第3話 痛む心
医務室で手当てを受けたエラリーは、校医から捻挫と診断された。無理をして悪化してはいけないので、暫く安静にするようにとのことだった。
一週間ほど学園を休んで様子を見ることになった。エラリーは早退する為、荷物を取りに教室へ戻る。
こういうとき、友人の一人や二人いれば良いのだがエラリーに友人はいない。
一瞬クリスが頭に浮かんだが、彼は先輩だし、図書室での付き合いしかない。迷惑は掛けられない。それに、クリスもエラリーもお互い学年は知っていてもクラスまでは知らないのだ。
手当てのお陰で少しばかり歩きやすくなった足で、エラリーはゆっくり教室を目指す。
早くしないともうじき昼休みが終わってしまう。
授業が始まってしまう前に教室を目指していると、「エレネルン伯爵令嬢」と歴史の教師に呼び止められた。そしてエラリーは告げられた一言に耳を疑う。
「……、どう言うことですか?」
「ですから、レポートが提出出来ていないのは、貴女だけです。エレネルン伯爵令嬢」
「そんな筈はありません! ……確かに昨日の放課後、BOXにレポートを提出しました!!」
どう言うこと? と困惑するエラリーに、教師は呆れた顔をすると諭すような声で「……エレネルン伯爵令嬢」と口にする。
「レポートの作成を忘れていたのであれば、素直にそう言いなさい」
「え?」
「課題を出す度に期限通りに提出できず、“提出した”と嘘をついたり、“課題を提出する直前で失くした”と騒いでいるのは貴女だけです。こういったことがこれ以上続くようであれば──」
その時、エラリーは教師の声が全く耳に入らなくなった。
毎回、提出物を期日通りに出せないエラリーを教師は信用していない。勿論、信じてもらえなかったこと事態がエラリーにとって悲しいことだ。だけど、それ以上にエラリーは傷付いた。
視界の隅にクリスがいて、エラリーを見て立ち尽くしていたからだ。
どうして一年生の教室がある廊下にクリス様が?
一緒にいらっしゃる男性はクリス様のご友人?
そんな疑問がよぎるが、そんなことよりも黒く重い感情がエラリーの心を支配していた。
エラリーを説教する教師の話をクリス様に聞かれている。
そう認識すると、エラリーは絶望的な感情に陥った。
ふらりとクリスが身を翻して去っていく。
「っ!」
クリス様から軽蔑されたと理解した途端、自分が真っ直ぐ立てているのか分からなくなるほど、エラリーの感覚が歪んだ。
そこからはいつ話を終えて、どうやって馬車に乗り込んだのか、よく覚えていない。
気が付くと、従者が「お嬢様? エラリーお嬢様?」とエラリーを呼んでいた。
エラリーは首を動かしてぼんやりと従者を見る。
「伯爵邸に到着しました」
◇◇◇◇◇
エラリーは一日ぼうっとしながら療養の日々を過ごした。
勉強も好きな読書も、何も手につかない。
食事も空腹を感じず、少し食べるとすぐに満腹感を覚えて、あまり喉を通らなかった。
『クリス様! ありがとうございます。手伝って下さったお陰で今日中に提出できそうです!!』
エラリーがレポートのお礼をしたとき、「ふっ」と笑みを溢したクリス様は『それは良かった』と、喜んでくれていた。
だけど────
クリス様は歴史の教師に叱られるエラリーを見て、レポートを提出しなかったと思ったに違いない。
折角手伝ってもらったのに、絶対がっかりさせた。
毎回提出物をきちんと出せていないことを知られた以上、レポートは最後まで完成できなくて、教師に提出したと嘘を吐いたと思われた。
足が治っても、どんな顔でクリス様に会えば良いのか分からない。きっとクリス様がわたくしに微笑み掛けてくださることはもうない。
ズキン、ズキンと捻挫した足よりも心が痛んだ。
療養の一週間はあっという間に過ぎていく。
両親も兄も、いつになく落ち込むエラリーを心配した。
五日も経てば、エラリーも流石にそれに気付いて、落ち込んでばかりはいられないと、怪我から一週間後に学園へ復帰することにした。
家族にはもう大丈夫だと笑顔を見せ。ブリジットのハンカチは綺麗に洗濯して、学園に復帰する前に使用人を通してビドリー伯爵邸へ届けさせた。
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