第53話:ロストフィールド侵攻④


 ラスティ達は司令センターに向かった。大きな部屋で壁面に巨大なスクリーンがはめ込まれている。スクリーンと平行に何列かデスクが並べられ、小型のモニターがその上にいくつも置かれていた。薄暗い部屋にいきなり明るい照明が灯った。


 ドラゴンの姿が浮かび上がる。片腕が無く、服には血がにじんでいる。ドラゴンの左右にアーキバスの制服の着た少女が並んでいた。


「仲間同士殺し合うといい。行け!」


 ドラゴンがラスティ達を指差し、横の人達も動いた。ドラゴンを守るように彼女の前に展開した。全員一様に泣きそうな顔をしている。

 許しを懇願するような顔だった。


「なるほど。しかし無意味だ、私には」


 何の躊躇もなく一人を殺した。すぐさま次の目標に視線を合わせて、爆発させる。


 破片と引きちぎれた四肢が飛び散る。ドラゴンはそれを呆気に取られて見ていた。


 ラスティはドラゴンの胴体に近くのデスクを投げつける。ドラゴンは避けられずもろに食らう。


 そのまま大剣を出現させて串刺しした後、ナイフと細剣を出現させた。細剣を撃ちながらドラゴンに近づいていく。細剣を6本すべて叩きこむ。


 ドラゴンはよろよろと後ろに下がり、壁にぶつかってずり落ちていった。血で壁に太い線が描かれる。ラスティは剣を浮遊させながらそれを見下ろしていた。


「なんなんだお前は!? 一体何者なんだ!?」

「慈善活動国家アーキバスのラスティ・ヴェスパーだ。よろしく」

「ふっ……だが、無意味だ。お前たちがここで何をしようと何の意味もない。私の死すら……」

「もう死ぬつもりかい? まだやれるだろう。動いてもらえると嬉しいが」


 ラスティはナイフを手にドラゴンの首を掴んで引き寄せた。そして後頭部にナイフを刺し入れ、頭蓋骨を叩き割ろうと何度も力を込めて刃をぶつけた。


「な、何をやってるの?」


 エクシアが震える声で言う。

 エクシアは茫然とラスティの作業を眺めていた。彼は表情一つ変えずナイフをゴリゴリと動かして、皮膚ごと頭蓋骨を切り出し、後頭部に開いた穴に手を突っ込んだ。

 ラスティは踏ん張ると一気に何かを引きずり出した。血まみれの手にはドラゴンの魔石が握られていた。彼は誇らしげにそれを見つめる。



「これは利用価値があるんじゃないか? アーキバスの研究開発部門が喜ぶ」

「…………」


 絶句。

 猟奇的過ぎる。まるでインディアンの倒した敵の頭の皮を剥ぎ取って戦利品として持ち帰る文化だ。

 エクシアは答えなかった。


 その後、ラスティは吹き飛ばされた人たちのもとに行った。まだみんな生きていてピクピクと震えている。上半身だけになっている者もおり、とめどなく血が溢れていた。


 その時、司令センターのドアが開いてぞろぞろとアーキバスのエミーリアとメーテルリンクとブレイヴが入って来た。


「何故ここに……?」

「エミーリアさんがシャルトルーズさんを連れて撤退してきたので、シャルトルーズさんは上は任せて援軍に来ました。」

「勝手な真似を……まぁ、いいわ」


 頭に両手を当てて降伏している人たちが五人。魔法を突き付けられて歩かされていた。脚を引きずっている者もいる。

 エクシアは言う。


「壁際に並べなさい」


 ドラゴンの死体がある壁際に追い立てる。床でうごめいている者たちも引きずられていった。ラスティは上半身しかない者を見下ろしていた。


「彼女は?」

「そうね……殺していいわ。どうせ全員殺すのだし」


 エクシアは少しだけ迷うと小声でそう言った。


「た、助けて、ラスティさん……まだ死にたくない……味方に殺されて死ぬなんて嫌……お願い、家に返して……私は敵じゃない……」

「……残念だ。さようなら」


 ラスティは少女の背中を踏みつけ、赤い剣を浮遊させる。彼は確かめるように三本撃ち込んだ。


 頭が弾け、血が飛んでブレイヴの顔に付着する。ブレイヴは目の前の光景が信じられず数秒固まってから慌てて血を拭った。


「なんで、なんでこんなことをするんですか!? ひどすぎる。彼女たちの意志じゃないことは明白だったのに。どうして!」


 固まっていたブレイヴはエクシアのもとに走り寄って行った。


「どういうことですか! 彼女たちはなんなんですか! どうして殺すの!! 一体何が起きてるか説明を!」



 ブレイヴがエクシアに食ってかかる。


「そんなぁ……どうして……」

「よせ、殺すな! 私たちは敵じゃない! 降伏した! 操られていただけなんだ!」


 仲間の亡骸を見てすすり泣き、両手を挙げた少女が叫ぶ。エクシアは彼女たちを顎で指し示すと冷静に言った。


「彼女たちは神聖防衛王国のスパイよ。無自覚な、ね」

「無自覚なスパイ?」

「最近のアーキバスと封鎖機構は、神聖防衛王国に敗北続きで、これは情報漏れによるもの」


 なるほど、とラスティは納得する。


「やけに失敗の補填をする依頼が多いとは思っていたが、そういう経緯か」

「通信の周波数が漏れ、基地の位置もバレていた。次に魔導ゴーレム生産工場、ここでもジャミングを食らった。防衛拠点もすべて把握されていた。その後、前線後方の街にも浸透された」

「そんな深刻だったのか」

「アーキバスの防衛体制は骨抜きにされていた。明らかに敵勢力に味方する内通者がいるのは明確。けど統括部門と情報部門も手をこまねいていたわけじゃない」


 エクシアは指で少女達を指差す、


「部隊をいくつかのグループに分け、それぞれ微妙に異なった情報を開示してどれが漏れるか監視し、疑わしい者達を見つけた。疑わしい者の共通点は、一時的に行方不明になっていること」

「…………」

「神聖防衛王国や、このロストフィールドから遠征に来る戦力に敗北し、捕縛され、改造されて元通りの状態で帰還させられたという仮説を立てた」

「一つ疑問なんですが」


 メーテルリンクが手を挙げる。


「このことを広く知られてしまえば内部での不和を招くのは予測できます。しかしこのまま人的資源を使い潰すような真似も、説明しなければ不和を招きます。どうする予定なんですか?」

「改造された無自覚なスパイを、もとに戻す方法を研究しているわ。ラスティに頼めば可能かもしれないけど、体系化されていない技術は一時凌ぎでしかない。だから技術が確立されるまで時間を稼ぐ必要があった」

「なるほど。だったら、ここにいる面子は助けても良いのでは?」

「不公平でしょう。組織を透明化するためにある程度は作戦の内容を公開している。勿論、漏洩しないように『魔法:沈黙の禁則』で工夫はしているけど、今回の無自覚なスパイのように絶対ではない。それが彼女達だけ助けました、ってわかったら、なんだよそれって飲み込めない人達は出てくるわ」


 メーテルリンクは頷く。


「その意見に賛同します。今回の最深度地下施設カーパルス侵攻作戦は、スパイ対策だということはわかりました。しかし全員炙り出せたわけじゃない。それについての対策は?」

「言ったでしょう、時間稼ぎって。それにカーパルス侵攻が成功すれば、新しい発展があるかもしれない。そのために、捕虜を使ってアーキバスと封鎖機構の戦力消費をできる限り減らしたの」

「なるほど、理解して、納得しました。私からはなにもないです」


 エミーリアはブレイヴに向けて言う。


「今回の作戦の目的はスパイ増員を阻止する目的もあった。捕獲された人間は、この最深度地下施設カーパルスで改造が行わるらしいわ。私たち仲間を救出しに来るという偽の情報を流し、作戦を開始した。やつらは見事に引っかかってくれたわ。私たちが発砲をためらうと思って部隊の中のスパイを離反させてカーパルス防衛の増援に向かわせた。予めつけておいた発信機で最深度地下施設カーパルスの位置を特定できた。一石二鳥の作戦ね」

「でも……でも殺すことありません! 彼女たちは操られているだけです! 治療してあげればいい! 彼女たちは被害者ですよ!?」


 ブレイヴの叫びが部屋に響き渡る。目の前で自分たちを殺すか殺さないかを議論されている少女たちは震えながらブレイヴのことを見守っていた。


「そうかもね。でも、これは一種の見せしめなのよ。アーキバスはこの手は通じないと内外に示す。そして綱紀粛正のため。そういう作戦なの」

「捕まるくらいなら自決しろ、というわけですね……悲しいですが、仕方ないのかもしれません」


 エミーリアは拘束魔法を発動した。壁に並べられた人たちを逃げないようにする気だ。彼女達はそれを悟り、泣きわめきながら命乞いを始めた。ラスティも、メーテルリンクも、エクシアも、エミーリアも表情を変えることはない。


「ねえ! 私たちを助けて! こんなところで死にたくない!お願いだから! 家族のところに帰らせて! 私たちは敵じゃないんだよ!」


 今にも攻撃しそうなブレイヴを、エミーリアが後ろから羽交い絞めにした。彼女は全力で抵抗してエミーリアの拘束を逃れようとした。


「何するんですか! 助けないと! こんなこと絶対に許されるわけない! 無抵抗の相手を、それも同じアーキバスの仲間を殺すなんて! これは虐殺よ! 絶対、絶対許されない!」

「そうね、私もそう思うわ。悪いのは神聖防衛王国よ。私達は常に虐げられている立場にある。仲間同士で殺し合いをすることになるのも全部、周囲の環境の圧力のせい」

「そんな都合の良い話があるとでも!?」


 ブレイヴの力がより一層強くなる。エミーリアは全身でしがみついて彼女を止めた。



「離して! 離してください! このまま見捨てることなんて!」

「離さない! 見捨てなさい! 私たちに出来ることはないのです!」



 ブレイヴが肘でエミーリアを殴打する。それでもエミーリアは彼女を離さなかった。守れるものには限りがある。すべて守ることは出来ない。

 一人が守れるものはこの両腕に収まる範囲のものだけだ。


「執行」


 鋭い悲鳴によって、二人の声はかき消された。魔法が発動して耳をつんざく咆哮が部屋に満ちる。

 魔法の発動する際の魔力が輝いていた。


 ラスティ、メーテルリンク、エクシアがそれぞれの武器で少女達を殺していく。至近距離での破壊の嵐が、弱い肉体を襲った。

 完全に死亡するまで彼女たちは激しく痙攣する。次々に赤い血溜まりが地面に広がり、身体が張り裂け、腕が飛び、頭が割れる。彼女たちから人の形が失われるまで攻撃は止まなかった。斬撃や魔法が壁を抉り取り、ペンキをぶちまけたような紅が咲いた。


「……ふぅ、人間というのは意外と堅いものですね」


 メーテルリンクが髪を触りながら呟いた。

 死。部屋に満ちる死の臭いに飲み込まれる。ブレイヴから力が抜けてするりとエミーリアの腕からこぼれ落ちた。


「なんで……どうして……こんなこと……守れなかった……どうして……」


 床に力なく座りながらエミーリアは泣いていた。ラスティの側に、エクシアが近寄ってくる。張り付けたような無表情だった。


「これよりメインフレームに接続し、データを奪取するわ。メーテルリンクは、エミーリアとブレイヴを引き連れて周囲の警戒」

「大丈夫だろうか?」


 ラスティはエクシアに問いかける。


「大丈夫よ。計画は順調。想定外にもある程度は対処できる戦力は揃っている」

「そうではなくて……君の話だ、エクシア」


 その言葉に、エクシアは唇を噛む。そして拳を握りしめて、ゆっくりと緩める。目には涙があるように見える。

 エクシアは手で目元を隠す。そしてぎこちない笑顔を見せた。


「私も大丈夫。だって強いから。それに彼女たちはすぐに復元される。記憶は引き継がれないでしょうけど。死んでも復元すれば元通り。何も変わらないわ。ええ、そうよ。何でもないこと」



 彼女はラスティの肩を叩く。その背中を見て、ラスティは笑みを深くする。


「記憶の引き継ぎに、復元……愉快な事を考えているようだ。楽しみだ」

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