第2話 怒り①【アデル・マークライト】

 私、アデル・マークライトは激怒し、地面を踏むように歩いて、王の執務室へと入った。


「父よ! クリスの婚姻の件、どういうことですか!?」

「アデルよ。ノックもなしに入るな。無礼であろう」


 私は立ち止まり、一旦息を整え、心を落ち着かせる。そう。私は第1王子。いかなるときも第1王子としての振る舞いをしなくてはいけない。


「父よ。お聞かせください。クリスの婚姻の件はどういうことですか!?」


 我ながら全然落ち着いてなかった。


 父が深く息を吐く。


「クリスももういい歳だ。そろそろ婚約ぐらいはと考えだな」

「婚約ではなく婚姻でしょ?」


 私がそう言うと父は目を伏せる。


「婚約では遅かろう」

「……」


 たぶんは今の私は苦虫を潰した顔をしているだろう。


「婚約破棄となれば、慰謝料が発生しかねん。婚姻なら──」

「なら、婚姻などしなければいいではありませんか!」


 初めから婚約も婚姻もないなら問題は発生しない。


「だが、このままではあいつは独り身としてこの世を去る」

「いいではありませんか。独身貴族だっています」

「そいつらは籍を入れず愛人をたくさん作ってる奴だ。それに……」

「それに?」

「受け入れた第4王女は王家の力持つという。それならクリスのにもなるし、彼の国からの技術援助も……」

「王よ。お忘れですか?」


 私は机を叩き、父の言葉を中断させる。


「すみません。ただ、彼の国が過去に行ったことをお忘れですか?」


 かつて我が国ジオルド王国とコルデア王国との間で貿易摩擦があった。我が国で様々な部品を作らせ、それをコルデア王国は買い取り、自国内で部品から商品を作り、それを我が国に売っていた。

 その他にもお互いが領有権を主張する領土を話し合いの末、互いに土地開発を行うことになったら、違法に物資が流れる地になった。捜査をしようにも互いの取り決めが邪魔をする羽目になった。


「忘れてないさ。だからこそ向こうも反省の形として第4王女を差し出したのだろう」

「その第4王女が妾腹の王女だそうですよ」

「お前は妾腹だからといって差別するのか?」

「私はしませんよ。でも、彼の国では差別されているのでしょう?」


 話によると城から離れた屋敷で幽閉に近い扱いを受けているとか。


「だが、力を持っているのは確かだ」

「噂では微々たるものと聞きますが?」


 もし強い力なら彼の国が差し出すわけないだろう。


「ないよりはマシだろう」


 父はそう言って息を吐く。父としてもクリスのことで最大限な考慮をしてのことなのだろう。


「せめて私にも相談をしてくだされば……」


 勿論、相談を受けたとこらでクリスの件で妙案は生まれなかっただろう。


「お前はここ最近、エリスの一周忌のことで忙しかっただろ?」


 エリスとは我が亡き妻のこと。去年亡くなり、一周忌の儀式にあれこれと忙しかった。


「母と弟妹きょうだいは何と?」

「賛成はしてないが、納得はしている」


 そして父は長い息を吐く。


「もういいだろう」

「……失礼します」


 私も母達と同じ気持ちで執務室を出る。


  ◯


 そしてコルデア王国第4王女ティアナ・ガスティーヌがやって来た。


 応接室にて一目見た瞬間、我々は驚いた。

 王女と呼ぶにはあまりにも小さく、そして細い。

 これでは王女ではなく姫だ。


 いや、姫にしては服装も貧相。前にコルデア王国の王女にも会ったことがあるが、彼女達は煌びやかな宝石を身に纏っていた。

 今、目の前にいるティアナはそれらが何一つない。


 町娘と言われても誰も疑わないだろう。


 いや、もしかしたら、本当は姫ではなく町娘とか?

 我々は騙されているのではないか?


「コルデア王国から参りました。ティアナ・ガスティーヌです」

「あ、ああ、私はこの国の王トーマス・マークライト。こちらは我が妃、それから息子と娘、孫達だ」


 ティアナは我々に対して一礼する。


「それでクリス様は?」

「ん? クリスか? クリスは屋敷で療養中だ」

「そうですか」

「では、私がクリスのもとへご案内しましょう」


 第1王子として私が案内を申し出る。


「ありがとうございます」


 私はティアナと彼女の執事、使用人を連れ立って、応接室を出る。

 ティアナ達は一度、荷物を取りに馬車へと戻る。

 そして外で待っているとティアナが大きめのカバンを2つ浮かせてやって来た。


「それは精霊の力というやつか?」

「はい」


 ということは町娘ではなく本物の王女か。


「こっちだ」


 私は先頭を歩き、ティアナ達をクリスのいる屋敷へ案内する。


  ◯


 屋敷は城から離れた場所にあり、普段優雅に暮らしている王女なら根を上げるものだが、ティアナは汗をかくだけで根を上げなかった。


「ここだ」


 小さい屋敷。

 貴族が避暑地で使うような大きさ。

 唯一違うのは、屋敷周囲を包む


 まるでここだけ太陽の光が謎の天井により届かないように暗く、風の音も鳴り止んでいる。木々は恐れているかのように葉擦れを止み、動物達は本能からの導きにより、この地を避けている。


 私はちらりとティアナの様子を伺う。

 怖気付いただろうか。


 ティアナは目を見開き驚いていた。

 だが、その瞳には恐れはない。

 あるのはただ驚きのみ。


「……行くぞ」


 私が門をくぐり、屋敷へと向かうと部下が慌てて止めに入る。


「アデル様、お待ちを!」

「安心しろ。念のために護符は持ってきている。何かあったらすぐに出るさ」


 私は力強く前に進む。

 しっかりと意識を持って注意深くして動かないといけない。

 ここはそういうところ。


 ちらりと後ろを向くとティアナは臆することなく、後ろを歩く。けれどティアナの執事と使用人達は門前で立ち止まっている。



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