第四話 つぐなうよ

 いつしか実態のないものに、憎悪を向けていたのかもしれなかった。

 あの時のあいつ。憎いあいつに消えてくれと願った瞬間。

 そんなことを何度も思い描いては、憎しみをつのらせてしまったんだ。思いは時として人をいびつにする。こんなにも途方もなく、だけど積みあげたそれが壊れるのは簡単だった。

(かっこつけるなよ。かっこつけるな。こんなの。ウメは、どうなるんだよ。あんな――)

「あんなわからずや、育てられるのオマエだけだろ!ウリスケ!起きろ!起きろよっ!俺にどうしろって、どうしろって……」

 生半可な憎しみのつもりは、なかった。

 だけど、一度ほころびてしまえば、それは生半可だった。ウリスケはセンジの憎しみの矛先がウメにいかないように、守ったのだ。

 それが人を守るということだと気づいたのは一瞬で、まるで夢か幻だったかのようにセンジは焦りをとりもどした。

(俺は馬鹿野郎だ!)

 彼の見せた最後の表情が、センジを走らせる。


「あ、センジさん。どうしたんすか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ!大人を呼んでくれ、医者だ!盆地にいけ」

「え?なんすか、それ」

「いいから、里をくだれってんだよ!そこにウリスケがぶっ倒れちまってんだ!頼れるやつ集めてそこに行け!」

「ええ?あのわからずやの!えーっと、親父さんっすよね。いいじゃないっすか!それで」

「んだとてめぇ」

 すると、横合いからもう一人。

「そうっすよ、どうしたんすか。いつものセンジさんじゃないっすよ」

「別に。目が覚めただけだ。俺があいつの」

「俺があいつの?」

(ウリスケさんの胸を刺した)

 センジは胸倉をつかんでいた手で、悪友を突き飛ばした。

 なぜか。声がするからだ。

 ずるい。センジ、てめぇはずるい。そう、どこかでののしる声。

 だけどもう一方では、真実に口をとざさないとウリスケの気持ちを踏みにじることになるぞ、そんな声もした。それが自己防衛のためなのか、ウリスケの魂なのかわからない。もうセンジには区別がつかなかった。

 だけど、それが自分が犯した罪だ。罪の重さだ。そうだとも思った。

(駄目だ。気持ちが罪から逃れようとしている)

 今に真実をかたれば、オマエはそんなものかと、程度の低い話で終わる。そのうえ。

 そのうえ、こうだ。

 ガキ一匹には背負いきれないよ。人を殺した罪なんざ。そうやって、つけいれられる。

 決めろ。今決めろ。

(背負うんだ。ウメを、育てることで、つぐなう。つぐなうよ)

「ええ?センジさん、泣いてるんすか?」

「っウメはどこにいる」

「いや、こりもせず滝んところにいったみたいっすけど」


 ◇


 センジがウメを探している同刻。

 真昼の日差しが強まって、虫やカエルの音がうるさくなっていく中、盆地に広がる田畑の合間をまっすぐ進んでいく人影があった。

 それはおかっぱ頭の少年だった。

 視線の先にはウリスケの死体。

 細い目が、臆するでもなく、慌てるでもなく、その死体をただぼうっと眺めていた。

 風がつよく吹きすさぶ。

 しゃらん。らん、らんらん……キィン。

 そんな風に、赤色と金色をやどした錫杖らしきものが音を立てた。むろん、少年のものだ。その杖は美しい装飾でできていたが、まるで見た者を異国へといざなってしまうような怪しさもあった。

 やがてセンジの呼んだ悪友が一人また一人と、その地に現れだした。

 しかし、彼らの視界に入るより先に、おかっぱの少年はウリスケの死体をかつぐと、その姿を消したのだった。

 透けて、姿が見えなくなった。それだけならいいが、実態すら消したらしかった。

 あとには探しても血痕すら残っておらず、悪友たちは、やがてお互いの腑抜けた顔を見つけるとゲラゲラと笑いあい、慌てふためくセンジたちのもとへと帰ったのであった。

「なーんもないっすよ?センジさん」

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