7 その土竜、推しに会いに行くが……
「2期生」。
この言葉は「スターライトセレナーデ」のファンの間、特に古参ファンの間では
始まりは、全国ツアーのファイナルライブで、それまでのメンバーの1人の卒業と同時に新メンバー6人の加入が発表された。その時点では、ファンの間では期待に満ちた歓迎の声が広がっていた。
ところが、発表から本格的に新メンバーが参加するわずかな時間の間に、3人が相次いで参加を取りやめた。
1人目は病気の発病が判明して、長期の療養が必要とされたから。まだ、この時は、ファンは「仕方ない」「お大事に」とかそんな感じの温かい雰囲気だった。
2人目は加入発表のすぐ後に自ら加入辞退を運営に申し入れた。それだけなら、ファンもモヤッとすることがあっても「そんなこともあるか」と受け流すことができた。が、その1週間後。別のアイドルグループ、「スターライトセレナーデ」より人気があるトップアイドルグループの新練習生として彼女は現れた。しかも、
『どっち取る? それ聞かれたら、より有名な方を取るに決まってんじゃん』
『あっちは地下に近いでしょ。ザコザコ』
こんなプライベートなやりとりがリークされた。激怒するファンもいたが、多くのファンは冷静だった。「あんな不良品アイドル、ウチには要らない」「どうぞ、のし付きで差し上げます」、そんな感じで。不満はマグマのように溜まっていたが。
3人目は、自身のSNSのアカウントに投稿した写真から有名配信探索者の恋人の存在が暴露されたことがきっかけだった。それだけならファンはまだ平静だった。グループ発足当時から、運営が「アイドルの恋愛OK」を明言していたから。接触系イベントもほとんどせず、疑似恋愛の対象とするようなプロデュースはしていなかった。プロデュースを手掛ける運営会社の社長も、
「アイドルの恋愛? 全然OKです。彼女たちはアイドルである前に1人の女の子ですから。そこに制限をかけるつもりはありません」
「恋する女の子はとても美しく光り輝きます。アイドルとしての輝きをさらにもっと強く輝かせてくれるでしょう」
「ただし、1つだけ。浮気、不倫は絶対NGです。それは人の信頼を裏切る行為です。誰も幸せになりません。だからNGです」
そう公言していた。
でも、3人目の相手は夫婦で配信をしている探索者。つまり、既婚者だった。
事実が判明してすぐに、運営は3人目の契約解除を発表した。ファンは、当事者のアカウントが鍵付きに移行してアクセスできなかったために、抱えた不満と怒りをぶつける先を見つけられずにいた。
だから、その矛先は「チーム・スピカ」として加わる残った3人の新メンバーに向けられた。
新メンバーのお披露目となったライブは、幕を開けた時から不穏な空気が漂っていた。最初の曲こそオリジナルメンバーのみで歌われたのだが、普段とは違う空気、盛り上がりに欠ける様子に、メンバーもスタッフも首を傾げた。
「引っ込め!」
会場にいた1人のヤジが皮切りとなって、次々と厳しい声が上がった。
「お前たちなんかセレナーデに必要ない!」
「どうせ、お前たちもスキャンダルを起こすんだろ! その前に辞めろ! さっさと辞めろ!」
「俺たちを裏切る前に消えろ!」
……。
ステージに上がっていた新メンバー、永妻晴菜、関口寛乃、日下彩寧の3人は、突然突き付けられた言葉の刃に顔を青ざめさせた。一緒にいたオリジナルメンバーも、「どうしてこんなことになったのか」理解できず、何もできず、
親友の妹を応援するために初めてアイドルのライブに参加していた伸忠も、最初は、
――? アイドルのライブってこんなに殺伐としたものなのか?
とドン引きした。
その間にも、会場中にブーイングが響くようになり、上がる声も酷くなっていく。
キャンセリングモードにしたイヤホン越しでも聞こえる悪意に、気分が悪くなりはじめ、身体は重くなり、視線も下ばかりを向くようになる。
――これはマズいか。
悪意を振り払うように、顔を上げた時、
ブチッ
ステージの上にいた晴菜の姿を目にして、伸忠の心の中の何かが勢いよく音を立てて切れた。
「黙れっ!」
「黙れぇっっ!!」
2度響いた伸忠の声は、暴言の悪意で覆われていたライブ会場を制圧する。
「彼女たちが何をした?」
自分が出す声の大きさに驚いたのは一瞬だけ。驚きは、心の中で荒れ狂う激情によって、あっという間に押し流された。
「何もしていない彼女たちをなぜ責める?」
周りの視線が集まった。その視線に恐怖とかそんな感情は浮かばなかった。
「新しいメンバーとして、今そこにいる彼女たちをなぜ温かく迎えようとしない?」
「あんたたち、『スターライトセレナーデ』のファンは新メンバーを拒絶するのか?」
送った視線から、目をそらし下を向く周囲に失望の感情さえ浮かんだ。
「あんたたちはそんな冷たい人間ばかりなのか?」
でも、何人かは伸忠の視線から目をそらさず、しっかりと見返してきた。そんな彼ら彼女たちに向けて語る。
「俺は彼女たちを歓迎する。応援する。ようこそ、アイドルのステージへ」
そして、ステージに向かって、拍手を送る。「エールよ届け」と力の限り強く。手のひらが痛くなろうがそんなことはお構いなしに。
ステージの上にいる「スターライトセレナーデ」のメンバーたちも、伸忠のことを見ていた。もちろん、その中に驚きの表情を浮かべる晴菜もいた。
伸忠には、晴菜の驚きの表情の中に、まだ
「君たちも根拠のない言葉に耳を傾ける必要はない。悪意に屈する必要なんかない。さあ、胸を張れ! 前を向け!」
そう語りかけた伸忠の両手が出す音に、ひとつ音が加わる。またひとつ。そして、さらにもうひとつ。
気が付けば、ライブ会場は万雷の拍手に包まれていた。
ステージ上にいる「スターライトセレナーデ」のオリジナルメンバーも、笑顔で、何人かは涙を流しながら、新メンバーに向けて拍手を送っていた。
送られていた
「「「ありがとうございます!!!」」」
さらに大きな拍手で包まれた。
このライブの後、「スターライトセレナーデ」は「〇期生」を止めて、チーム制を導入した。オリジナルメンバーを「チーム・シリウス」「チーム・プロキオン」に分け、新メンバーは「チーム・スピカ」とされた。そして、チームごとにカラーが設定された。
「チーム・シリウス」には歌が得意な子が集まり、王道アイドルなボーカル曲が、「チーム・プロキオン」にはダンスが得意な子が集まり、ダンサブルな曲が、他の2チームよりバランスが取れている「チーム・スピカ」にはロックテイストな曲。発足当初から強い音楽性を前面に出していたのが、さらに突き詰められたものになった。複数のチーム合同で歌ったり、メンバーをシャッフルしたりすることで、新しい挑戦をしていった。
以前から続いていた配信番組も、悪く言えば無難な内容だったのが、弾けて突っ込んだものになった。ファンからの相談事にも、以前から
なお、「男子禁制」とあったから素直に視聴を回避した伸忠は後日の配信回で知った。その中で、晴菜に幼い頃から片思いしている初恋の相手がいることを暴露させられたことを。さらに晴菜が口にした思い出話から、初恋の相手が自分であることも。
でも、
――台本通りの演出か、本命を隠すためのカモフラージュか、口にできない仲間にまで飛び火しないように嘘話を作ったのか。
としか受け取らず、聞き流した。
それはともかく、あれから2年が経った。
「チーム・スピカ」を「スターライトセレナーデ」の一員として異論を差し挟む人間はいなくなった。むしろ、「スターライトセレナーデ」を更なる人気グループに押し上げた立役者と見られている。
彼女たちの加入までの一連の
そして、今日は、「チーム・スピカ」の活躍のマイルストーンとして、初めての単独公演。しかも、会場は彼女たちのデビューライブと同じ会場。
朝、メンタルがボロクソになった伸忠も、配信番組の晴菜の姿と声でメンタルを再構築して、ライブ会場に来た。最近は、より大きい会場でライブが行われるようになったため、ステージが近く、アイドルの姿がよりはっきり見える今回のライブを、本当に楽しみにしていた。
のだが、
「おい! あんた、なに、イヤホンなんかしてライブに来てんだよ」
ライブ会場の入口を入った直ぐの所で、2人組の若い男に絡まれていた。2人とも「チーム・スピカ」の公式グッズで全身を固めている。Tシャツ、タオル、ペンライト、etc。
対して、ダークグレーのシャツジャケットと黒のズボン姿の伸忠が身に着けているグッズはゼロ。ボディバッグの中に、オンラインで購入した公式ペンライトを入れている程度。人混みが苦手だから会場の物販には近づかないし、そもそも部屋に物を増やさないように形あるグッズはほとんど買わない。
「その格好でライブに参加するのか?」
2人組の肩越しに、ステージが見える。開演間近で、スタンディングのため、もうほとんどの観客はステージの近くに移動していて、入り口近くにはほとんど人がいない。いても遠巻きに見るばかり。
それに、「スターライトセレナーデ」、特に「チーム・スピカ」は女性ファンが多いから、彼女たちの助けを期待するのは酷。
「サングラスまでしてさ。本当、『チーム・スピカ』をバカにしているのか!」
間近まで寄られ、耳元で声を張り上げられたら、イヤホンのノイズキャンセリング機能も役目を果たせない。
彼らが自分の正義感に酔っているのが、伸忠には見て取れた。
「マジ、あんた、何のために来てんのさ」
「晴菜ちゃんたちを
こういう時は、彼らの声は聞き流し、運営スタッフの介入を求めるのが最善手なのだが……。
「邪魔なんだよ、あんた!」
「そうだ! 帰れ!」
近くにいた運営スタッフの男性と目が合った。
スッと目をそらされた。明らかに、伸忠の置かれている状況を理解しているのに、見て見ぬふりをされた。
ぐにゃり
伸忠の視界が歪む。
今の運営スタッフの姿が、かつて派遣社員の時、伸忠のことを遠巻きに見るばかりだった他の社員の姿とダブル。
急速に気分が悪くなってくる。
「『クズ! マヌケ! さっさと消えろ!』」
男たちの声に、
――最悪。
そんな心の呟きとともに、意識が飛んだ。
気が付いたら、壁を背にして座り込んでいた。
でも、初めてのことではないから対処法は分かっている。静かなところで症状が治まるまでやり過ごすだけ。残念なことに、持ち歩いているポーションもこの症状にはほとんど効果がない。原因はストレスのオーバーフロー、と自己診断している。
――もう最悪。晴菜ちゃんの姿が見られなかった。
つい、そんなことを考えてしまうと、それだけでストレスになって頭痛がひどくなる。
痛みで、頭を抱えてしまう。
「……大丈夫ですか」
緩慢な動作で頭を上げる。
――放っておいてほしい。
ぼやけた視界が声を掛けてくる女性の姿を映す。
「具合が悪いなら救急車を呼びましょうか」
――……救急車?
そのワードは、伸忠にとって最悪の事態を引き起こすことに思いいたる。
「ダメ!」
女性を制止しようと手を伸ばすが、空振る。それでも手を伸ばす。
「救急車は呼ばないで。晴菜ちゃんの、彼女たちのライブが台無しになってしまう! それだけは止めてください!」
必死に言い募るが、
「……なら、救護室がありますから、そこで休んでいきませんか」
「……救護室」
「はい、救護室です」
「……迷惑ではありませんか?」
「そんなことありません」
――むしろ、ここでやり取り続けていた方が邪魔か。
モヤがかかった思考がなんとかその結論に至る。
伸忠は鉛のように重い身体に鞭打ち立ち上がろうと……。
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