第52話:ロストフィールド侵攻③


 最深度地下施設カーパルスをの内部は無機質で人間味を感じられないデザインをしていた。灰色の壁で構成された迷路のようで直角の曲がり角ばかりだ。丸みを帯びたものなど存在しないように見える。赤い薄明かりがぼんやりと内部の輪郭を映し出す。人間がいれば潜水艦の中にいるような錯覚を覚えるだろう。

 ドラゴンの奇襲を警戒しながら、内部へ足を踏み入れた。


「まずは施設のシステムに侵入できる操作パネルを探す。乗っ取れるかもしれない」

「でもシャルトルーズは撤退させてしまったわ」

「シャルトルーズがここの扉を開ける時に使用したやつは既にコピーした。私ができる」

「いつの間に。ドラゴンの奇襲でシャルトルーズが撤退するのは織り込み済み?」

「いや、想定はしていなかった。しかし私は基本的に、メインとは別にサブプランを走らせるのはよくあることだ。行こう」


 手近な操作パネルを見つけて接続を開始した。現代と古代の技術体系はまったく異なる。現代の普通の人間には古代のシステムへの侵入能力などない。だが、エクシアは特に気にしなかった。

 現実改変者なんてぶっ飛んだものに、自分の認識を当てはめるのは愚かだと思っていたからだ。


「侵入した。いつも通りウイルスだらけか。こちらの精神を書き換えたり、脳を焼き切ったりしてくるようなトラップばかりで愉快だな」

「ラスティ、手早く」

「もう終わった。施設の監視カメラを覗き見れる。私達も敵に見られてる」

「壊しておく?」

「いいや。まだ使える。敵は神聖防衛王国の部隊も排除するために向こうに主力を差し向けてるようだ。攻めているのがアーキバスと神聖防衛王国。防衛が古代の防衛勢力の三つ巴だ。こちらにも敵が来る」

「舐められたものね、叩き潰す。敵の本拠地はどこ?」

「司令センターだ。適宜案内する」


 ラスティはパネルから離れて赤い剣を構えた。剣を浮遊させながら早足で前進する。走り込んでくる足音が聞こえた。曲がり角から悪魔が姿を現わす。それと同時に赤い血が壁に飛び散る。悪魔は頭を剣に撃ち抜かれて勢いよく床に這いずった。二体目は照準を合わせずに剣撃しながら角を飛び出した。それも額に剣が突き刺されて一瞬で絶命した。


 ラスティは死体の胸に確かめるように剣を撃ち込むと無造作にまたいで前進した。


 ラスティの胸には怒りも憎しみも恐怖もなく、無感情な冷徹さだけがあった。ひとたび戦闘に入ればそれは揺るぎない。彼は感情を切り離して戦闘機械に徹する能力があった。


 次の曲がり角に到着した時、敵の足音を感じ取った。ラスティは壁に張り付いて角の際で待機する。敵は角の向こうをゆっくり歩いていた。敵は警戒するようにそっと角から身を出す。


 その瞬間、ラスティは思いっきりそれを蹴飛ばした。敵はバランスを崩して地面に転がる。エクシアは転がる悪魔の脳天に剣を突き立てようとしたが、敵はすぐさま掴みかかった。


 剣を掴み、エクシアの胸に剣を押し付ける。ラスティは悪魔の首筋に自分の手を添えて、そのまま切断した。


「防衛戦力も私達のことが気になりだしたみたいだ。左の角から五体来る。用意を」

「了解」


 ラスティの声を聞いてエクシアすぐに魔法を準備したを。耳を澄ませて敵の足が床を打つ音を聞く。

 シミュレートした最適距離まで敵が来ると魔法を展開する。


「魔法発動、マジカルフレイム」


 壁に当たった炎は敵の一団に広がり、爆散した。炎片は四肢を引き裂き、身体を貫いた。エクシアとラスティは燃えてで横たわる悪魔たちの頭を流れ作業のように撃ち抜くと一瞥もせずに先に進んだ。


 入り組んだ通路を越えてラスティ達は居住区画と書かれた場所に場所に出た。今までより多少広々としているが廊下は相変わらず無機質だった。


「我々は大人気なようだ。防衛戦力の主力が引き返してくる。大集団、挟み撃ちにして殺すつもりみたいだ」

「何をすれば良い?」

「彼らは監視カメラを頼りに私達の位置を把握してる。映像に細工するわ。偽の私達を追い詰めたと思ったところを潰す。名案だろう? 場所は……そうだな。食堂だ」

「分かった。すぐに準備するわ」


 物々しい自動ドアを越え、ラスティ達は食堂に入った。開けた空間に飾り気のないテーブルとイスが並んでいた。

 エクシアはカウンターを飛び越えてキッチンに走った。使われなくなって久しいのか埃被った調理器具が並んでいる。

 エクシアが確認したのはガスキャビネット、一度に大量の料理を作るために多くのコンロが設置されている。つまみを捻ると火がついた。まだガスが供給されている。ラスティはほくそ笑むとキャビネットをこじ開けて、ガス供給管を怪力で引きちぎった。


「ラスティ、ガスの供給量を操作できる? ここに充満させたいの」

「いい案だ。私が囮になろう」

 

 パイプからガスが漏れる音が聞こえ始めた。シューシューと音が次第に強くなる。エクシアはその場を離れ、近くの部屋に入った。

 ラスティは堂々と、部屋の中央に座る。


 仮眠室と素っ気なく書かれたその部屋は広く、何十ものベッドが並べられていた。魔法通信で回線を開く。


「声は?」

『聞こえるわ』

「よし、爆発が終わるまで出てくるなよ」

『了解』


 ラスティは悪魔達がゾロボロと食堂に入ってきたのを見計らって、指を鳴らした。

 最深度地下施設カーパルス全体を揺るがす地響きがした。炎が噴流となってドアをぶち破る。

 熱風と風圧にエクシアも思わず顔を腕で覆った。噴き出した炎によって廊下の温度は急上昇し、オーブンの中にいるようだった。

 エクシアはラスティのことが心配となり顔を歪める。爆炎が躍っていたのはほんの数秒で、失った空気を取り戻すように食堂に向けて吹き返しの風が吹く。

 エクシアの髪が吸い寄せられるようにたなびいた。


 火災報知器のサイレンが鳴り響き、スプリンクラーが水を噴射し始めた。ずぶ濡れになって顔に髪を張り付かせたエクシアが食堂の中に入る。


 中には、無傷のラスティが水避けのバリアを展開しながら歩いてきていた。黒焦げになった鉄血人形の悪魔がそこら中に散らばっていた。水を浴びてブスブスと黒い煙を上げる。遮蔽物に身を隠すか、仲間の悪魔を盾にした何人かはまだビクビクと震えていた。

 ラスティとエクシアは一体一体頭に剣を叩きこんで処理する。最後の一体に差し掛かろうとした時、手を止めた。


「これ……アーキバスの軍事部門の紋章」

「うん?」


 丸焦げの死体の下からその人形が引きずり出される。かろうじて爆炎の直撃を避けられたのか焼け死んではいない。服は黒焦げ、皮膚は火傷まみれで痛々しい。


「治してみようか。本人に聞けば謎も分かる。起きて」


 ラスティは手で軽く叩く。無傷に治った少女はかっと目を見開く。焼け焦げた部屋とエクシアの姿を見て、何かを察したかのように騒ぐ。


「げほっ! げほっ……! お願い、殺さないで……違うんです、私はアーキバスの敵じゃない……」

「ならば、何故、悪魔と一緒に?」



 エクシアがさらに剣を突き付けると少女は首をぶんぶん振って泣きそうになりながら叫んだ。


「違うんです! 私は裏切ってなんかない! みんなを殺したくもなかった! でも……でも、逆らえないの……奴らに何かされたんです。私のせいじゃない……絶対何かされたんです、絶対そうだ……命令が送られてくると実行してしまうんです、私の意志に反して。だから、ビーコンを起動してしまったんです。基地の場所を敵に教えてしまった……それでみんな死んじゃった……私のせいで……」


 急に泣き出した少女を前にラスティは訳が分からず眉をひそめた。エクシアは呟く。


「やはり情報は正しかった。この子は『大混乱』の生き残りね」

「『大混乱』……あの思考誘導といった奇妙な事件が集中した?」

「大混乱では、思考誘導や奇妙な事件が多発した。その原因とされるのはおおよそ三つ。陰謀、事故、自然災害。どれもある程度の納得はいくし、そうとしか考えられないことも多くある。分かってきたわ。捕虜の陽動部隊に撤退を許さず、背後から撃つ理由が正しいと証明した」

「それで、アーキバスとしてはどうするべきだと考えている? 統括部門としての判断を聞こうか」

「殺すべきね。これは外に漏らして良い情報ではない。内部粛清をしなければ危険よ。ラスティ……貴方は彼女を直せる?」

「詳しい情報がないと厳しい」

「なら殺しましょう。彼女に時間はかけられない。後々、どうにかする予定だけど」

「協力するよ、じゃあ、死のうか」


 ラスティが剣を握る。アーキバスの少女は顔を青くして必死に懇願する。


「やめてください! 私は裏切ってません!敵じゃないんです! 誰かに操られていただけで……! アーキバスで治療してもらえばきっと治るはずなんです!だから殺さないで────」


 


 命乞いを最後まで聞く意味がないことに気づき、首を刎ねた。頭と胴が分かれた少女はぐったりとして動かなくなった。血が染み渡る。スプリンクラーの水が、血だまりを薄めて広げていった。

 ラスティ達は食堂を出た。


「もうすぐドラゴンが来る……リベンジだ」


 ラスティがトーンを変えてそう言った。いつものニヤついた顔ではなく、真剣な表情をしていた。


「ドラゴンの脅威は機動力。普通にやったらまず攻撃は当たらない。エクシア、君は隠れていてくれ」


 ラスティの声を聞きながらエクシアは魔法を仕込み、戦闘準備を進めていた。スプリンクラーは相変わらず水を噴射し続けており、廊下は濃霧に包まれているようだった。


「クソ人間がぶっ殺してやる!!」


 ドラゴンが声と共に角から姿を現わした。ラスティは言い終わらない内に剣を放った。ドラゴンはわずかに身体を反らして回避する。力を誇示するように一歩一歩ゆっくりとラスティに近づく。ラスティが狙いを変えて小刻みにバースト投擲をすると最小の動きで剣を避ける。


 ラスティは舌打ちし、フルオートで剣を薙ぎ払うようにばら撒いた。ドラゴンは地面を背に飛び上がり、弾丸の一閃をかわす。飛びながらドラゴンはラスティに対して口を開いた。その弾道を予測したラスティは横に転がってすんでのところで逃れる。


 剣の投擲が意味をなさないことをすぐに悟ったラスティはドラゴンの真下に向けて爆発大剣を発射、ドラゴンはバク宙して引き下がり飛び散る破片を避ける。ラスティはドラゴンに背中を向けて全力で後退、先ほどエクシアが隠れていた仮眠室に飛び込んだ。


「逃げてないわよ。ハンターはこっちの銃口を見て回避行動を取ってる。私と同じ。運動性能が少し高いだけで、攻撃より早く動けるわけじゃない。ならやりようはある」



 仮眠室の中はスプリンクラーが起動しておらず乾いたままだった。縦横に白いベッドが敷き詰められている。


 ラスティ部屋の中心にあるベッドを目指した。ぐっしょり濡れた靴がコンクリート製の床に足跡を残す。跡を残さないように一瞬でベッドの下にもぐる。


 止め足は野生動物の技術で、追跡された動物が自分の足跡を踏みながら後退し、足跡のつかない藪などに跳躍して別方向に逃げることだ。追っ手は足跡が突然消えたように錯覚する。ラスティは意図は自分の位置をハンターに誤認させることだった。足跡から二つ先のベッドに隠れているとラスティは思い込むはずだ。


「臭うぞ、臆病者の臭いだ。かくれんぼのつもりか、情けない奴め。出てこい」


 ドラゴンがドアを吹き飛ばして部屋に入ってくる。ひたりひたりとラスティの足跡を辿っていた。ラスティは息を潜め、近づいてくるドラゴンを待った。

 ドラゴンは足跡の途絶えた場所を見ると失笑し、歩きながらそのベットを炎弾を放った。何発か撃ち込まれて煙を上げるベットに死体を確認するため近づいていく。すでに獲物を仕留めたと思ったのか油断し切っていた。周囲を警戒していない。


 ついにラスティの横に通りかかる。ラスティはその足首に狙いをつけて撃ち砕いた。片足首を失ったドラゴンはガクンとのけ反る。反応される前にラスティはベッドを持ち上げてドラゴンに叩きつけた。ドラゴンはとっさに両手でベッドを受け止める。


 ラスティは無防備なドラゴンに対して剣を叩き込む。、剣は易々とベッドを貫く。予想外の反撃にドラゴンはベッドを捨てて飛び退いた。片脚では上手く飛べないのか転がり込むような形でドアに向かっていく。


 ラスティは続けざまにナイフを放つ。ドラゴンの背中や腕に何発も着弾した。ドラゴンはそれでも俊敏に動き、ドアを抜けて廊下に出た。


 視界から消えそうになったドラゴンに対してラスティは爆発大剣を発射、爆風がドラゴンを包んで見えなくなった。

 慎重にドラゴン血痕を辿る。ベッドを貫いたナイフはしっかり命中していたようで飛び散った血が他のベッドも汚していた。廊下にはドラゴンの左腕が千切れて転がっていた。追跡するラスティの行く手を阻んだのは防火扉だった。自動で廊下を封鎖し出している。


「逃がしたか。この扉は……流石に壊すの勿体ないか。エクシア。一度合流しよう。やつは絶対に仕留める。ドラゴンも私の敵じゃない。大物狩りだ」


 ラスティは胸をワクワクさせてニヤリと口角を上げた。

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