第51話:ロストフィールド侵攻②

 ブリーフィングから三時間後、メーテルリンク率いるアーキバス軍事部門は路上にいた。すでに廃墟と化した街の中に展開している。遠くから陽動部隊と神聖防衛王国の激しい戦闘音がこだましていた。だが、メーテルリンク達は、それに加勢することもなく、ただそこにいた。


 ブレイヴは落ち着かない様子で武器を触っていた。今回のために装備を整えてきたのにそれが無駄に終わらないか心配だった。装備はピカピカに磨き上げられており、傷一つない。重要な部品はすべて新品に替えてある。ほとんど新しい装備と言ってもいい。

 ゴーレムギアの魔力電池も交換済み。追加装甲と追加弾薬も装着してある。太ももに吊るしたホルスターには予備のゴーレムギアが差してある。普段は使わない魔法補助デバイスも持ってきた。かなりの重装備だ。


 にもかかわらず、何事もなく任務が終わってしまいそうでブレイヴは焦っていた。そんな様子のブレイヴをメーテルリンクが笑った。


「良いじゃないですか。何もせず報酬がもらえると思えば。たまには平和もいいことですよ」

「まだ何も言ってませんが! 皆さんが戦っているのに私だけ呑気に構えているのは性に合いません!」 

「こういう大規模な作戦は余裕が大切だと思います。仲間を信じて、戦友を信じて、自分の仕事をしっかりと行う。兵士が勝手に動いては成立する作戦も失敗しますよ」

「うぅ、そうですね。ブレイヴ、待ちます!」

「ほら、やっと仕事です。レーダーに反応がある。誰か前線からやって来ってきますよ」


 魔導兵装ゴーレムギアに搭載された対人レーダーの警告に従って、メーテルリンク達は臨戦態勢を取る。

 ブレイヴが目を凝らすと前線から防衛ラインを越えようとする人影が道のずっと遠くに見えた。それに照準を合わせ、メーテルリンクの指示を待った。



 人影は徐々にはっきりとした姿で見えてきた。どうやら一人ではないらしい。ぐったりとして動かない金髪の男を両手で抱えている。両者とも傷だらけで前線で戦っていた人間たちであることは明らかだった。


 視覚スキャンで陽動部隊の人間リストに照合するとアーキバスから与えられたNo.が表示される。

 メーテルリンクが傍らに置いていた拡声器の電源をつける。



「そこの兵士に告げます。あなたたちは設定された戦闘区域を離れようとしています。撤退は認められません。前線に戻り、攻撃を続けてください。これ以上の後退は逃亡と見なします。逃亡者は殺害します。戦闘に戻ってください」


 メーテルリンクの鋭い声が辺りに響いた。冷たい響き。言われる方はたまったものではない。


「ふざけやがって! せめて負傷者だけでも後送させろ! どうしてそれすら許されないんだ!」

「異議申し立ては却下します。作戦を立案したのは私じゃないしですし。引き返してください。ここが最後の地点です。脅しじゃなくて本当に攻撃します」

「どうしてこんなことをする! この作戦はおかしいぞ! あいつらもおかしくなるし、撤退すら認められない! こんなこと許されるはずがない! 非人道的な行為だ!」

「大人しく前線に戻ってください。選択肢は二つだけ。ここで私たちに殺されるか、戦場で死ぬか。人間なら戦場で死ね」


 メーテルリンクが冷たくあしらっても、兵士の歩みは止まらなかった。段々とメーテルリンク達に近づいてくる。

 メーテルリンクは拡声器を下ろし、舌打ちをした。


「聞き分けの悪い奴ね。仕方ありません、追い返します。右のヤツはまだ戦えそうだけど、左のヤツはもう無理でしょう。ブレイヴ、攻撃してください。こちらが本気だと示します」

「了解!」


 ブレイヴは視界に捉えて、単発の魔力弾を発射した。カシュン、とスプレー缶に穴をあけたような発砲音が響く。魔力弾はきれいに側頭部に着弾し、小さな血しぶきをあげた。辺りはしんと静まり返り、しばらく何の音もしなかった。

 神聖防衛帝国の捕虜の絶叫が静寂を引き裂いた。


「なぜ……! なぜだ! なんで平気な顔で人間を殺せるんだ! ふざけるな! 私たちは物じゃないんだぞ! 同じ人間同士だろう! 命を何だと思ってやがる!」


 ブレイヴは警告として兵士の足元に魔力弾を撃ち込む。

 兵士はやがて諦めたのか前線の方に引き返していった。


「神聖防衛王国の人間を殺してどうですか? 罪悪感とかありますか? 同情しました?」


 メーテルリンクがブレイヴの横に並び、そう聞いた。


「ありません! 私と彼らの間にあるのは完全なる上下関係です! 我々は彼らに対して絶対的な優越権があります!」

「ふふっ、いい台詞ですね。とてもアーキバスらしい」

「それよりメーテルリンクさん。疑問があります。アーキバス統括部門はどういうつもりなのでしょうか? なんで自軍の戦力の撤退も許さないのでしょうか? その上、私たちに射殺させるなんて。なんでわざわざアーキバス軍事部門を督戦隊に雇うのか。訳が分かりません!」


 メーテルリンクは首を横に振った。それから顎に手を当てて考え込む。


「アーキバスの統括部門は、王国の人間のことなんてどうとも思ってないでしょうけど、戦力を無駄にすり減らすようなことはしない。もっと狡猾。敵を引き付けるために死ぬ気で戦えってことかしら。それなら私たちも攻撃に参加させる。あの捕虜たちをモンスターや王国に始末させることこそが目的なのか」


 トントン、とメーテルリンクは指の腹を叩く。


「あの捕虜兵士は仲間がおかしくなったとか言っていましたね。捕まっても何の情報も与えられないようにしているのかしら。まあよく分からない。地下路線に居るお兄様達が本命なのは間違いない。そしてカーパルスとかいうところに用がある。ふうん、少し気になりますね。何にせよ、警戒しておきましょう」



 ラスティ達は長い間ずっと地下路線のホームにいた。作戦目標の特定が終わらず立ち往生を喰らう羽目になっていた。


「ラスティさん、知っていますか?」

「何をだい?」

「このロストフィールドへの安全な道を確保するのに2人、設営した調査拠点に対する神聖防衛王国からの攻撃で10人以上亡くなったんです。意識不明者もまだ起きてない」

「着実に被害は積み重なっているわけか」

「今回で敗北に終止符を打ち、敵勢力への優位性を確立する……そのためにも負けられない戦いなんです」

「なるほど」


 祈るように手を握りながら呟くエミーリアに、キャンディを差し出す。


「そんなに気負わないでほしい。大丈夫。私がいる限りアーキバスは強くなる。少しづつだが確実に脆弱性は改善され、組織としてより強固になっていく」

「ありがとう」


 エミーリアはキャンディを受け取る。


「目標地点の特定は終わったわ」


 エクシアが号令をかけるとパッと立ち上がり、路線に飛び降りた。ラスティもそれに続く。エクシアを先頭に、ラスティ、シャルトルーズ、エミーリアが肩が触れ合う距離で並ぶ。


 暗視ゴーグルを装着する。広い視界を確保するために四つ目の非人間的デザインをしている。照準を用意するため視線誘導型の魔法モジュールが搭載されていた。


「死にたくなければちゃんとついてきなさい」


 エクシアがそう言い、駆け足で前進を始めた。歩幅を合わせて進む。緑色の視界の中に仲間がはっきりと見える。ゴーグルがわずかな光源を何百倍にも増幅してくれる。真っ暗闇のトンネルが鮮やかに見えた。これなら怖くない。ただ、このトンネルの一本道で戦闘になるというのはあまり考えたくない。逃げ隠れる場所がない。攻撃に晒されながらの正面突破は危険だ。


「楽しいな」


 入り組んだ地下トンネルを進み続ける。いくつもの分岐を越え、地下迷宮の奥深くへ進んで行く。進むにつれて段々と道幅が狭くなり、天井も近くなっていく。

 ここは正規の路線ではない。データの中にある路線図と照らし合わせると分かった。過去の秘密施設だったという最深度地下施設カーパルス、それは核シェルターとしても利用できる地下トンネルの中に隠されていたのだ。


 一体どうやって侵入ルートを特定したのだろうか。誰が偵察に出たのだろうか。エクシアは秘密主義なのかブリーフィングでは多くを語らなかった。

 知る必要がないということだ。


 さらに分岐を越え、真っすぐに伸びるトンネルに入った。その先で微かに明かりが見えた。エクシアが手を挙げて部隊を停止させる。


「敵よ。あの先が目的地。攻撃陣形、突破する」


 エクシアが腕に装着した耐弾装甲を前方に展開する。魔装ゴーレムギアの腰に搭載された同様のシステムも駆動音をあげて展開した。


 彼女たちは普通の人形には搭載されていない装甲ユニットを装備している。中程度なら弾き返す。

 先頭に立つ彼女の役割はラスティの盾になること。さながら歩兵を守る戦車だ。と言っても火砲は搭載していないし、ラージ級のモンスターに比べると大分見劣りする。

 後衛の代わりに集中攻撃を受け止めるのだ、文句は言えない。


 シールドからはみ出さないように互いの間隔を狭める。身をかがめて歩調を合わせる。前方にバリケードが見えた。トンネルの下半分を埋めるように廃材が積み上げられている。


 急にトンネルの先で光が弾けた。緑に輝く魔力弾の束が闇を裂く。化け物の唸り声のような音がトンネルにこだました。


 神聖防衛王国の魔導師だ。バリケードの上から撃ってきている。甲高い音を立てながら跳弾した魔力弾がそこら中を跳ね回り、爆発する。シールドを掠めた弾丸がラスティの横を通り過ぎ、風圧で髪が揺れる。


 魔導師の周辺から放たれる魔力弾の量は普通のデバイスの比ではない。三本のデバイスがぐるぐる回転しながら私たちに向けて魔力の嵐を吐き出す。


 前衛の防御は大丈夫かと、シールドがバチバチと火花をあげるのを見てエミーリアは不安になった。あれが貫かれたら蜂の巣だ。原型も残らないほどズタズタにされてしまう。


「ラスティ、バリケードの破壊をお願い」

「了解した」


 エクシアの指示で隊列は一旦停止し、ラスティの指先に赤い剣が出現する。それは真っ直ぐシールドを飛び越えると、数瞬後、まばゆい閃光と共にバリケードが吹き飛んだ。


 逃げ場のない爆音が反響して耳が潰れそうになる。その瞬間だけは銃撃が止んだ。だが、すぐに再開した。崩れたバリケードの後ろから神聖防衛王国のデバイスを持った兵士達が姿を表す。


「シャルトルーズ、制圧攻撃」


 エクシアの鋭い声と同時にシールドの後ろから飛び出した。そしてすぐさま射撃を開始した。今度はこちらから魔力弾の束が飛ぶ。間断ない支援射撃の下、縦隊も敵陣ににじり寄る。


「敵目標の優先順位をマーク。ラスティ、お願い」


 ラスティの手から複数の赤い剣が呼び出され、次々と刺し貫いて行った。敵は機関銃の制圧射撃で怯んでいた。十字砲火の中にいる敵は動作が鈍いし狙いも甘い。反撃は明後日の方角に飛んでいくかシールドに弾き返されていた。マークされた目標に次々と高い剣を叩き込まれる。


「陣形変更、くさび形陣形に。フォーメーション!」


 敵の火力が弱まったと判断したエクシアが陣形を変えるよう言う。ラスティは盾の後ろから飛び出し、エクシアを頂点とする三角の陣形を作る。狭いトンネル内では横隊を組むことは出来ないが、縦に伸びた三角形をとることで全員が火力を前方に投射できる。

 ラスティはゆっくり歩きながら残敵を掃討した。



 ラスティ達は金属製の大きなゲートの前に到着した。ラスティは、視界に捉えたまだ息のある神聖防衛王国の魔導師達の首を跳ね飛ばすと、合流する。


「シャルトルーズ、ゲートを開けて。この先が最深度地下施設カーパルスよ」


 エクシアがゲート近くの操作盤を指差してシャルトルーズにそう言った。彼女なら古代規格の機器を操作できる。


 ゲート上の赤い回転灯が灯り、地響きを立てながら鋼鉄の扉がゆっくりと左右に開きだす。陣形を崩していた私たちは思い思いの場所で構えていた。


 徐々に開いていくゲートの中心に影が見えた。赤い鱗に、鋭い牙。力強い肉体と爪。脈動する翼。


「ドラゴン……!?」


 

 全員が一斉に攻撃を開始した。

 魔力光がトンネルを照らす。ドラゴンはそれよりも先に地面を蹴って跳躍した。天井まで達すると身体を翻して天井を蹴って跳ね返った。そして私たちの中に割って入るとエミーリアの隣に着地した。目にもとまらぬ早業で誰も照準が追い付いていない。


 ドラゴンの姿を完全にロストし、距離をとって捉えなおした時にはドラゴンは竜撃砲を放っていた。


 ドラゴンの口元から緑色の光が流れ出る。シャルトルーズはとっさに魔力シールドをそちらに向けて防御しようとした。だが、緑に光る線がシールドも容易く貫ぬき、エミーリアの左腕がこそぎ取られていた。


「切り裂く!」


 エミーリアの近くにいたラスティが叫びながら斬撃を投射する。他の面々もドラゴンに照準を合わせているが撃てなかった。懐に飛び込まれたことで射線に味方が被る。


 エクシアが素早く互いの射界を計算し、射線上に味方のいないラスティに攻撃指示を出したのだ。ドラゴンはほんの少し身体を反らしただけで全斬撃回避し、ラスティに顎を向けた。

 緑の炎がラスティの右腕を指と手首ごと溶かした。更にドラゴンの眼球からビームが放たれて、シャルトルーズの腹部を撃ち抜いた。



 その間に散開し、ドラゴンへの射撃を再開した。ドラゴン横っ飛びでそれを回避するとゲートへ向かって突っ走った。早すぎて視界に収められない。次の瞬間にはもうドラゴンはゲートを飛び越え、闇の中に消えていた。


「中に入ってこい、アーキバスのゴミ共。地獄を見せてやる」


 ドラゴンの声が響き渡る。闇の中からこだましたその声はまさに地獄からの呼び声のようだった。

 エクシアは戦慄していた。


(私たちの攻撃が掠りもしなかった)


 あんなのと戦うのか、無理だ。違いすぎる、ポテンシャルが違いすぎる。なんて火力と速度。まさかあのドラゴンは物理法則を変えられるのけ?そうだったら私たちに勝ち目なんてない。あれを深追いするのは自殺行為だ。殺されてしまう。逃げないと。



「……がはっ、ごほっ。し、死ぬ……いや」


 仰向けに倒れたエミーリアが悲鳴を上げていた。彼女の傷を見て血の気が引いた。皮膚と内蔵が熱線に溶かされてとろみのついたスープのようになっている。露出した骨格に皮膚が焦げ付いて凄惨極まる。彼女は傷口を抑えた手のひらに自分の溶けた皮膚がへばりついているのを見てパニックになっていた。

 ラスティは彼女にスタスタと近づくとトンネルに響く勢いで平手打ちを食らわせた。



「慌てる必要はない。人間はその程度では死なない。応急処置はしておいた。シャルトルーズ、エミーリアを連れて戻ってほしい」

「こ、肯定。了解」



 シャルトルーズも腹を貫かれてショックを受けているようだったが、淡々と命令するラスティの声で我に返り返事をした。そしてエミーリアの襟を片手で掴んで引きずり始めた。



「これよりカーパルスに進撃する。ドラゴンを仕留める」

「……正気? あれに勝つつもりでいるの?」



 エクシアは思わず考えが声に出ていた。


「閉所でやり合うなんて正気の沙汰じゃない。勝てるわけない」

「らしくないな、エクシア。怖気付くとは」

「…………」

「安心して欲しい。君は生きてここを制圧できる」


 ラスティは、傷一つない手を見せながら、不敵に笑う。


「面白くなってきた。いい雰囲気だ」


 ラスティは臆することなく、歩みを進める。

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