第14話 国書【アデル・マークライト】

 ドアがノックされ、私は返事をした。

 部下が執務室に入ってきた。


「コルデア王国から国書が届いております」

「……ご苦労」


 私が国書を受け取ると部下は一礼した後、部屋を出て行った。

 国書は王に宛てたものだが、父からはまずはお前が開封して、中を確かめろと言われている。

 私はコルデア王国からの国書を開封して、中を確かめる。


 たった一枚の紙が入っていた。


 わざわざ一枚のために国書として送るとは一体何のことだろうか。


 ぱっと頭に浮かんだのはティアナのことだった。

 だが、すぐにかぶりを振る。ティアナのことで何かを言ってくるとは考えられない。


 なら次は貿易関係か。しかし、それなら分厚い国書だろう。


 考えても埒があかないので、私はコルデア王国からの国書を読んでみた。


(なっ!)


 私は国書内容に憤慨した。


  ◯


 父である王の執務室をノックするとすぐに返事があり、私はドアを開けて父の元へ早足で向かう。

 父は奥の机で仕事をしていて、書類を読んでいた。


「どうした? アデル?」

「コルデア王国からこんな国書が届きました!」


 私は国書の紙一枚を父の机の上に叩き置く。


「なんだ?」


 父は紙を掴み、読み始める。訝しげだった顔から不快感が生まれる。


「……なんということだ」

「これはおかしいでしょ?」

「ああ、確かにこれはおかしい」


 父は椅子の背もたれに体を預けて、息を吐く。


「ティアナを返せとはまた……」


 そして父は目を瞑り、眉間を揉む。


 国書には未亡人となったティアナの送還を要求の旨が書かれていた。


「送還か」

「少し言葉が悪いですね」


 送還だとまるで不法入国もしくら我が国で何らかの違法を行ったコルデア王国の者を送り帰すという意味に捉えかねない。


「どうしますか?」

「こちらも国書を届ける。内容は『送還はしない』とな」


  ◯


 だが、国書を届けてから、コルデア王国が高い関税を課してきた。

 それに我がジオルド王国も輸入をストップさせた。

 たとえ相手が工業国であれど、資源力でいうならこちらが上。資源がなければ作ることはできない。

 するとまたしてもコルデア王国が貿易面で圧をかけてきた。


  ◯


「ど、どうするのですか? このままでは我が国は今年大変な痛手となります」


 産業大臣が狼狽えながら父に聞く。


 今は閣僚会議で王である父と私、そして各大臣達が席についている。


 会議内容はコルデア王国のこと。


 我々は資源を断ち切れば先に根を上げるのは向こうと踏んでいたが、コルデア王国はまるでこうなることを見越していて、蓄えをしていたようだ。


「このままではこちらが困窮します。もしそうなれば攻めこられてしまうと……」


 外務大臣が防衛大臣をちらりと見る。


「負けますな」

「しかし、攻め込まれるいわれは……」

「理由なんていくつもあるでしょう」


 産業大臣の言葉を外務大臣が口を挟んで止める。


「ここは向こうの要求を飲むべきでは?」

「ティアナを返すと?」


 私は外務大臣に聞く。


「そうするしかないのでは?」

「しかし、向こうがどうして返還を要求しているのかその真意が……」

「貸したものを返せということでしょう?」


 私は外務大臣を睨む。外務大臣はそれを無視して話を続ける。


「コルデア王国にとってティアナ嬢の件はこちらに恩を売るという、ただそれだけのことでしょう」

「それでなぜ返せと?」

「彼女はこちらの情報によると向こうの国では妾腹の子でないがしろにされていたのでしょう? つまり未亡人で戻ってきてもなんの痛手もないということ」

「戻す必要はないのでは?」


 外務大臣は溜め息をつき、「そうですね。でも、向こうが返せと要求しているなら、そうするのがベストなのでは? 王はどのようにお考えで?」


 それはまるで私との論争は建設的ではないため、捨て置こうという言い方だ。


「実は先日、コルデア王国から国書が届いてな」


 父は大臣達ではなく、私に対して言った。


「えっ!?」

「サネガル地区のメイガス村跡地で引き渡しを願うとあってな」

「サネガル地区のメイガス村!?」


 そこはクリスが残した資料に出てきた村名。


「どうした? あの地は互いに領有権を主張しているから引き渡し場所としてちょうど良いと思うのだが」

「来る時は引き渡し場所なんてありましたか? 直接ここへ来たでしょ?」

「知らん。だが、我が国としてもここでの引き渡し場所は都合が良い」

「確かにこちら側が、かの地で返還したとなれば領有権の主張にもなりますし……って、待ってください。返還の話に進んでませんか?」


 しかも大臣達は誰も驚かないし、口を挟まない。

 どうやらこのことを知っていなかった私だけということか。


「父もティアナ返還には反対していたではないですか?」

「そうだ。だが、そうも言ってられなくなった。それにこれはティアナにもすでに了承済みだ」

「なっ!?」

「当事者が知らないのもおかしいだろ」

「だからって」


 私はあまりも情けなくて俯いた。


「まあ、待て。別に何も本当に返還するわけではない」

「王よ!?」


 驚いた外務大臣が身を乗り出す。

 それを父は手で座れと命じる。

 外務大臣はしぶしぶ腰を落とす。


「今のところ、返還の形で進んではいる。だが、こちらとしての面子メンツもある。返還理由をきちんと聞くという場を設けるようにと伝えている」

「つまりサネガルで話し合いをと?」

「そうだ。もしそれで納得出来ぬなら戻ってくるがよい」


 と言って、父は最後に笑みを浮かべた。

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