仮の魔王候補

 まずやるべきことは“黒幕”である魔王を倒すことである。


 その理由なのだが、魔王が率いる魔族がまず滅ぼすのがここユルグノア領なのである。

 家族や領民がみな魔族によって殺されるのだが、主人公だけが姉の手で隠し部屋に隠され生き残り、滅びた故郷を見て魔族やそれを率いている黒幕に復讐を誓うところから物語は始まる。


 それがちょうど原作開始の三年前である。

 つまりあと二年でこの領地は滅ぼされてしまうのだ。


 王女ぶたとの結婚がなければその前に魔王を倒して終わり。

 領地も滅びることなく家族みな無事でハッピーエンドを迎えればいいだけの話だったのだが、今回は事情が変わっていた。


 ただ黒幕を倒すだけではバッドエンドを迎えてしまう。

 その前に俺が黒幕とすげ変わる必要があるのだ。


 それと黒幕として君臨するうえで考えなければいけないことがもう一つある。


 それは“家族の処遇”である。


 弱小とはいえ王国貴族の三男が世界を滅ぼそうとしている黒幕である、なんてことが知られてしまっては家族が罰せられるだろう。


 悪役ものならば両親や兄弟と仲が悪いものも多いが、ユルグノア家の家族仲は良好であった。


 ほとんど仕事でいない父は帰ってくるときには大量のお土産を持ってくる。

 優しい母は十歳になった今でも共に風呂に入ろうとしたり、一緒に寝ようとしたりしてくる。


 更に兄弟たちも末っ子である俺がかわいいのか、何かにつけて共に行動しようとしてくる。


 長男のミハエルはあまり体が強くないのだが、その代わりによく書庫に誘ってきて二人で黙々と本を読んでいる。

 次男のユーキリスは元気いっぱいで毎日のように訓練に誘ってくる。力差は考慮されないが一応怪我をしたらすごく心配してくれる。

 長女のリエリーは見つかるとずっと抱きついてくる。お人形のように思っているのだろう。


 ここまでしてくれる彼らが黒幕となった俺のために処刑されることは避けたい。


 そうなると普段黒幕として姿を見せるのは俺じゃない方が良さそうだ。

 俺の意をくんで魔王役をしてくれる魔族。


 まずはそういう人材を探し出すところから始めるべきかもしれない。



「……そんなやつ、簡単に見つからないよな」



 絶対条件である魔族。

 それがすごく難しい。


 そもそも魔族は基本的に魔力が濃い暗黒大陸に住んでいる、とされている。


 ほとんど大陸から出てこない上に身体能力も魔力も高い強敵である。

 さらに人族のことを毛嫌いしていると言われている。

 逆に人族からも迫害の対象として見られているが。


 そんな相手がポッと街の中を歩ているなんてまず考えられない。

 とはいえ、まずは町の中を歩いてみないことには人なんて探しようがない。

 もしかすると魔族について知っている人がいるかもしれない。


 結局俺は一度街を散策してみることにしたのだった。




 ◇◇◇




 まず最初に母親であるマリーエルに一人で街を見て回りたい、と頼んでみる。

 すると、マリーエルは顔を真っ青にして口に手を当てて泣き出しそうになっていた。



「な、なぜですか!? そんなにこの家にいたくないのですか!?」



 家出するとでも勘違いされたのだろうか?

 家出の“い”の字も出していないと思うが。



「だから違いますよ。少し街の中を見て回りたいだけです。気分転換に買い物でもしようかなと思っただけですよ」

「そ、そういうことなのですね。わかりました」



 そう言いながら俺に抱き着いて放そうとしないマリーエル。



「夕方には戻ってきますから」

「……わかりました。ではこれがお小遣いです」



 ようやく離れてくれたマリーエルが渡してきたのは大量の金貨が入った布の小袋だった。



「ちょっと待ってください! さすがにこれは多すぎます」

「で、ですが、アルくんの欲しい物があった時に買えなかったら大変ですから……」

「子供の散歩ですよ。金貨一枚でも多いくらいです!!」



 金貨一枚でだいたい百万円くらいの価値がある。

 平民ならそうそう使うことのない貨幣だが、そこは弱小とはいえ貴族家である。

 そこそこの金は持っていてもおかしくなかった。


 ただそんな大金をポンっと渡してこないでほしい。



「わ、わかりました。では金貨一枚……、いえ二枚……、や、やっぱり十枚くらい……」

「一枚だけもらっていきます」

「待って、アルくん。やっぱり私も……」

「では行ってきます!」



 泣き崩れるフリをするマリーエルから流れるように俺は街へと向かうのだった。




◇◇◇




 館を出てきたのは良いが、やはり魔族の情報なんてそう簡単に見つからない。


 詩人のお兄さんが魔王の物語を歌ってくれたのが唯一とも言える。


 こんな時に役に立つのがゲームでの確かだが、滅ぶ国の前の情報なんて持っているはずがない。


 そもそも人が同じ位置にいるなんてあり得ないことでもある。

 そんなことを考えながら街の中を歩いているとと路地裏に座りこんでいる少女と目が合う。


 ボサボサに伸びた銀髪は地面につくほど長く、彼女の目すらも隠している。

 孤児なのだろう。ボロボロの服装をきているが、その上からでもわかるほど痩せ細っている。

 ほとんど隠れてしまって見えないが、たまに蒼い瞳が見え、顔も土で汚れているが比較的整った顔立ちをしていた。


 更にこれが一番大事なことなのだが、頭の左の方に髪でほとんど隠れてはいるが、小さな突起物が見えていた。


 魔族の象徴たる二本角。

 そこに魔力を貯めるために長く立派な角がある方がより強く高貴な魔族と言われていた。


 一本しかなくほとんど見えないほどに小さい角だが、可能性としては捨てきれない。



 まだだ。慌てるな

 そもそもこんなところに魔族がいるはずがない。それは俺自身が言ったことだろう?


 確かに魔族が住む暗黒大陸から近い位置にある領地ではあるし、そのせいもあり一番最初に滅ぼされるのだが、まさか魔族が移り住んでいるなんてことがあるはずがない。


 そんなことを思いながらも俺は勇者特権である他人の能力を見る“鑑定”を発動させるのだった。



名前:ルッカ・アルバーナ

種族:魔族

称号:追放されし隻角の姫

レベル:1

力:G(1) [E]

守:G(1) [E]

速:F(13) [A]

魔:E(21) [S]

スキル:『回復特化:EX』



 間違いなく彼女は魔族だった。

 そのことに嬉しくて俺は思わず声を上げる。



「いたぁぁぁぁ!!」

「っ!?」



 突然の大声に少女はビクッと肩を振るわせ、涙目になりながら、その場から逃げ去っていくのだった。

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