15 その土竜、推しの配信を見る(後編)

 彼女たちの投稿がされたのは、伸忠と会った2日後。


 この間に、寛乃は薫子を始め「スターライトセレナーデ」のスタッフに根回しをしていた。晴菜と彩寧に報告したのは、もっと早く、帰り道の車の中からかけたグループ通話で。彩寧からは、


『ずるい! ずるい! あたしたちも呼んでよ!』


とクレームが付いて、そのことは寛乃の頭から完全に抜け落ちていたため、平身低頭で謝るしかなかった。


 晴菜は、もちろん寛乃だけが伸忠に会っていたことにモヤッとする感情が心の中に浮かびはした。けれど、それよりも通話を始める前に送られてきた写真を見て、ホッと安堵する気持ちの方が大きく勝っていた。救護室で見た青白い顔色よりも、はるかに生気があり元気そうな伸忠の姿に。


 だから、この話題を取り上げるのには、さらに伸忠に迷惑をかけると最後まで反対だった。でも、寛乃と同調した彩寧に押し切られた。


『まずは、彩寧の足首の話だね。他にも心配するお便りをいただいておりました。ありがとうございます』


 読み終えた彩寧の後を受けた晴菜の言葉に、コメント欄は怪我を心配する声が数多く書き込まれる。


『ありがとうございますっ! でも、大丈夫だよ~。あの後、病院にも行ってきたけど、全然問題なかった。むしろ、最近は絶好調!』


 彩寧の声に安心するコメントが多く書き込まれるが、「本当に?」などといぶかる声も流れる。


 そこに、顔を背けていた寛乃も会話に加わる。


『本当に、あの時は私は舞台上で「どうなるんだろう」って不安で一杯一杯だった中、場をつなげるMCをしていたのですが。後半の萌恵ちゃん、真季ちゃんと3人でMCをしていた間に、彩寧が救護室に手当に行っていたんですよね』


『そ! 晴菜に付き添ってもらって行ったら、もうびっくり!』


 彩寧がいったん言葉を切って、


『そこには「晴菜の憧れのお兄さん」がいたんだ!』


 コメント欄に驚きを示す「!」が大量に書き込まれる。


『晴菜が直接会ったのは何年ぶりだっけ?』


『お兄さんの大学入学してからですから、もう10年ですか?』


『そんなになるんだね』


『どうでした? 変わってませんでした?』


『どうだった?』


 「10年」の言葉に、再び驚きを示す「!」がコメント欄に書き込まれる。次いで、迫る彩寧と寛乃に「もっとやれ!」と煽るコメントと、晴菜の顔が紅くなっているのを指摘して「カワイイ」「てえてえ」といったコメントがされていく。


『……もう! 伸お兄ちゃんのことは置いておいて! それよりも彩寧の話でしょ!』


『逃げた』『逃げました』


 彩寧と寛乃の異口同音の言葉に、コメント欄も同じような言葉が書き込まれる。一緒に「追いかけろ!」のコメントも。


『まあ、時間もそんなにないから、仕方ないか。それで、あたしの怪我の話だね。うんとね。実は「晴菜のお兄さん」からポーションを譲ってもらったんだ。結構良いヤツで、飲んだら一発。あっという間に治っちゃった。凄いよね。凄かったよ』


 三度驚きを示す「!」がコメント欄に書き込まれる。「マズくなかった?」「最近のはマシ」「高ランクのはマジ効果スゴイ」などとポーションを飲んだ経験があるらしい人からチラホラ書き込まれる。他にも書き込まれたコメントから1つ、彩寧は拾う。スタッフによる仕込みではないが、すべては予定通り。


『お金持ち? ううん。「晴菜のお兄さん」は探索者をしてるって聞いたよ。だから、持っていたポーションを分けてもらうことができたんだ』


 「晴菜の憧れのお兄さん」の過去のエピソードについては配信でこれまでに何度も明かされていたが、今については秘密のベールに包まれていた。その一端が明かされたことで、コメント欄がまた沸き立つ。


『だから、あたしのことはこのくらいにして。ね?』


 彩寧の目がジトっとしたものに変わり、寛乃の顔が再び明後日の方向を向く。それを見て、コメント欄も「裁きの時」「判決タイム」「観念する時」「素直にお縄に付こう」「身から出た錆」など、色々な言葉が並ぶ。これから始まる展開への期待感が、コメント欄を通して視聴者の間で高まる。


『寛乃ねえ、分かっているよね。裁判を開きます! 判決! 抜け駆けした罪で有罪! 罰は禁酒半年間!』


 彩寧の言葉でコメント欄が賑わう。「開廷から早い」「即決裁判」「過去最短」とか、「有罪」「ギルティ」とか、「禁酒半年は長い」「半年は最長」とか、ワチャワチャと書きこまれる。「セレナーデ通信」でこの3人が出る時には、よく見られる光景だった。寛乃がやらかした失敗を、彩寧が咎めて、そして、晴菜が「まあまあ」と間に入って、寛乃が謝るのが、いつものパターン。でも、今回は、晴菜が「まあまあ」と間に入る前に苦笑いを浮かべるまでは同じだったのだが、


『う~ん、いいのですか?』


 寛乃がもったいつけるように言う様子で、いつものパターンから外れた。コメント欄が「?」で埋まる。


 そして、おもむろに、寛乃が足元から隠されていた1本の酒瓶を取り出す。カメラがアップで酒瓶のラベルを映したら、コメント欄が沸き立った。「え?」「マジか!」「大洞窟!」「本物?」「あの幻の?」「フリマで買おうとしたら10万越えてた」「飲みたい!」「ください!」と。


『これ、おにいさんからお土産として持たせていただいたのですが、今日、この後開けて、みんなで、もちろんスタッフさんも一緒に、飲もうと考えていたのです。でも、禁酒半年なら、それまでお預けですね。残念です。あ、スタッフさんでお酒が飲めない方用に他の飲み物も用意していますから、ご安心を』


 「スタッフさんも一緒に飲もう」の所でカメラに写っていないところから拍手が響く。コメント欄も「スタッフさんを人質に取った」「飲めない人用にも別に用意している周到さ」などと、笑いを示す「w」と一緒に書き込まれる。


『くっ! 卑怯だよ、寛乃ねえ!』


『卑怯でもなんでもないです。これは正当な取引です』


 心底悔しそうな彩寧の顔がアップで映し出されると、チーム・スピカ3人揃って日本酒好きの一面を知るから「本当に悔しそう」「お酒好きだもんね」「司法取引」とコメント欄に書き込まれる。そんなコメントが彩寧の感情を煽るから、


『だったら、プロポーズって何!?』


『うーん。なんとなく、その場の流れで?』


 逆切れ気味の彩寧に、寛乃が飄々ひょうひょうと言葉を返す。コメント欄には、彩寧に同調したり同意する言葉が、寛乃には「やっぱりダメ人間」などと呆れる言葉が書き込まれる。でも、寛乃は書き込みに動じない。


『……流れって』


『ですが、言って良かったと思っています。晴菜がお兄さんと結婚した時、私も一緒にくっついていく下準備、のようなことができたのではないでしょうか』


『……くっついていくって』


 唖然とした顔から、「自分だけ置いてけぼり」と彩寧の顔が寂しそうなものに変わる。彼女の寂しがりの性格はファンの間でも周知の事実。「スターライトセレナーデ」でデビューする前にしていたダンス留学で極度のホームシックになって以来、孤独を極端に恐れるようになっている。これまでは「寛乃ねえは『ダメ人間』だから、あたしと晴菜で一生面倒見てあげる」と笑顔で口にしていた。そこには、寂しがりの彩寧の願望も入っている。


『あれ? 違うのですか? 私は「ダメ人間」だから、一生面倒見てくれるのでは?』


 彩寧のそんな性格も含めて、寛乃は全て受け入れている。自分が口にした「くっついていく」には晴菜と伸忠の関係に寛乃が入りこんで、彩寧は入っていない、「置いてけぼり」と彩寧が受け取っていることも気が付いている。だから、


『彩寧も一緒に来るでしょ?』


『……「一緒」。……なら、いっか!』


 「一緒」のワードで、パッと明るくなったのを受けて、「それでいいのか」と突っ込む言葉、「寂しがり屋だから仕方ないよね」「良かったね」「ずっと一緒」などと肯定する言葉が書き込まれる。でも、その流れに立ちはだかるのが、晴菜。


『ダメ! ダメだよ!』


 晴菜も、「一生面倒を見る」に異存がないくらい寛乃と彩寧のことを深く受け入れ、心の底から信頼を置いている。でも、そこに伸忠を入れることは別問題だった。


『『……ダメなの?』』


 共に上目遣いで迫る彩寧と寛乃に、晴菜は少し背を仰け反らせるが、


『くっ……でも、ダメ! これ以上、伸おにいちゃんに迷惑をかけるのはダメ!』


 コメント欄では、「NOと言えた」「踏みとどまった」と晴菜の側に立つ言葉もあれば、「あざとい」「上目遣いカワイイ」と彩寧たちにかけたり、「あとちょっと」「もっとやれ」などと後押しする声も書き込まれる。


 そこに、彩寧と寛乃がアイコンタクトしたことに気付いて「!」と書き込まれると、2人が晴菜のそばに近寄り、


『晴菜は伸にいと結婚したくないの?』


 彩寧の囁きに、いぶかしげになっていた晴菜の顔が紅く染まる。逆からは寛乃が囁く。普段の晴菜は、生真面目でしっかりもので、「寂しがり屋」の彩寧と「ダメ人間」の寛乃を支えるチーム・スピカの大黒柱なのだが、「憧れのお兄さん伸忠」に関することでからかわれると、途端にポンコツ化してしまう。だから、


『帰ってきたおにいさんを迎えて』


『おかえりなさい』


『お疲れ様』


『ご飯とお風呂の準備できているよ』


『ご飯にします?』


『お風呂にする?』


 息の合ったコンビネーションで2人から囁かれる言葉に合わせて、晴菜の顔はどんどん赤くなっていく。目の焦点も次第に虚ろになっていく。


『『それとも』』


『あ・た・し?』『わ・た・し?』


『……きゅうぅぅぅ』


 ついには、晴菜は目を回してダウンしてしまう。それを見て、コメント欄には、笑いを示す「w」とともに、「落ちた」「いつもの」「てぇてぇ」「ごちそうさま」といった書き込みが盛んに書き込まれる。今のやり取りも、「セレナーデ通信」で晴菜が出る時には見慣れたやりとり。彩寧と寛乃だけでなく、「スターライトセレナーデ」の先輩たちにも後輩たちにも遊ばれてしまう。可愛がられる。


 彩寧が一仕事終えたと言わんばかりに額の汗をぬぐう仕草をすると、


『……さて、次のおたよりにいこっか』


『はい。次のおたよりで最後になりますね』


 寛乃も何事も無かったように進める。「うやむやにした」「なかったことにした」「こうやって堀を埋めていく」「既成事実を積み重ねる」などとコメント欄に書き込まれる。


 なお、伸忠は今のやり取りを「他人事」として聞いていた。


 ――脚本で指示された通りの演出。


 と聞き流していた。


 確かに、彩寧と寛乃の囁きのようなアドリブもあったが、基本、3人のやり取りは脚本通りの進行だった。そして、その脚本は「チーム・スピカ晴菜たち3人」と社長の薫子の合計4人で作られた。


 薫子にとって、アイドルをプロデュースする立場から、「チーム・スピカ」の活動の柱の1つにもなってしまった晴菜の恋路に新情報を投入することで、新鮮味を維持する目的はあった。大きな貸しが溜まる一方の伸忠への返済の意味合いもいくらかあった。ライブ終了後、礼をするために連絡をしてくれ、と言ったのに一向に連絡がこないことへの苛立ちも少しある。けれど、一番は、彩寧と寛乃と同じ、晴菜の恋路を純粋に応援する気持ちだった。だから、晴菜の反対を押し切り、彩寧たちの主張を採用した。それがたとえ、大きなお世話であっても。


 こうした事情は配信を聞いているだけの伸忠には知る由もない。ただ、彼が耳を止めたのは、最後に行われた告知だった。「スターライトセレナーデ」結成周年記念ライブのものと、


『それでは、次のお知らせです。ダンジョン生態系研究振興協会様の配信チャンネルにお邪魔することになりました』


『東京ダンジョンに潜ることになったんだ! どう? スゴイでしょ?』


『配信する日は……』


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