青く、魔獣化していない。利発そうな顔をしていて、どこかファーターの幼い頃の面影があった。
「……一緒に来るかい?」
リオニーが声を掛けると、フェンリルはまだまだ拙い遠吠えをして応えた。そうして子供フェンリル、改め、「レオン」は仲間になったのだ。まだ幼いながら、フェンリルは戦闘でもとても力強い味方だ。
レオンは四六時中リオニーから離れずにいて、女性から撫でられるのは許したが、男性が近づくと牙を剥いて威嚇した。気難しい男児だ。しかし幼い四人の兄弟が果敢に挑み続けてくれたおかげで、出発の朝には、ぶすぶすながらも食事をくれる者に体を触らせてくれるまで慣れることができた。
ウェーカーの町を出発したのは良いものの、一行の船頭であるハンもユラも次の目的地を決めかねていた。ハンは馬に揺られて優雅に歩みを進めながらも、頭の中では忙しなく思考を駆け巡らせていた。
サーラの助言に従ってウェーカーを訪れ、運良く勇者の遺伝子を持つ(だろう)リオニーに出会うことができた。一行に最高の武闘派が加わったことで、いつ襲ってくるかもわからない強硬派の使者に怯えることもなくなったのは有難いことだった。
今度もまた魔法使いの助言を乞うべきか、賽子で決めるか、はたまた行き当たりばったりを狙うか。いずれも良い案とは言えない。
コルトが息巻いていた「第三の選択肢」も探さなければいけないが、当の本人はリオニーに熱をあげて、忘れている節もある。もしくはサーラとの再会で、今は心を入れ替えて「第二の選択肢」も視野に入れているのだろうか。いずれにせよ、コルトがリオニーに気が向いている以上、「第三の選択肢」を思い出させるのは藪蛇になる気もして、ハンは手をこまねいていた。
兎にも角にも、早くリオニーとコルトが恋仲になってくれれば良いのだが。ハンはそんな淡い期待を抱いたが、二人を観察しているとどうにもぎこちなく、関係が進展するなど夢のまた夢かと思われた。
コルトが気を利かせて話題を振るが(天気とか夜は眠れたかとか、長続きしそうにない話題を振るのも問題だが)、リオニーは赤面して言葉を詰まらせるばかりで、精一杯の一言二言を返すだけなのだ。
リオニーは、コルトに心を開いているようだが、どうやら戦闘で熱気が高まった挙句、無邪気に異性と腕を組んでしまった自分の痴態を恥じて、自分でも対処できないほど感情を暴発させているようだ。
町でも二人はつかず離れず、ちょうど半人分の空間を保ちながら並んで歩いていた。ただ、コルトが何かに夢中になって離れたとき、リオニーが気付いて間合いを詰めていたのだ。なんともいじらしい、懐かしい気持ちにハンは胸を押さえた。
今は蚊帳の外にいるユラは、初となる同性の旅仲間を歓迎した。が、コルトとの恋を成就させるために昼間は存在を消すよう努めているようだ。夜になると隣の部屋から楽しげな話し声が聞こえてくるので、仲は良さそうだ。
パールは……、どうも様子がおかしいようだ。ユラと一緒に行動していたにもかかわらず、フェンリルとの戦闘中も姿をくらましており、後で尋ねると「遠吠えが聞こえなかった」と露骨な嘘と吐かれてしまった。
ハンはしばらくパールを観察していたが、昼間はいつも通りの調子でリオニーを快く歓迎し、丁寧に接してギルドの話を興味深そうに聞いていたが、問題は夕方以降だ。だんだんと口数が少なくなり、夜はほとんど話さなくなる。しかし原因がわからず、パールからも相談がない以上どうしようもなく、ハンは見守るしかなかった。
五人と一匹という、やや大所帯になった一行は、馬に乗っての移動とはいえ、歩みが遅い。ウェーカーをしばらく南下したところで陽が落ちてきたので、付近に見えた町の宿屋に入ることにした。どうやら魔獣が出始めてから、旅人が激減したようで、女将は「特別に」と上等な部屋を二部屋割り当ててくれたのは幸いだ。
ユラから「部屋の様子を見てから、どっちか決めたい」と彼女らしい申し出があったので、五人で最初の部屋に入ると、眺めを確認するべくユラは真っすぐ窓辺へと向かった。
「ここに来るまで魔獣に遭遇しなかったね。これだけ人間がいるなら、すぐに襲われそうなのに」
重たい荷物を床に置いて一息つくと、リオニーが不思議そうに疑問を口にした。
「コルトの杖と、お嬢さんの盾があるからな。どちらも神が加護を与えた由緒正しきものだから、持っている限り、ある程度の魔獣たちなら近寄ってこないだろう。まぁ、リオニーがいるから、万が一襲ってきても心配はないがな」
ハンがそう答えると、リオニーは自慢げに力こぶを見せた。二人が話す声にユラが反応して、だんだんと明かりが灯り始める町の景色から視線を外した。そして、部屋を選ぶよりも先に、二人の会話に割って入った。
「そういえば、あの盾って母からもらったものなんですが、元はマクシミリアンさんの盾なんですか?」
リオニーは盾をちらりと見てから、覚えがないようで首を傾げる。そして答えを求めるようにコルトのほうを見た。
「そうだな。ウェーカーの市場で昔マックスが掘り出した盾だ。どういうわけか呪いがかかっていたが、炎と鍛冶の神がつくったアイギスという盾だよ」
「コルトが話してくれた、あの盾? へぇ、これが!!」
リオニーはぱっと表情が明るくなり、まじまじと壁に立てかけられたユラの盾を眺めて、表側に施された紋様や古傷を指でなぞり始めた。
コルトもリオニーの後ろから、屈んで一緒に盾を眺める。
「古いわりには手入れがされているだろう。マックスが決戦まで毎晩磨き上げていたからな。元々は紋様なんてわからない、ただの丸い金属だったんだ」
「へぇ、そんな大切な盾をなんで手放したんだろう」
(今まで一度だって、この盾に興味を持たなかったのに……)
ユラはコルトの背中を睨みつけた。リオニーのことは好きだが、自分への態度とはまるで違うコルトは気に食わなかった。でもそれ以上に、自分から振った話題なのに二人の会話に入れず、まごつく自分にも苛つく。今日はどうにもうまくいかない。
「決戦後に、マックスがサーラに贈ったものらしい。マックスから返せとは言われていないのだろう? なら、正真正銘その盾はお嬢さんの物だ、安心なさい」
ハンの言葉に、ユラは自分の気持ちを見透かされたようでドキッと胸が高鳴った。リオニーも気付いたのか気まずそうに「見ていい?」と聞くと、ユラはリオニーの横に腰を下ろしてこう返した。
「いいけど、今の話を聞かせて」
二人で並んで盾を見る様子は、なんとも微笑ましい。コルトに罵詈雑言を並べていた人と同一人物とは思えないほど、ユラはリオニーには素直で、平和だった。
さて、いよいよ本当に行先を決めなければいけない。ハンは、コルトから船乗りからもらった古地図を借りて、卓上に広げた。
ランプの灯りを便りに見てみると、古い地図にはコルトたちが住む大陸と近海が描かれているだけで、世界全体を表すものではなかった。赤色の鉛筆で目的地に印がつけられていたり、航路とは関係ない海域に検算した跡があったり、古い地図が現役時代だった頃の様子が伺える。
古地図をくまなく見ていると、リコの街から少し離れた海域にバツ印と「マーメイド!!」と書かれているのを発見した。
その注意書きに仄かに閃いたハンが古い記憶を呼び起こしていると、顔の横から白い腕が伸びてきて、海域にあるバツ印を指さした。
「エルフ」
抑揚のない、ロウソクを吹き消すかのような女性の声が、ハンの耳元で囁く。
急いでハンが後ろを振り向くと、パールが後ろから古い地図を覗き込んでいるだけだった。
「急に、どうしました? 何か、私の顔についていますか?」
「……いいや、大丈夫だ。なんでもない」
動悸を抑えようと、胸に手をつきながら深呼吸をする。ようやく落ち着いたところで、その白い腕が指す場所に古い記憶を交差させて、もう一度思索する。果たしてこれは名案か、はたまた迷案か。
(探すべきは“場所”じゃない、“人”だったな)
コルトとリオニーの淡い関係を刺激するには、「爆弾」を用いるのも一計かもしれない。真面目にアレコレ考えていても仕方ないなら、面白いほうに転がってみようじゃないか。
幸い、パールとコルト、そしてリオニーは別の部屋に荷物を置きに行ったようだ。ハンはレオンと一緒にベッドの上で大の字になっているユラの枕元に座り、話しかけた。
「お嬢さん、決めている行先はあるか?」
「……考え中です」
「私としてはもう一人、花嫁候補を見つけたい。勇者の遺伝子を示す痣が、本当にお嬢さんの言う“三日月”かどうか確かめたいんだ」
ユラはごろんと寝転がっては体勢を整え、ベッドの上に座り直す。
「それは思いました。でも、当てはあるんですか? また母さんに聞きに行くとか……」
「一人だけ、思い当たる人物がいる。忘れていたわけじゃない、まぁ、避けていたんだが、頼らざるを得なくなったというのもある。まぁこの人物の場合、もし痣がなくてもそれなりに活躍してくれるだろう」
ユラは首をかしげたが、構わずハンは続けた。
「エルフの里に、ひとりの娘がいる。前世の旅で私たちはアイゼンベル付近の洞窟に幽閉されたティタニア……エルフの女王を救ったのだが、その娘だ」
「ああ、この前ナルさんが歌っていましたね。アイゼンベルで作られた有名な戯曲で、その勇者の英雄譚からつくられたって……。確か、魔法でエルフの女王が人間に恋をしたとありましたが……まさか、思い当たる人物ってその女王様ですか?」
「いいや、実際にはその娘が勇者に恋をしたんだ。いわば、エルフの王女様だ」
母、サーラからも聞いたことがない話に、ユラは目を丸くした。そしてしばし考えた後、ひとつの疑問を口にした。
「でも、前世と今じゃ見た目がまったく違いませんか? また恋をしてもらえるんでしょうか?」
ユラの疑問に、ハンはなんでもなさそうに「大丈夫だ」と言ってのけた。なぜ「大丈夫」なのかまではハンは説明してくれなかったが、もしかしたらユラの知らない恋愛の極意のようなものがあるかもしれない。
「では、次の行先はエルフの里にしよう」
ハンが確かめるように言葉にすると、ユラは返事をせず、代わりに胸につっかえていた疑問を口にした。
「ねぇ、なんでハンさんは、私を名前で呼んでくれないの?」
不意を突いた質問に、ハンはすぐに返せなかった。質問の理由を問いかけてはぐらかそうにも、ユラの切実な眼差しがそうはさせない。ハンは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
扉の向こうで、三人が戻ってくる音が聞こえる。ハンは珍しく冷静さを欠き、意図しないものを言葉にしてしまった。
「まだ、お嬢さんのことを信用しきってないからじゃないか」
「……そう……」
ユラは目を見開くと、すぐに伏せ、視線を窓の向こうへと流した。
その寂しそうな表情を見て、ハンは己を責め、呪った。必死に胸の中で弁解を重ねたが、ついに口にすることはできなかった。
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