闇(ひかり)魔法

 講師が決まるまでの時間も無駄にできない、ということで俺たちは書庫へやってきた。


 ユルグノア家にある書庫はそこまで大きくないながらもそれなりの蔵書数がある。

 その理由は長男のミハエルがあまり体が強くなかったが、その分とても賢く本を読むことが多かったために両親がたくさん本を買い与えていたのだ。


 特にジャンルも決めずに適当に買い与えていたために本の種類は千差万別。


 当然ながら魔法の本もいくつかあった。



「アル、来たんだね。あれっ、そっちの子は?」

「えっと……」



 ルッカがなんて言えばいいのかわからずに俺とミハエルの顔を見比べていた。



「こいつはルッカだ」

「は、はじめまして。ルッカと言います」

「これはこれは可愛らしい子から挨拶をしてもらえるなんて光栄だね。僕はミハエル。この書庫の司書をしてるよ」

「そ、そうなのですね!?」

「いや、ミハエル兄さんは長男で、いずれはこの領地を受け継ぐ人だ」

「えっ!? そ、それはすごい人なのですね」

「いやいや、それは優秀な二人の弟に任せるよ。僕は本が読めたらそれでいいからね」



 話ながらもその視線は自ずと本へと向いていた。



「ミハエル兄さん、魔法の本はどこにしまってあったかな?」

「全部?」

「いや、初級だけでいい」

「わかったよ。少し待っててくれ。今持ってくるよ」



 そういうとミハエルは本棚の方へ向かう。

 そして、すぐにいくつかの本を見繕ってくれる。



「初級ならこの辺りかな?」

「助かったよ。ありがとう」

「いやいや、気にしなくていいよ。それよりもまた議論バトルを……」

「それはまた今度。俺たちは部屋に戻るから」

「うん、またね。アルとえっと魔族のルッカちゃん」

「っ!?」



 ルッカが深々と耳フードを被り、俺はミハエルを睨みつける。



「嫌だなぁ、別に取って食おうとしてるわけじゃないよ? でも頭の角とそれを隠す耳フード。耳は尖ってなくしっぽもない。それでいて魔力は大きい。それを鑑みると魔族かなって想像できるでしょ?」



 どうやらミハエルは今のルッカの見た目や状況だけで彼女を魔族だと言い当ててしまったようだった。



「兄さん、このことは……」

「あっ、そうだね。そのローブを着てるってことは正体を隠してるってことだもんね。ごめんね。つい気になったことは言いたくなっちゃって……」



 今度こそミハエルは手を振って見送ってくれるので、俺たちは書庫を後にして中庭へと向かうのだった。




 ◇◆◇

(ルッカ視点)



「アル様、ごめんなさい。私、正体がバレて……」



 中庭に付くと思わず謝ってしまう。

 色々と正体がバレないようにしてくれたのにこうもあっさりバレてしまい、申し訳なく思ってしまったからだった。



「いや、気にするな。元々いつまでも隠し通せることではないからな」

「で、でも、正体がバレたらアル様に迷惑が……」

「迷惑? そんなもの気にしてないぞ? それよりもこれから魔法の訓練を始めていくぞ」

「……魔法」



 思わず顔を伏せる。

 ルッカ自身色々な属性魔法を試したのだが、使える属性は一つもなかったのだ。



「私、魔法は使えなくて……」

「そんなことないだろ? ルッカには類まれなる回復魔法の才能があるはずだ」

「で、でも……。えっ、回復魔法?」



 驚きのあまり声を上げてしまう。

 魔族なら子供でも知っていることだ。

 基本的に魔族は負の魔力方面に強いために聖魔法や回復魔法は使えない。


 だからこそそっちの魔法は試していなかったのだ。

 でも、アル様は確信しているかのように言ってくる。



「魔法って相手を攻撃するものじゃないの?」

「いや、それだけが魔法じゃないだろ?」

「で、でも、魔族の私が回復魔法なんて……」

「一度試してみるといい。ルッカには回復魔法の才能がある。俺を信じろ!」

「は、はいっ……」



 ルッカは目を閉じて大きく深呼吸をする。


“失敗したらどうしよう。アル様に捨てられるんじゃ”


 そう考えると尻込みをしてしまう。

 恐怖のあまり肩を震わせているとそんなときにそっと手が置かれる。



“大丈夫だ。絶対にできる”



 そう言ってるかのように安心できる感覚。

 そのおかげで体の震えは止まっていた。


 自分のことだと信じられないが、アル様がいうのなら信用できる。

 アル様ができると言っているのだから絶対にできる。

 ううん、やらないといけない。


 強い決心の下、目を開けるとルッカは回復魔法の呪文を唱える。



「ヒール!!」



 その瞬間に今まで望んでも全然発動しなかった体から魔力が放出される感覚に見舞われて、突き出した手からは白い光が放たれる。


 光は瞬く間にルッカを包み込むと温かく優しい気持ちになる。



「あ、アル様、こ、これって……」

「あぁ、成功したじゃないか。よくやったな、ルッカ」



 アル様は嬉しそうに頭を撫でてくれる。

 彼がいなければ魔法を使えるようになることは絶対になかった。


 いくら感謝してもし足りない。


 体の底から熱くなるのを感じ、目からはとめどなく涙が流れる。

 嗄れ声のまま、“ありがとう、アル様”というのが精いっぱいだった。



 ◇◆◇




 ようやく泣き止んだルッカは思い出したように聞いてくる。



「そういえばアル様はどんな魔法が使えるの?」

「俺か? そうだな……」



 一応勇者である俺は基本属性と光属性にかなり高い適性を持っている。

 特に光属性は他の髄を許さないほどである。


 しかし、黒幕が光って印象はあまりない。

 だからこそここでルッカに見せる魔法は……。



「よし、それなら試しに使ってやる。見ていろ」

「はいっ」



 ルッカが興味深そうに俺のことを見ている。


 光と闇は表裏一体。

 闇がなければ光はなく、また光がなければ闇もない。

 つまり、光属性を持っている俺は闇属性も使えてしかるべきである。


 周りの音すらも聞こえないほどに集中をして脳裏で詠唱を唱える。



すべてを照らす極光ダークホール



 詠唱と呪文名が一致しないのは使っているのが光属性の魔法だからに他ならない。

 ただし、あまりにもまばゆい光は対象に思わず目を閉じさせる。


 その結果待ち受けているのは目を閉じたことによる暗闇の世界である。


 つまり、闇属性に違いない。

 うん。

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