第二話 踏みつぶされた桃の実②

 センジは黄金の土を一握りすると、それをウメの口に押しこんだ。

 どたん。そんな激しい音がした。

「俺に死ねとか言う馬鹿にゃ、これしかないよなぁ。なぁ?んん?」

 ウメは地面にねじ伏せられてしまった。そのため、センジの下で力の限り暴れる羽目となった。だが、彼の力にはどうやったってかなわない。

「今日オマエを殺したら、俺は里の邪魔者を駆除してやった、いい奴ってわけだ。さぞや感謝されるだろうなぁ、おぉら、死ねよ。死ね!」

(わかってる。助けなんか、助けなんか、わからずやには来ない。来たところで、私はわからずやだ。どうせ、どうせ。恩人の声も顔も言葉の意味も、ほとんどわからないままだ)

 今日は里がにぎわっている。

 遠くの里からはるばる、お祭りの行列がくる日だからだ。

 ウメはなぜかそちらに思いをはせた。ここからでは見えもしない、気配もしない、思い出の中の祭りにもついで思いをはせた。

 神輿やその周囲で群れる舞手の鬼兜。その装飾の勇ましさ、出し物の優美さ、和太鼓の目が覚めるような音。そうして滝の神であるナキナダレ様への祈りと感謝をこめて、里の人は地面に膝をつく。

 ウメはこの祭りが好きだった。

 その時の、あたたかな表情をしてる人々を見るのが、好きだったのだ。活気に満ちていて、笑っていて。

(おっとう。私、死ぬのかな)

「ぅぁあああっ!ああああああっ!」

「は、そうやって、泣くだけ泣いてろ!雑魚!弱虫!馬鹿女!わからずや!」

 ゴッ。

 センジはウメのような娘に対しても容赦がなかった。ただひたすらに殴ってくる。彼の心のなさは底抜けだ。それは里の子供も全員、知っている。

 ウメも本能の部分でそれは知っていたが、本当にここまでになってしまうとは思ってもみなかった。

 口の中の、土や血が、怖い。ただただ混乱しかない。

「痛い!痛い!」

 ウメがセンジの首をしめようと手をのばす。

(センジっ、ちくしょうめ、この!センジっ!センジ!)

 センジは殴りだすと、人が変わる。無心になって、夢中で殴るのだ。怖いものは一切ない、そう言わんばかりの狂いようになる。だが、そこがセンジのぬるい部分でもあった。

「あはははははっ!ウメ、オマエ、俺を殺そうってんだろ!な!なら、そうしてみろ!さぁ、殺してみろ!」

 センジが唐突に試すように嘲笑ってくる。弱りきってるウメに、どこか遊びでも見出したようだった。

 そうだ、これを切り抜けないとウメはきっと家に帰れない。

(言ってろ。今の私は、無傷だ)

 むろん、無傷ではない。むしろ重傷だった。だけど、ウメはそう思いこむ。そうでなきゃ、やってられないからだ。

(人と人のあいだに存在する暗黙の了解や礼儀、親切心なんかをものともしない。それがウメだ。ただ、神様が私に吉や凶を見せてくる日々、それだけがある。それがウメなんだ)

「センジ、死ねっ!死んでしまえ」

 だが、そこへ。

「これ!なぁにをしとるんだ!ウメ!それにセンジ!」

 現れたのは、センジの父だった。

 二人の荒れようを見るなり、かけよってきたようだ。だが今は、ウメの方が狂っている。

(止まるな、こいつは、こいつだけは死なないと駄目だ!)

 するとセンジは、ものすごく下手な芝居をした。

「ごめんな、ウメ。言うこときかないオマエにイライラしたんだ」

 意味がわからなかったが「ごめん」だけはかろうじて通じた、それゆえに憤りを越えた感情が降ってきて、ウメは彼の首をしめる手に力をこめ続けた……。

「ウメ!ちっ。センジもこんなわからずやと、まともにとりあうな!」

 だが、ウメは止まった。

 それはセンジの父が現れたからでも、もちろんセンジが謝ったからでもない。

 センジがさきほど頬張っていた桃の実。踏みつぶされてぐちゃぐちゃになっていたが――それが囁いた気がしたのだ。

(そんなはずは、ないのに。ないのにね。オマエもボロボロ。私、私も血みどろだ)

 そこまで思うと、ウメは糸がきれたように赤子のごとくわめいたのだった。

 黄金の土をまとった桃の実には、ちょこまかとアリが群がっていた。

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