14 その土竜、推しの配信を見る(前編)
『「セレナーデ通信」始まりました。本日の担当は、私、「チーム・スピカ」所属、永妻晴菜と』
『同じく「チーム・スピカ」所属、関口寛乃と』
『同じく「チーム・スピカ」の日下彩寧がお送りしますっ!』
ディスプレイ越しに見える3人の元気そうな姿に、伸忠は目をわずかに細める。
『そして、ライブお疲れ様でした!』
『『お疲れ様~』』
コメント欄にも、視聴者からの「お疲れ様!」とか「ライブ良かった!」といったコメントが溢れる。同時に投げ銭も多くされるから、伸忠もその流れに紛れるように投げ銭を送る。
『あ! 萌恵ちゃん、真季ちゃん! 駆けつけてくれて、ありがとう!』
『え? 萌恵ちゃんと真季ちゃん、いたの?』
『いたよ、寛乃ねえ! ほら、ここ!』
流れるコメント欄から「チーム・ベガ」の2人のコメントを目敏く拾った晴菜が声を掛け、見逃してしまった寛乃を彩寧がフォローする。「スターライトセレナーデ」の他のメンバーからも労いのコメントが書き込まれる。それを受けて、ファンの視聴者のコメントが一気に書き込まれるから、コメント欄の勢いがさらに激しくなる。
『では、みんなからライブに関するおたよりもたくさんいただいているので、早速読んでいきましょう』
『じゃあ、あたしから!』
晴菜たちの声を聞きながら、伸忠は探索で使う道具の手入れをしていく。意識を割く割合は、配信8、手入れ2くらい。手入れでやっていることはそうしたながら作業でOKなもの。しっかりと集中しないといけない作業は配信が始まる直前に終わらせた。
結局、数日前の寛乃との出会いは大きな問題に発展することなく終わった。最初こそ、彼女の言葉にトゲを感じたが、それもすぐ無くなった。その理由を伸忠は知ることはなく、知ろうとも思わなかった。
――推しの1人と楽しい時間を過ごせた。
この1点だけで十分だった。それ以上何を望む?
寛乃から、晴菜のアイドルの姿を色々聞くこともできた。代わりに、晴菜の幼い時の話もした。もちろん、寛乃の「結婚しましょう」の言葉は聞き流した。最後には、支払いを全て行い、手土産を持たせて、配車サービスで車を呼んでトラブルなく帰れるように手配した。
ただ、この時、トラブル未満な出来事が彼の知らないところで起きていた。
――晴菜ちゃんが世話になっているし、年上だから。
――なにより推しに支払いをさせるバカがどこにいる。
と、寛乃がトイレに行っている間に支払いを済ませてしまった。でも、寛乃も同じように、
――伸おにいさんの負担にならないように。
――けれど、目の前で「私が支払う」と言ったらプライドを傷つけてしまうかもしれないから。
伸忠の目から隠れた場所で払おうとしたら、
「え? 支払い終わってしまっているんですか?」
「うん。石引君が、ちょうど今、払ったところ」
万理華から告げられた言葉に、寛乃の顔から血の気が引く。
――そんなつもりはなかったのに。
――どうしよう?
そんな寛乃の様子を見て、万理華が聞いてくる。
「何か不都合なことがあったかな?」
「……あの。私が支払い直すことってできますか?」
「それはちょっと……」
寛乃の唐突な申し出に、万理華が否定的な態度を取る。すると、落胆する様子を見せるから、再び万理華は聞く。この時点では、すでに寛乃の正体を万理華は姉の夕香里とともに気付いていた。以前から、伸忠から
「どうして、自分で払おうとするの?」
「伸お兄さんに負担をかけたくないので」
「それって貸し借りを作りたくない、そんな意味で?」
「違います。財布事情が厳しい伸お兄さんの負担になりたくないんです」
「……?」
万理華にとって的外れな言葉を耳にして、思わず首を傾げてしまう。
「……ええと、どうして、その結論になったか、聞いてもいい?」
「……?」
万理華の言葉に、今度は寛乃が首を傾げてしまうが、とりあえず、自分の知る限りのことを話してみた。配信でファンが付いていないから投げ銭の収入も視聴回数による広告収入も全くないこと、第10層前後の浅い階層の探索の収入だけでは生活が難しいことを。
それを聞いて、ようやく万理華も合点がいった。
「ああ、そういうこと。だけど、それ、5人くらいでパーティーを組んでいる時の話。石引君の場合は当てはまらないよ。パーティーを組んでいたら、メンバーで収入を分配しないといけないけれど、彼はソロで活動しているから独り占めできるんだ」
寛乃の顔が少し明るくなるものの、まだ完全に納得しきれていないようだったから、
「今日、あなたが食べていた水餃子の中の狼肉、あれを取ってきたのも石引君。彼が持ってくる肉は質がいいから、いつも相場の2倍の値段を払っている。これだけでも、あなたが考えている普通の探索者より10倍は稼いでいることになる」
万理華の言葉に目を驚きで丸くしながら、寛乃はもう1つの気になることを口にする。
「でも、この間のライブで、ケガをしたメンバーに高価なポーションをお金を取ることなく分けてもらいました」
「そのくらい、彼にとっては大したことないよ。確かに、普通の探索者にとってはそれは大きな負担になるけれど、彼にとっては大したことない。だって、彼は一流のポーション
寛乃から聞いた伸忠の行動に「らしいな」と思いながら、このことを知っているならと、万理華は
「三流のポーションメイカーは失敗作をフリマで安く売る。二流は自分と仲間内で使う。なら、一流は? ……製薬会社が作っているポーションより良質だから引く手あまた。それこそ、あなたが気にしていることがバカらしくなるくらい稼いでいるわよ、彼。量も持っているでしょうね。もちろん、1人で作れる程度だから湯水のように使えるほどではないでしょうけど、それでも一般人が考えられるのよりはるかに多い量を持っているわ。だから、気にすることないわ。素直に奢られておきなさい」
実際、彼の部屋に複数台ある冷蔵庫の1つには、ストックされたポーションがぎっちり詰められている。その中身も、普段飲みしているランク5から、先日彩寧に提供したランク3はもちろん、それより上の末期がんでも致命傷の傷でも治すことができる最上位のランク1まで揃っている。
「でも……」
とまだ渋る寛乃に、「いい子ね。でも……」と少しじれったさも感じながら、万理華はまた口を開く。
「素直に奢られるのも、相手の気持ちを良くするポイントよ。あとで、取り返せばいいの。アイドルだったら、『特別なファンサービス』でもするのはどうかな?」
こう言われて、寛乃はようやく受け入れることができた。でも、万理華は、自分が口にした「特別なファンサービス」がどんな波紋を起こすのか、知ることはなかった。寛乃が伸忠と別れ際に2人一緒に自撮り写真を撮っている様子を見て、そうだと感じた程度。「特別なファンサービス」を「特別な人として扱う」と受け取った寛乃がどんな行動をとるのか……。
『はい! 次のお便りだよー。子ダヌキさんから頂きました。ありがとうございます!』
『『ありがとうございます!』』
『「チーム・スピカのみなさん、初めまして。初めて、メッセージを送ります」』
彩寧が読み上げるメッセージに、コメント欄では新規ファンを歓迎する声が並ぶ。
『「先日のチーム・スピカのライブが初めて現地で見た生のライブでした。これまで配信でしか見たことがなかったのですが、生のライブは迫力と感じるエネルギーが断然違いました。とても感動しました。彩寧さんのキレキレのダンス、寛乃さんの美しい歌声、晴菜さんのエネルギー溢れるパフォーマンス。ライブ中、興奮でずっと鳥肌がたっていました。精一杯ペンライトを振って応援させていただきました」』
メッセージの送り主に共感する声、チーム・スピカのライブを讃える声、様々な声がコメント欄に次々に書き込まれる。
『「途中、彩寧さんが足首を痛めたように見えた時は少し心配になりましたが、最後チーム・ベガのおふたりと一緒に5人揃った時は本当に涙が流れるほど感動しました。感動を本当に本当にありがとうございます」』
自分も気が付いたという声、彩寧を心配する声が流れた後、送り主に同意する声、同じ様に感動した声などが流れていく。
彩寧のメッセージを読み上げる声も途切れる。だから、他のと同じように、このメッセージへのコメントをするのかと思いきや、よく観察すれば、彼女の手はメッセージが表示された手元のディプレイから離されていない。その視線はコメント欄の様子を見ていた。書き込みが一段落しそうな頃合いを見計らうと、一瞬だけ寛乃の方に視線をやってから、再びメッセージを読み上げる。
『「追伸。寛乃さん、晴菜さんの憧れのお兄さんとコッソリ自分だけ会うのは良くないと思います。抜け駆け禁止です!」』
今度こそ、彩寧の手からディスプレイが手放されると、ジト目の視線が寛乃に送られる。受ける寛乃は身体ごと明後日の方向を向いて、今にも口笛を吹いて誤魔化そうとする空気を出している。2人に挟まれた晴菜の表情は、それまでの明るい笑いから「あはは……」と乾いた笑い声がこぼれてきそうなものに変わっていた。
コメント欄には、まんま「抜け駆け禁止!」だったり、抜け駆けを直接咎める声、寛乃の「お酒が絡むとダメ人間」の評判通りのやらかしをやんわり注意する声が流れる。次いで、晴菜を慰めたり励ます声だったり、彩寧に「もっとやれ」とけしかける声だったり、そんなのが加わる。
寛乃と伸忠が会っていたことは、ファンならもうすでに知っている。
>ライブのための断酒明けにひとりで入った居酒屋で
>晴菜の憧れのお兄さんとばったり遭遇
>でも親戚の子みたいな扱いをされたのは不満
>プロポーズしたらはぐらかされた。解せぬ
こんな投稿を寛乃が自分のSNSアカウントにしていたから。
そこに彩寧が突っ込みをいれていた。
>抜け駆け禁止!!
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