第10話 客人①

「すまないな。アリーゼがあれこれ聞いて」


 部屋を出た後、廊下でアデル様が謝罪をしてきた。


「構いませんよ。私も龍の伝承についてあれこれ聞いて、すみません」

「……龍の伝承か」


 アデル様の瞳に影が差し込む。


「アデル様?」

「あ、いや、なんでもない。なんとなく気になってな。こっちでも龍の伝承について調べてみよう」


  ◯


 あれから3日後のこと第1王女メリッサ様が屋敷に訪れました。


「ごきげんよう」

「いらっしゃいませ」

「ごめんなさいね。急に」

「いえいえ」


 私がお茶を出そうとしたのですが、メリッサ様が美味しい茶葉を手に入れたとかで、メイドにお茶を淹れさせた。


「美味しいです」


 味もそうだが、香りも良かった。美味しい茶葉というのは本当のことだったようです。


「よかったわ」

「それで今日は何用で?」


 メリッサ様はカップをソーサーの上に置いた。そして少し間を置いて、口を開く。


「クリスの最後は……穏やかだったかしら?」

「はい。最後は安らかにお眠りなられました」


 それは嘘でもあり本当でもある。

 クリス様は急変し、苦しんで亡くなられた。ただ、最後は私に礼を言って、微笑んでお亡くなりになられた。

 だから、私の返答は嘘でもあり本当でもある。


「……そう。良かった。良かったわ」


 メリッサ様は自身に言い聞かせるように呟く。


「私は最後を見届けることは出来なかったけど、貴女がいてくれて助かったわ」

「いえ、私は何のお役にも立てませんでした」

「そんなことはないわ。話は皆から聞いてるわ。この屋敷の邪気を取り除いたり、クリスの世話をしてくれたのでしょ?」

「それだけです」


 私は自身の無力さに悔しくて俯く。

 メリッサ様は私の隣に座り、「それだけで結構なの」と私の手を握ってくれた。


「ありがとうございます」


 そしてメリッサ様はハンカチで私の頬を撫でた。

 なんだろうと不思議に思っていたら、どうやら私は涙を流していたようだ。


  ◯


「おや!」


 私の屋敷の外にいた精霊が屋敷近くに人物を見つけ、私に報告にしに来た。

 その人物に私は驚いた。


「どうしたの?」

「いえ、精霊がエルザ様がドアの前にいると伝えてきたのです」

「エルザが?」

「はい」


 私は立ち上がり、玄関へと向かう。その私の後をメリッサ様が続く。

 ドアを開けるとエルザ様がいた。

 そのエルザ様は胸の前で両手を握り、私と目が合うと戸惑ったように目を逸らす。


「エルザ様、どうかしたのですか?」

「その、ちょっと」


 エルザ様は俯きつつ答える。


「とりあえず、中でお話ししましょう」


 私はエルザ様を屋敷の中へと誘う。

 エルザ様は私の後ろにいたメリッサ様に気づくと軽くお辞儀をした。

 私はリビングでエルザ様をソファに座らせ、尋ねる。


「お一人で来られたのですか?」

「……うん」


 エルザ様はまだ私とは目を合わせてはくれず、スカートを両手で握って頷く。


「アデルが心配するわよ」


 と、メリッサ様が注意する。


「でも、お父様はここに来るなって」


 エルザ様は少し涙ぐんでおっしゃる。

 喧嘩でもしたのでしょうか。


 そこへメリッサ様のメイドが茶菓子と紅茶を持ってきて、テーブルに置いた。


「さあ、紅茶を飲んで落ち着きなさい」


 メリッサ様に言われ、エルザ様はカップの紅茶を飲む。


「どう? 美味しい?」

「わからない」


 子供のエルザ様にはまだ紅茶の味は早かったようだ。


「なら、クッキーをどうぞ」


 次にエルザ様はクッキーを頬張る。

 これには好感が持てたようで、エルザ様の頬が少し緩んだ。


「アデルがここに行ってはいけないと言ったということは、貴女はここに来たかったの?」

「うん。クリスに会いに。……クリスは……ここにはいないの? 箱に入ってたよね? どこかに行ったの? お母様とおなじところ?」


 その純真な言葉に私は胸が苦しくなりました。

 なんて言葉を返せばよろしいのでしょうか。


 それはメリッサ様も同じのようで、悲しい目をしておりました。けれどすぐに慈しみを讃えた目でエルザ様の問いにお答えします。


「クリスはね、少し遠くに行ったの?」

「いつ帰ってくるの? 帰って来れないの?」

「大丈夫。クリスが彼女を置きっぱなしにしないでしょ?」


 メリッサ様は視線を私に向ける。エルザ様もこちらへと「本当なの?」という目を向ける。

 私は一度ぐっと唇を結んですから、唇を開きます。


「ええ。いつか帰ってきます」


 罪悪感で胸が締め付けらる。でも、この幼子のために嘘をつかなくてはいけません。


「ね。言ったでしょ?」

「うん」

「でも、時々でいいからクリスのことを思い出してね」

「思い出す?」


 どういうこととエルザ様が小首を傾げる。


「思い出してあげないとクリスが可哀想でしょ?」

「わかった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る