第7話 新生活③

 メイドの2人が夕食を作っている間、私はクリス様の移動の手助けをしていました。


「次、階段ですが、大丈夫ですか?」


 私はクリス様に肩を貸して聞く。


「平気だよ」


 と、クリス様は言うが、一歩進むたびにどこか苦しそうだった。


 階段を下りて、食堂に入る。

 ダイニングはキッチンに近く、クリス様がいらしゃると呪いの影響がメイドの2人に及ぶと考えたからです。

 クリス様を椅子に座らせ、私はキッチンに向かいます。


「料理は出来ましたか?」

「まずこちらを」

「出来次第、ドアをノックさせていただきます」

「分かりました」


 私は食材が載った皿を受け取り、食堂に戻ります。

 メイド2人にはなるべくクリス様に近づかせないように皿は私が運ぶことに。


「クリス様、お持ちいたしました」

「ありがとう」


  ◯


「──ということがあってね。その時の兄さんの顔といったら面白かったんだよ」

「まあ、ぜひ私も見てみたかったです」

「いつか見れるといいね」


 夕食は楽しく行われた。

 クリス様のお話は宮廷の裏事情や貴族間のパーティーや恋バナなどと、普段では知り得ない面白い話でして。


 対して私はというと──。


「──ということが我が国の下町では流行っていたんです」

「へえ。そうなんだ。それは興味深い」


 生憎と私は平凡な生活だったため、私ができる話なんて日常の話程度。こっそりと下町に出て、買い物をしたり、母と共に祭りを見に行ったりとか。

 それでもクリス様には下町の話は面白かったらしく、楽しんで聞かれておられました。


  ◯


 その夜、私は変な夢を見ました。

 闇の中、白いドラゴンが弱々しく、うずくまっていた。

 その白いドラゴンがこちらに向けて鎌首をもたげました。


「……あなたは?」


 どうしてか私は白いドラゴンに話しかけました。話が通じると思ったのです。

 しかしドラゴンは明後日の方向を見て、私を無視します。


「ここはどこ?」


 私が近づくとドラゴンは吠えました。

 私は驚き、尻餅をつきます。


「どうしてあなた、そんなに怒っているの?」


 ドラゴンは何も言わずに、じっと私を睨みます。


「私にどうしろというの?」


 ここに精霊がいたならば、精霊の力で何か分かるかもしれない。

 けれど、今はいない。

 夢だから。


 でも、どうしてこんな夢を?

 それにどうしてもこれはただの夢とは言い切れない。


 私は生まれてこの方、ドラゴンを見たこともない。それなのどうしてこんなにも本物らしいのか?


「ねえ?」


 声をかけるとドラゴンが先程とは違う、大気を震わす、大きな咆哮をして、私は遠くへと吹き飛ばされました。


  ◯


 翌日、エルザ様がまた訪れてきました。手にはまたお花が。


「エルザ様、またお一人で?」

「うん」


 エルザ様は元気よく返事をした。


「クリスに会える?」


 悩みました。


 なるべく人には会わせないようにと考えていたのですが、こんな小さな子が2度も花を持って、伺ってきたのです。


(少しくらいなら)


 精霊の力で撒き散る呪いを打ち消せば問題はないはずですし。


「少しだけですよ」

「やったー!」


 私はエルザ様の手を握り、屋敷へと案内する。


  ◯


「クリス様、失礼します」


 私はドアをノックして中に入る。


「エルザ様がいらっしゃいました」

「エルザが? やあ、久しぶり。大きくなったね」

「クリス、久しぶり。元気。私はお花を持ってきたの」


 エルザ様は手に持つ花をクリス様に手渡す。


「ありがとう。エルザ。昨日も持ってきてくれたんだよね」

「うん。お花を見つけたの」

「エルザ様、こちらの席に」


 私は椅子を持ってきて、エルザ様を座らせる。


 その後、エルザ様はここ最近城内であったことを喋った。それにクリス様は優しく相槌を打つ。


 なんという微笑ましい光景でしょうか。

 この慈愛に満ち溢れた空間を私は見守りました。


「──でねでね」

「エルザ、何をしている」


 そこへ凛とした声音が部屋に響く。

 エルザ様は肩をびくつかせ、声の方に振り向く。

 ドアにアデル様がおられました。


「お、お父様」


 エルザ様はアデル様の登場でびくつき、俯きました。


「勝手にここへは来るなと言ったろう」

「ごめんなさい」

「兄さん、そんなに怒らないで。エルザは僕の見舞いに来たんだ」


 アデル様は視線を下げて、溜め息をつきました。


「エルザ、今度からはここへ行く時はちゃんと言うんだ。城の者もお前がいなくなって心配しているんだぞ。昨日だって──」

「兄さん、もうそれくらい……グッ!」

「クリス様!」

「大丈夫。ちょっと、喉を詰まらせただけだよ」


 そうは言うものの、顔に火照り、額には小さな汗が。


「おやすみしましょう」

「うん。エルザ、ごめんね」

「ううん。いいの。お大事にね」


 エルザ様はアデル様に連れられて部屋を出ます。

 私はクリス様の汗を拭き取ってから、部屋を出ました。


 廊下にアデル様がいて、


「容体は悪いのか?」

「いえ、ちょっとお疲れのようで。たいしたことはありません」

「本当に大丈夫なの?」


 エルザ様が心配そうに聞く。


「大丈夫ですよ」


  ◯


 けれど容体は急変して、クリス様は2日後、鬼籍に入られました。

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