特訓

 さすがに魔族であるルッカを匿うには両親の承諾が必要だった。

 泣きつかれたルッカが眠ってしまったのを確認すると俺は、母親マリーエルの部屋を訪ねていた。



「お母様、頼みたいことがあるのですけど……」

「アルくんの頼みならママ、何でも叶えちゃいますよ」

「実は……えっ?」



 内容を話す前に承諾されてしまい、さすがの俺も困惑してしまう。

 その隙を突かれてマリーエルに抱きしめられてしまう。



「まだ何も言ってないですよ?」

「アルくんのことは何でも分かりますよ。あの連れて帰ってきた子のことですよね?」



 あまりにも堂々と連れて帰ってきたものだからすでに事情を知られているようだった。

 服もメイドに頼んで着替えさせていたし、そちらから聞いた可能性もある。


 俺が首を縦に振るのを見るとマリーエルは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「あいつをこの家に住まわせたいのだけど」

「もちろん構いませんよ。アルくん専属のメイド、とかでいいかしら?」



 あまりにもとんとん拍子に話が進むものだから思わず聞いてしまう。



「お父様に話しをしなくてもよろしいのですか?」

「大丈夫ですよ。あの人には私から話しておきますからね」

「ありがとうございます、お母様」



 マリーエルに対してお礼を言うが、やや不服そうな顔を見せていた。



「ほらっ、もう一声。“大好きだよ、ママ”って。なんだったら頬にチュッてしてくれても……」



 欲望が駄々洩れのマリーエルの腕から逃れる。



「あまり長居してもお母様の迷惑になりますので、そろそろ失礼します」

「もう、アルくんは照れちゃって」



 満面の笑みで手を振って見送るマリーエル。

 部屋を出たあと、俺は肝心なことを言い忘れていたことを思い出す。



「そういえばあいつが魔族だって言ってないけどよかったのか? いや、この家に置く承諾はもらった以上、これ以上蒸し返すのも良くないか」




 ◇◇◇




 翌日から早速ルッカに対する黒幕の使いまおう教育を始めることにした。



「えっと、アル様? こんなに良くしてもらってていいの?」



 ルッカはうつむき加減で不安そうにしている。

 その服は姉であるリエリーが昔来ていたお下がりである。



「そうだな。その角は念のために隠した方が良さそうか?」

「私の話、聞いてないよね?」

「ちゃんと聞いてるぞ? そのうえで聞き流してるから安心しろ」

「それって全然安心できないよ!?」



 騒ぐルッカを無視して今日の予定を考える。


 回復職ヒーラーである彼女にはその力を高める杖などが合うだろう。

 それにマントや服も用意して……。


 瞬く間に雰囲気だけ魔王になりそうである。


 形から入れば自然とその自覚が生まれるだろうからな。



「よし、今日はまず服を仕立ててもらってから杖を買いに行くぞ!」

「私、お金は持ってない……」

「安心しろ。金ならある」



 マリーエルからもらった金貨を使わずにそのまま残してある。

 魔王役ルッカのためならば必要経費だろう。



「こ、これもらうなんてできないよ」

「必要なことだからしてるだけだ。気にするな」



 特にルッカは魔族でありながらお世辞にも迫力はない。

 だからこそまず見た目をなんとかするのが先決であった。



「気になるけど、良くしてもらってる私が言うことじゃないよね。それにアル様はどうせ遠慮しても聞いてくれない……よね?」

「そんなことないぞ。話くらいなら聞いてやる」

「その上でスルーするんだよね」

「もちろんだ」

「それは聞いてないのと同じなんだよ……」



 ため息を吐くルッカ。



「それよりもほらっ、行くぞ」



 俺が手を差し伸べると先ほどまでの拗ねていた表情とは一転して、笑顔を見せてくるのだった。




◇◇◇




 街へと行くとまずはユルグノア家御用達の服飾士を尋ねる。



「これはこれはアルトゥール様、本日はどのような御用でしょうか?」

「こいつの服とマント……、できたらフード付きがいいな。それを適当に見繕ってくれないか?」

「あわわっ、アル様。ここ、すっごく高いですよ。私には無相応ですよ」



 値札を見てしまったルッカは目を回して面白い踊りを踊っていた。



「あいつは変わった奴だからな。言うことは無視してくれ」

「流石に好みくらいは聞きますよ。アルトゥール様のご要望はありますか?」

魔王役こいつに似合えば何でもいいぞ」

「かしこまりました。それは腕がなりますね。では採寸から始めましょうか」

「わ、私はその辺に転がってる布でいいですよぉ……」



 ルッカの小柄な体を持ち上げた服飾士は楽しそうに笑みを浮かべながら奥へと入っていく。

 しばらくするとツヤツヤした顔の服飾士とぐったりしたルッカが戻ってくる。



「私、もうお嫁に行けないよ……」

「安心しろ。その時は……」

「あっ、そうだよね。私は半身って……」

「誰か探してやる」

「そんなのいらないよ!?」



 お気に召さない回答だったのか、ルッカは不機嫌そうに俺のことを叩いてくるのだった。



「ところで……」



 ルッカが着ている服を見る。


 白い耳ハード付きのローブ。


 銀色の髪も相待ってその姿はもはやちびっ子聖女そのものである。

 とてもじゃないが魔王には見えない。



「我ながら完璧な仕事をしましたね」

「……いや、これは」

ツノわけありのようでしたから、なるべく正体を隠せるように印象が真逆の服装を選んでみました。このフードをつけている間は“隠密”効果も出る優れものですよ」



 見た目は確かに魔王らしくないが、確かにルッカが生活をする上で必要なものではあった。

 それに確かにルッカには似合っている。

 その点からも服飾士は完璧な仕事をしてくれたのだろう。



「えへへっ」



 ルッカもどこか嬉しそうにしている。

 魔王役をさせるときにはまた別の服を準備したらいいだけだな。

 


「それでいくらだ?」

「こちらは最高の魔布を使っておりまして、金貨一枚ですね」



 その値段を聞いた瞬間にルッカの動きが固まった。

 限定的な条件があるとはいえスキルが付与されている装備。値が張るのは当然であった。



「あわわっ、き、金貨一枚を着て……、これでどれだけお肉食べれるか……」



 混乱しながらその場でルッカが服を脱ごうとする。それを押さえると俺は服飾士に金貨一枚渡す。



「これでいいな?」

「ありがとうございます。ちょうどいただきました」

「……い、いいの? こんなに高いもの……」

「必要なものだろう? このくらい安いものだ」



 ただ杖を買うだけの金がなくなってしまった。

 いや、基本的に杖は魔石を取り付けたものが一般的である。


 この魔石は大小あるものの基本的には魔物から取れるものである。


 どちらにしても特訓して鍛える必要はあるのだからそのついでに素材集めをすればいいだけだな。



「アル様……、笑顔が怖いよ?」

「なんでもない。ただ良い方法が思いついただけだ」

「そ、そうなんだ。良かったね」

「あぁ、そういうわけで街の外へ行くぞ」

「うん。……えっと、何をしに行くのかな?」



 ルッカが引き攣った笑みを浮かべる。



「もちろん魔物狩りだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る