第15話 想い

 一階のリビングで私は床に座っていた。


 ソファに座る気力がなかったのだ。


 その理由は──。


 私は祖国に返還されることになったから。

 返還という言葉に少し違和感がある。

 私はモノなのだろうか。


 ジオルド王国が我が祖国に要求を突っぱねていることは王に知らされる前から精霊を介して知っていた。


 そして私のせいで軋轢が生まれ、貿易に支障がきたしていることも。


 もう私のここでの役目はないに等しいため、早々に返還してくれても良かった。


 そうすれば国民が苦しむこともない。

 私なんかのために。


 ……。

 …………。

 けれど、私は、ここにいたい。


 わがままだけど。

 私は帰りたくない。


 あの国では独り。

 ずっと。


 ここに来なければこのような想いはしなかった。

 温もりを知らなければ、私は孤独に耐えていた。


 だけど、もう無理だ。

 人との関係の温もりを知った私には……。


「ティアナ!」


 肩を掴まれ、名前を呼ばれて私は意識を戻す。


「大丈夫か?」

「アデル様、どうしてここに?」

「用があってな。ノックしてもドアが開かないから、勝手ながら入らせてもらった」

「いえ、こちらこそ、すみません。ノックに気付きませんでした」


 私は立ち上がろうとしましたが、少しよろけてしまいます。


 それをアデル様が支えてくれました。


「すみません」


 駄目だ。甘えては。このままだと孤独に耐えれなくなる。


 なんとかしてアデル様を遠ざけようと押すのですが、力が入りません。


「飯は食べたのか?」

「はい」


 食べたという記憶はある。

 でも、それはいつの?


 考えていると体が返答した。

 そう。お腹が鳴ったのだ。


(と、殿方の前ではしたない)


 私は恥ずかしくて、顔が赤くなる。


「食べてないのか?」

「……はい」

「台所から何か食べれる物を持ってくる。貴女はそこに座っていてくれ」


 そしてアデル様は台所へと消えていきました。


 しばらくしてアデル様はフルーツをいくつか持って戻ってきました。


「ほら」

「ありがとうございます」


 私は蜜柑を受け取り、皮をめくって一房食べます。


「で、どうした? 体の調子が悪いのか?」

「いえ。そうではありません。ちょっと、お食事をするのを忘れたと言いますか。その……」


 祖国へ戻ることがショックだったとは言えません。


「熱はあるか?」


 そう言って、アデル様は私の前髪をかき上げて、なんと自身の額を合わせてきました。


(はわわっ!)


 お美しい顔が目の前に。それに吐息が!


 駄目だ。私のような者の息を王子様の顔に吹きかけては。

 そんなことを考えたためか私は息を止めます。


 すると苦しくなり、顔をも赤くなります。


「熱は……少しあるか?」

「いえ、あの、それはアデル様のお顔が近いからで……」

「っと、すまない。つい身内にするようなことを」


 アデル様は急いで額を離して、距離を取ります。

 少し残念なような気もします。


(って! 私は何を考えているのですか。はしたない!)


 邪な考えを払拭しようと頭を振ります。


「どうした?」

「あっ、いえ、何でもありません。本当に」


 私は目を逸らして答える。そして残りの蜜柑にも手をつけ始める。


「アデル様は先程身内にするようなことと仰りましたが。それは私も身内とお考えで?」

「ああ」

 さも当然のようにアデル様は即答した。

「では、私がその、祖国に帰るとなると、その、ええと、どう感じますか?」

 私はしどろもどろに尋ねる。

「寂しい」


 これまた即答され、私は驚き、反射的にアデル様の目を見つめます。

 綺麗でまっすぐなその目は嘘なのでこれっぽちもない清廉さをたたえていました。


「今回の件、聞いたな?」

「はい」


 私は俯いて返答した。


「すまない。でも、我々は貴女のことを──」

「知っております。色々としてくれていることを。でも、それのせいで国同士の関係が悪化していることも」

「ティアナ、聞いてくれる」


 アデル様が私の手を握る。

 あまりにも突然のことで私は驚きました。


「まだ決まったわけではない。サネガル地区のメイガス村跡地にて、まず話し合いが行われる。そこで……決まる」


 最後の言葉を発するのが苦しいのか、アデル様は顔を下に向けました。


「そうですか。アデル様はお気になさらず」

「貴女はどうなんだ?」


 アデル様が顔を上げて問う。


「どうとは?」

「ここに残りたいか?」


 その質問はずるい。

 だって、そんなの決まってること。


 私は返答しようと口を開くのだが──。


「これは私のエゴだ。私は貴女にはここに残ってもらいたい」


 先に思わぬ言葉が紡がれた。


「私……残っても?」

「ああ」


 手が強く握られた。熱くて優しい体温が手によって伝わる。


「ありがとうございます」

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