追放されし隻角の姫

 魔王の娘に生まれながらも隻角しか持たず、小さい角しか持っていなかったルッカ。


 角の大きさが魔族としての強さを表すと言われ、見えるかどうかわからないほどの大きさの角しかないルッカは魔族としては最弱。

 力はまるでなく、魔法も一切放てない。


 唯一のパラメーターが魔王の娘であったことなのだが、むしろそれが足かせになっていく。



“魔王様の娘なのにスライムより弱いぞ”

“魔法も放てないなんて本当に魔王様の娘なのかしら?”

“魔族の面汚しめ!!”



 初めは目で訴えられていただけなのだが、次第に陰口で言われるようになり、最終的にはルッカの姿を見た瞬間にわざわざ嘲笑を浮かべ、わざと口に出すようになっていた。


 道を歩いていると石をぶつけられたことも何度もあった。

 魔法が飛んでくることもあった。


 大けがをして泣きながら帰ると“なんで反撃をしないのだ! この出来損ないめ!”と両親に更に追い打ちをかける日々を送っていた。


 もはや自分が何のために生きているのかすらわからない。

 そんなことが続いたとある日、ルッカはたまたま寝られなくて魔王城の中を歩いていると両親の声が聞こえてくる。

 扉を少し開け覗いてみると薄暗い部屋の中で両親が深刻そうな面持ちで話し合っていた。



「あの子はきっと私たちの子供じゃないのよ」

「確かに我らの子があんなに弱いはずないな」

「それならあの子はいなかったことにしましょう」

「魔族領から追放した後、魔物に襲われたことにでもするか?」

「それがいいですね」



 自分を殺そうとしている話を聞いたルッカは真っ青になり、立っている感覚がなくなっていた。



“どうして……。どうして……。どうして……”



 その言葉が脳裏を反芻していた。

 その時に父である魔王と目が合う。



「誰だ!!」



 鋭く威圧的な言葉がルッカに放たれる。

 そのおかげで硬直していた体が動くようになり、ルッカはその場から立ち去っていた。


 そのまま部屋に戻ると布団を被り、全身を震わせていた。



“どうしよう。どうしよう。このままここにいたら殺されてしまう。でも、どこに逃げる?”



 魔王城はすべて魔王の支配下にある。

 当然ながら城での出来事はすべて魔王の耳に入る。

 つまりこの城に隠れる場所などないのだ。


 かといって城下町も同様である。

 むしろルッカは虐めてもよい、という暗黙の了解があるのか、城にいる時よりも命が危うくなる。



“町を……出る?”



 最弱の魔物と言われるスライムですら負けるルッカである。

 当然ながら生きて街の外を歩けるなんて思ってもいない。

 しかし、隠れるように暮らしていたルッカはそれなりに逃げ足には自信があった。


 場所さえ決めていたらどうにか逃げ切れるかもしれない。


 そう考えたルッカはいまだ震える体に鞭打って、少ない私物をカバンに詰めると寝巻であるワンピース一枚のまま逃亡を図ろうとする。


 ただ先ほどの覗き見のせいで廊下には兵が巡回している。


 逃げられる場所は……窓しかなかった。



「……ごくりっ」



 窓から外を見て思わず息をのむ。


 暗い夜空。

 下を見ても暗闇で地面が見えない。


 更に覗き込むだけで風に煽られて飛ばされそうになる。



“殺されるくらいなら……”



 覚悟を決めるとルッカは持っていた服や布団、カーテンなどをすべて使い、長い布のロープを作り上げる。

 そして、部屋の扉が開かないように椅子などを置いた後、ロープを窓際に括り付ける。


 どうしても恐怖の方が打ち勝ってしまうのだが、それでも覚悟を決めてロープを降りていく。


 部屋の高さ的には三階くらいだったのだろう。

 何とか地面に足をつけたルッカは恐怖で足が竦んでしまってその場に座り込んでしまう。


 するとそんな時に自分に向けて手持ちランプの灯を向けられる。



「こんなところでどうしたのですか、ルッカ様」



 声を掛けてきたのは巡回兵。

 優しい声の後ろに別の感情が見え隠れしている。



“きっとこの兵士さんは私をお父様に差し出すつもりなんだ……”



 ゆっくり近づいてくる兵士にルッカは後ろへ後ずさる。



「大丈夫ですよ。もう怖くないですから」



 手を差し伸べてくる兵士の口元が吊り上がったように見えた。

 じりじりと詰められていくルッカ。

 その時に手元に一塊の土が溜まっていることに気づく。


 ついに目の前まで兵士が来てしまった瞬間、ルッカは迷うことなくその土を兵士の目を目掛けて投げつけていた。



「な、なにを……!?」



 不意を突かれた兵は目を押さえ、何とか土を払おうとしている。

 その間にルッカは走って逃げていく。


 町の外の漆黒を目指して……。




 ◇◇◇




 無事に逃げおおせたルッカ。

 ほどなくして魔王から“娘は町から追放した”という声明が出され、魔族領に居場所がなくなってしまう。


 そして、流れ着いた先がユルグノア領にある街であった。


 もちろんそこにもルッカの居場所はない。

 人間の街で魔族であるルッカが歓迎されるはずもなく、孤児のごとく生活を送っていた。


 生きているかどうかわからない日々。

 次第にルッカの瞳から光が消えていき、生きる気力すらなくなっていく。


 そんな時に突然現れたのは整った服装をした少年であった。

 それなりに整った顔立ちをしており、肩ほどまで伸ばした黒髪と大きく見開いた丸い瞳。

 驚きのあまり口は開きっぱなしになっている。



“どうして私なんかを見ているのだろう……。も、もしかしてバレた!?”



 そう考えた瞬間に少年は大声を上げる。



「いたぁぁぁ!!」

「……っ!?」



 ルッカはその声に驚き、その場から飛び上がると逃げ始める。

 正体がバレた魔族の行く末は決まっている。


 痛めつけられ、拷問され、実験に使われ、最後には魔族ともしれないほどに切り刻まれて殺されるのだ。


 当然ながら黙ってそんな未来を許容するつもりはない。

 それじゃあ、何のために命からがら魔王城から逃げてきたのかわからない。


 碌に食事をとっていないルッカの体力はほとんどなく、少し逃げただけで体がふらつき、そのまま倒れてしまう。

 それでも必死に逃げようとするが、無理をしたせいか、ルッカはそのまま気を失ってしまったのだった。




 ◇◇◇




 目が覚めると広い部屋に置かれた柔らかい布団に寝かされていた。



「ここは……?」



 部屋のレイアウトとしては魔王城と似ているのだが、この部屋はまるで希望に満ちているかの如く明るい。

 しっかりと日の光が入るように計算されて作られているのだろう。

 その明るさからルッカは天国にでも来たのかとイメージしてしまった。


 まぶしくて狭くなった視界だから気づくのが遅れてしまったのだろう。

 よくみるとルッカのベッドの傍に声を上げてきた少年が眠っていた。

 そこでようやくここが現実で、自分がこの少年によって寝かされていたことに気づく。


 よく見ると服装もボロボロの服から綺麗な服に変えられており、思わず顔を紅潮させる。



「んっ……、起きたか?」



 少年が目を覚ますが、まだまだ眠そうに眼を擦りながら聞いてくる。



「どうして……」

「……?」

「どうして私をここに?」

「流石に倒れていた子は放っておかないぞ?」



 屈託のない笑みを見せてくる。

 その姿に一瞬信じかけたルッカは裏切られ続けた過去を思い出して言う。



「そうじゃなくて……。わ、私が魔族だってことはわかってるんだよね?」



 髪に隠れている控えめな角を見せるが、少年は笑顔のままだった。



「もちろんだ」

「ならどうして!?」

魔族きみを探していた。魔王役はんしんたる君を!」



 少年が手を差し出してくる。

 嘘のないまっすぐとした瞳で。


 なぜかその瞳に吸い込まれるようにルッカの視線も少年をまっすぐ見る。

 すると、再び笑みを見せてきて頷いて見せる。


 殺そうとしたらいくらでも殺せたはず。

 それをしなかったということは少なくとも自分を殺す気はない。少しは信用してもいいはず。それに……。


 今までろくに望まれたことがなかったルッカ。

 初めての出来事に戸惑いながらもなぜか嫌な気がしなかった。


 迷いがそのまま出てしまい、少し出した手をすぐに引っ込めてしまう。

 ただそれが自分の下は戻ってくることなく、少年にがっちりと握られてしまう。



「わ、私はその……」

「大丈夫、俺に任せてくれ」

「は、はいっ」



 ルッカが頷くと今まで我慢してきた涙がとめどなく溢れ出てくる。

 それでも悲しんでると思われたくなくてルッカは笑みを絶やさないのだった。

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