第11話 客人②

 ドアがノックされ、私は席を立つ。


 また客人だなんて珍しい。


 ドアを開けると、なんとそこにいたのはアデル様でした。


 急いで来たのか息は弾み、頬は上気し、額豆粒の汗が。

 どこか色っぽくて、私はドキッとして言葉を逸してました。


「ここにエルザは来てるか?」

「はい」

「中に入るぞ」


 そう言ってアデル様は屋敷の中へと進んでいきます。


 そしてエルザ様を見つけ、「エ──」大きく怒鳴り声を上げようとしたところで、メリッサ様に気づいて口を閉ざし、「エルザ、心配したんだぞ」と落ち着いた声を出しました。


「ご、ごめんなさい」


 エルザ様は申し訳なさそう俯いて謝罪します。


「ここには来るなと言ったろ」

「あら、どうして駄目なのかしら?」


 メリッサ様が間に入る。


「どうしてって、それは……」

「ティアナに会うのは駄目ってこと?」

「それは別に問題はない。ただ、その、なんだ、独りでここに来るのはやめてもらいたい。急にいなくなると焦る」


 アデル様は苦虫を潰したような顔つきで話す。


「良かったわね。遊びに来てもいいらしいわよ」

「うん」


 エルザ様が嬉しそうに返事をする。


「ただし! ちゃんと伺う時は私かメイドに言うように! 勝手なことは許さないからな」


 アデル様が強く言いつけました。


「うん。わかった。ちゃんと言う」


 無邪気に返事をされ、アデル様は少し溜め息をつきました。


「さて、そろそろ私も帰りましょうか」


 メリッサ様は席を立ちました。


「実は明日の昼、ここを経とうと思うの」

「でしたら……」

「お見送りはいいわよ」


 そう言って、メリッサ様は屋敷を出ます。


「ああは言っているが、本当は見送りに来てほしいんだよ」


 アデル様はこっそり私に耳打ちをします。

 そしてエルザ様の手を繋いで、外へ出ます。


「またね」

「ええ。お待ちしております」


 私はエルザ様に向け、手を振ります。


  ◯


 アデル様達が帰ってしばらくしてからまた誰かが屋敷にやってきました。

 ドアがノックされ、私は玄関へ向かう。


 一体誰でしょう?


「はい。なんでしょうか?」


 私はドアを開け、応対する。


 まずきらきらと流れる銀髪と黄水晶シトリンの瞳が目に入りました。


 そう──やって来たのは第4王女アリーゼ様でした。


「ごきげんよう」

「はい。ごきげんようです。どうぞ中へ」


 私はアリーゼ様を屋敷の中へと入れる。

 先程、メリッサ様が使用されたソファへアリーゼ様を座らせ、私はメリッサ様から貰った茶葉で紅茶を淹れる。


「どうぞ」

「ありがとう」


 アリーゼ様はカップを持ち、紅茶を一口飲む。

 なんでしょう。

 メリッサ様やアデル様と同じ優雅さのある飲み方ですが、アリーゼ様はどこか神聖……という神秘性があります。


「それで今日は何用でしょうか?」


 アリーゼ様は紅茶のカップをソーサーの上置き、「精霊の話」と言いました。


「精霊の話ですか?」

「前に教えてくれると言ったでしょう?」

「はい。そうでしたね」


 前回にそのような約束をアリーゼ様と交わした。


「その前に貴女は精霊が使えるとか?」

「使えるというか、お願いしてもらっているという感じです」

「どんな形?」

「えっと丸いです。光の玉です」


 私は親指と人差し指で輪を作る。


「そんなに小さいの? 人型とかでなくて?」


 アリーゼ様は少し眉をお下げになられました。


「聞いたところによると父の精霊は人型らしいですね」


 聞いたところというのは私自身が父の精霊を見たことがないからです。あくまで伝聞で聞いたものなのです。


「お父上だけなのですか? 精霊を使えるのは?」

「元々精霊は一族の中で王家を継ぎし者のみが精霊継承を受けるのです」

「では? 貴女はどうして精霊を?」

「実は……私のは所謂いわゆるなのです」

「アク? 悪いという意味の?」

「いえいえ、料理とかの灰汁アク抜きのアクです」

「あまり料理はしないので……ええと、茹でた時に取るやつですよね? 苦味とかえぐみの?」

「はい。そうです。王家も他の貴族と血を交わることで、どこかで負の血が入ってしまうのです。それで精霊も異質になり、その異質を取り除くために灰汁アク抜きが行われるのです。私の母が王との子を身籠ったにも関わらず、私を産んだのもこの灰汁アク抜きがあったからなんです」

「なんともまあ……」


 あまり感情を露わにしないアリーゼ様もこの話には信じられないという不快の顔をなされた。


「ですので私の精霊は小さくて丸いのです。で、でも、これでも立派な精霊で色んなことが出来るんですよ」

「そのようね」


 と、アリーゼ様は静かな笑みを向ける。


「それで精霊について伝承は何かご存知で?」

「私が知っているのは代々コルデア王国から伝わるものです」

「勇者キリシュタリア伝説ね」

「はい。勇者キリシュタリアが精霊の加護により、魔王ダラスを倒したという伝説です」

「勇者キリシュタリアの話はこの国でもあるわ。たぶん他の国でもいくつかあるでしょうね」


 遥か昔、勇者キリシュタリアは魔王を倒すため世界を旅したとか。そのため立ち寄った国々に勇者キリシュタリアの伝説が今でも残っている。


「そしてこの勇者キリシュタリアが我が国の開祖と言われています」

「ええ。ゆえに教会や他国があまり強く出られないとか」


 伝説の最後では勇者キリシュタリアは東の地で国を興したと言われている。

 その国が私の故郷であるコルデア王国となるらしい。らしいというのは他の国々が認めていないということ。勇者キリシュタリア伝説はあくまでお伽話などの伝説であり史実ではないというのが通説である。


 しかし、世界各地に存在する伝説、遺跡などから勇者キリシュタリアの存在説は濃厚ではないかとされている。

 そういったことで教会や他の国々はコルデア王国の主張を肯定も否定も出来ないため、コルデア王国に対して外交面ではあまり強くは出られないらしい。


「ですので『精霊の伝承=勇者キリシュタリア伝説』なのです」

「ではサネガル地区では?」


 サネガル地区。我が故郷コルデア王国とここジオルド王国が領有権を争っている地区だ。そして、その地でクリス様の体に異変があったのではと考えられている地である。


「確か……伝説の最後あたりで、夜に勇者キリシュタリアが彼の地で眠っていると夢に精霊が現れて、東へと進むと約束の地があり、そこへ向かえと仰っられたとか」

「約束の地。それが今のコルデア王国ですね」

「はい」


 そのためコルデア王国では宣旨を受けた地と考え、ジオルド王国では、ここは約束の地ではないためコルデア王国領ではないとし、我が国の領土と主張している。


「そういえばサネガル地区では龍の伝承があったとか?」

「ええ。第3王子が白き龍と共に邪神を倒したという話です」

「第3王子?」


 クリス様も第3王子。さらに白い龍。私の夢につい最近現れたの白い龍。ここで引っかからないのは無理というもの。


「はい。そして伝承では第3王子はサネガルで亡くなったらしいのです。以降、第3王子を大切にと伝えられているようです」

「もしかしてそれがオリーブの祝福ですか?」


 しかし、アリーゼ様は首を横に振る。


「いいえ。私もオリーブの祝福とサネガルの伝承を結びつけようとしたのですが……」

「駄目だったのですか?」

「オリーブの祝福というは別の伝承が起源であり、サネガルとは関係ありません。それにサネガル地区の伝承が王都へ知れ渡ったのはつい最近の話」


 確かクリス様がサネガル地区へ向かった理由の一つが伝承の調査だったとか。


「つまりオリーブの祝福と第3王子が結びついたのはサネガルの伝承が原因ではないと?」

「はい。調査に向かったクリスお兄様もそう仰ってました」


 アリーゼ様は膝上で両手を握る。


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