3 その土竜、ダンジョンに思いをはせる

 車がアパートの前に止まり、扉が自動でスライドして開く。


 扉が開き始めるとすぐに、フェリが出来た扉の隙間から外に飛び降りる。それに合わせて、アパートの一室の玄関の扉がまた自動で開き、フェリはその部屋の中に勝手に入っていった。玄関の外に設置されたセンサーによって、部屋の住人として登録されているフェリと伸忠が近づくと扉が自動で開く設定になっている。


 伸忠は車の扉が完全に開いてから、ザックと車に入れたままであった金属製のキャリーケージを持って下りる。すると、伸忠の姿を認識したセンサーによって、閉じ始めていた玄関の扉がまた開く。フェリの後に続く形で、部屋の中に入った。


 中ではフェリが待ち受けていた。その目は「遅い!」と強く語っている。


「フェリさん。私は食事をしに外に出かけますが、フェリさんはどうします」


 玄関脇にキャリーケージを置いた伸忠は言うのだが、反応は大体想像できている。伸忠の行動パターンをフェリは把握済みであるから、もし行動を共にするつもりであるなら、車から降りないはずだった。降りたということは「部屋にいる」ということ。だから、想像通り、近寄ってきて、伸忠の足をタシタシと叩き、何かを催促して来る。


「了解です」


 催促に従って、アルファロークの魔石を取り出すと、サッと奪い取られる。そして、部屋の奥に設置してあるキャットタワーの最上部まで一気に駆け上がって行って、カリカリとかじり始めた。


「では、行ってきますね」


と伸忠は声を掛けるも、返事はない。仮にあったとしても、耳にしているノイズキャンセリングイヤホンによって跳ね返される。だから、気に止めることなく、外に出た。


 外に出ると、待機していた車のシステムに、駐車場への移動とエンジンオフのスケジュールを入力する。東京ダンジョンからここまで車を使うほど離れてはなく、ザックを抱えていても歩きが可能な距離なのだが、車を使ったのは理由がある。


 それは、フェリがキャリーケージに入るのが嫌いだから。そして、ダンジョン内のモンスターを地上に連れ出すときには、必ず、逃げ出すことのない厳重なおりの中か、頑丈な金属製のキャリーケージに入れなければならない、と法律で定められている。フェリが入った部屋も逃げ出せないように、玄関の扉以外、外に繋がるところは全て封鎖。換気用ダクトには強固な金網が張られ、窓も開くことができないように処置がされている。


 そもそも、「ダンジョン」と呼ばれる巨大地下空間がこの世界に現れたのは20年前。世界各地にある日突然現れた。


 最初は、地下工事や地下水の影響による地盤沈下の一種と考えられた。でも、すぐに、今では「モンスター」と呼ぶ地上とは隔絶した生態系に属する生物の存在が明らかになって、世界がざわついた。


『ここから続く地下空間は一体何なのでしょう?!』


 動画配信者の姿を、伸忠は幼なかったながらも覚えている。警察によって封鎖された入口の前に集まり様子をうかがう野次馬の中で話していた。


 現れた当初は、好奇心が強かった。どうして、なぜ、どうやって、地下空間は現れたのか。その空間に棲む生物はなんなのか。


 多くの人は未知へのロマンをかき立てられた。


 しかし、好奇心は次第に恐怖に変わっていく。


 地下空間に入った人の多くが未帰還であることを知った時。遭難者を救出するべく捜索チームが結成され中に入ったものの、傷だらけになって半数だけが逃げ帰ってきた時。自衛隊の完全武装した隊員たちが装甲車を前面に押し出して進入したものの、壊滅した時。似たような光景は世界各地で見られた。


 そんな中でも、冷静な人々は問題の解決方法を探し求めていた。ダンジョンの中で銃火器を使うと、その音と火薬の燃えた匂いでモンスターたちが興奮状態になって押し寄せてくること。逆に、銃を使わずにナイフなどを使っていれば、モンスターは興奮しないこと。一部のモンスターは近寄っても攻撃してこないこと。地上に近い階層であれば、刃物だけで比較的安全にモンスターを倒せること。そうしたことが明らかにされていった。人々の恐怖には、ほとんど焼け石に水であったが。


 恐怖がピークに達したのは、ダンジョンからモンスターが大挙して地上に現れた時。それは、ブラジルアマゾンの奥地で未発見だったダンジョンから現れた。大量に出現したモンスターは人々に襲い掛かった。ニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。政府は軍に出動を命じ、多くの犠牲を払いながらもモンスターの掃討に成功した。でも、メディアは掃討に成功した事実よりも、モンスターの危険性、ダンジョンの危険性を強調して伝えた。


 恐怖におびえた人々は自分たちの政府に求め始めた。


「地下空間を完全に封鎖しろ! 我々の命を守れ!」

「地下空間を破壊しろ!」


 破壊を求める声に真っ先に応えたのはロシア政府だった。シベリアの奥地にあった未発見のダンジョンからモンスターが溢れたことをきっかけに、国内4か所にあった全てのダンジョンを破壊した。核兵器を使って。


「我々は危険な地下空間の破壊に成功した!」


 世界が核兵器の使用に賛否両論を渦巻かせる中、ロシア政府は堂々と国威を誇示してみせた。国民も喝采を持って応えた。


 でも、流れが変わったのはこの直後。


 1つの記者会見がアメリカで行われた。


「私たちは従来とは異なる全く画期的な薬の生成に成功しました。これはダンジョンから出現するモンスターを素材に使ったものです」


 その薬は「ポーション」と名付けられた。傷口にかけるだけで瞬時に治すことができる。飲めば病気も内臓の不具合も治すことができる。しかも、使う素材をダンジョンの奥深くのモンスターに変えると効果がアップする、それこそ不治の病でも致命傷の傷でも治せる究極の万能薬「エリクサー」の可能性すら示唆した。


 このきっかけを作ったのは、


「この地下空間って『ダンジョン』じゃね? なら、ここから『ポーション』も作れるんじゃ……」


と考えた日本の1人のオタク。考えるだけではない、行動力ガン積みでもあった彼は、管理が厳重な日本のダンジョンではなく、一般人でも入りやすいアメリカに飛んだ。そして、現地のオタクたちを糾合きゅうごうして、わずか1年でポーションを作り上げてみせた。


 最初に協力した、巻き込まれたとも言う、研究者で医薬品メーカーの幹部だったオタクは、


「クレイジーだ」


と言い、人間相手の最初の臨床試験を行った医師のオタクは、


「魂を悪魔に売り渡したつもりだった」


とも述べた。最初のオタクと3人で共同受賞したノーベル生理学・医学賞の授賞式スピーチで口にした言葉だ。


 さらに、別のグループが、モンスターのみが体内に持つ石、「魔石」と呼ばれていた、をカートリッジに加工すると一次電池として使えることに気が付いた。


「これは究極のエコだ!」

「新しいエネルギー革命の始まりだ!」


 基本の仕組みは簡単。魔石を砕いて容器に詰めるだけ。モンスターの種類や魔石の大きさなどで、電池の出来、つまり電圧、容量、出力密度が変わるのだが、試行錯誤を進めた結果、一般的に使う乾電池から産業用の高エネルギー高出力の電池としても使えるようになった。中身の魔石は使っているうちに窒素78%、酸素20.9%、アルゴン0.9%、二酸化炭素0.03%で構成された気体に変化していく。地球の大気とほぼ同じだ。なぜ、地球の大気と同じなのかは解明されていない。でも、電気を取り出すために化石燃料は欠片も使わない。容器も新しい魔石を詰めれば再利用できる。


 こうなると、恐怖は欲望によって塗りつぶされてしまう。「エリクサー」の可能性とエネルギー革命開始の狼煙は、世界各地でダンジョンの探索ラッシュを引き起こした。


 けれど、闇雲に中に入って、一獲千金を得られるわけではない。


「穴掘り」「モグラ」 「死肉漁り」「ハイエナ」


 恐怖に囚われ欲望を蔑む人々から見下され、強い差別をされることもあった。ダンジョンで簡単に命を散らしてしまうことからも、社会全般のイメージも悪かった。


 それでも、ダンジョンに関わる人たちの知恵と努力と血が積み重なって、次第に、ダンジョンの中に入る「探索者」の質が向上し、彼らへのサポート体制も整えられていった。ダンジョンから得られる物の種類も質も量も向上してきた。


 ――この流れの中の末端に、自分「探索者」石引伸忠もいる。


 抱えていたザックをフェリが入った部屋の隣の部屋に置くと、腕の通信端末を操作する。行きつけの居酒屋の空席状況の確認と予約を行う。


 外に出て、5分と歩かないうちに、行きつけの「居酒屋までま」の入口に立っていた。入口の脇には「ダンジョンジビエあります」と書かれた立て看板が出ている。


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