6話

 それからさらに歩き続けること30分。


 通路の影から巨大な鳥のようなモンスターの群れが現れる。


「「「アッアッオーーーウ!!」」」


 この日、これで20回目となる戦闘だ。


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[モンスター名]

グリオーク


[危険度]

C級


[タイプ]

巨鳥型


[ステータス]

Lv. 30

HP 2900/2900


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 敵集団は漆黒の翼をダンジョンの通路いっぱいまで広げており、尖った爪は鮮血のような真っ赤だ。

 複数の黄色い瞳がギョロっとこちらへ向けられ、その目からは深い怒りと悲しみの感情が滲んでいるように感じられる。


 危険度はC級。

 これまで戦ってきた敵の中でも強そうな相手だったが、フェルンは顔色ひとつ変えない。


 『光の書』を手元に出現させると、流れるような動作で魔法陣を立ち上げる。

 その動きには一切の無駄がない。


「悠久の時を超えて継承される遥か星辰の輝き、聖なる法則を具現せよ――光魔法レベル6〈星霊光芒ブリリアントハイロゥ〉」


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[魔法名]

星霊光芒


[魔法レベル/属性]

レベル6/光-攻撃


[必要MQ]

180以上


[魔力消費]

330


[効果]

敵全体に命中率の高い中ダメージの光属性攻撃。

高密度の力場を展開し、熾烈な光の刃で全方位に攻撃を浴びせる。


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「「「アッオゥアッオゥ~~!?」」」


 荒れ狂う光の刃が一瞬のうちにグリオークの群れを切り刻む。

 敵は木っ端みじんに砕け散り、あとには残骸だけがその場に残った。


「さすがお見事です、フェルンさん」


 ぱちぱちと手を叩いてゲントは拍手を送る。

 その芸術的な神業を見て、そうせずにはいられない。


「ありがとう」


 フェルンは魔術師のローブを振り払いながら礼を口にする。


 本来ならば、40歳のおっさんが自分の娘でもおかしくない年齢の少女に何度も助けられているという構図はなんともマヌケなわけだが、ゲントは純粋にフェルンの強さに感動していた。


 ひとりで歩きはじめたところで、ふとフェルンが立ち止まる。


「・・・っと。もう出発しちゃうけど平気だったかい?」


「まだまだ大丈夫ですよ。どんどん先へ進みましょう」


 そう強がるゲントだったが、実はさっきから足腰にけっこう来ていたりする。


 普段は自宅マンションと会社を行き来するくらいで、休日は銀助・虎松とまったり自宅で寛いでいることが多い。

 最近だと歳なのか、電車の乗り換えや階段の上り下りがけっこうしんどかったりする。


 さすがにアラフォーのおっさんと10代の若い女の子では体力がぜんぜん違う。

 だからこそ、気にかけてくれるフェルンのその言葉がゲントは素直に嬉しかった。


「悪いね。つい癖で。いつもはひとりで行動してるから。他の人とこうして長い時間一緒にいること自体久しぶりなんだよ」


 なんだか意外だ、とゲントは思った。


(これだけすごいんだからパーティーとかでも引っ張りだこだろうに)


 ひとりで行動しているのにはなにか理由があるのかもしれなかった。


「歩くのが疲れてきたらいつでも言ってね」


「わかりました」


 ゲントが頷くのを確認すると、フェルンは前を向いて歩きはじめようとする。


 だが、その時。


(!)


 シュピーーン!


 突如、2人の体は眩い光に包まれてしまう。






 そのまま淡い光がおさまると、ゲントとフェルンは今しがたまでとはまったく異なる通路の上に立っていた。


 素早く『補助の書』を手元に呼び出すと、フェルンは探索の魔法を唱えてダンジョンの構造を確認する。


「・・・すまない。どうやらまたべつのダンジョンに移ってしまったようだ」


 彼女は首を横に振りながら、申し訳なさそうに謝った。


「フェルンさんのせいじゃないですよ」


「いや。ぜったいにここから出すなんて言っておいて、まだ出口が見つけられていない私の責任だ」


 実は先ほどからこんな風にして、少し通路を進むたびに光に包まれて、べつのダンジョンに移動しているなんてことを2人は繰り返していた。


「こんな状況になっているのも、そもそも私が間違えてキミを召喚してしまったことが原因だから」


「それなんですけど・・・さっきからずっと言おうと思ってて。たぶん、女神さまが間違えて送っちゃったのが原因なんだと思います」


「女神さま・・・だって?」


 聞き慣れない言葉を耳にしたのだろう。

 フェルンは目をぱちくりとさせている。

 

 一瞬本当のことを話そうか迷うゲントだったが、思いきってそれを打ち明けることに。


「俺、もともと日本っていう国にいて。それで女神さまに送られてこの世界へとやって来たんです」


「なんだろう・・・どこかで聞いたことがあるような・・・」


 そこでフェルンはポンと手を叩く。


「あ、そうだ! クロノの伝記にそんな逸話が書かれていたはずだよ。彼がニホンと呼ばれる場所から来たって」


「クロノ?」


 聞き覚えのある名前だった。

 すぐにゲントは思い出す。


(あ・・・そうか。あのゲームの主人公の名前だ)


 中学時代、夢中になってプレイしていたとあるゲームのことをゲントは思い出していた。

 時空を越える壮大な冒険を描くそのRPGは未だに根強いファンが多い。


 どことなくその名前にゲントは親近感を抱いた。 


「クロノっていうのは、今から1000年ほど前にここフィフネルに召喚された賢者のことさ」


 聖暦1005年。

 当時のフィフネルは混沌の真っただ中にあったのだという。


 そんな世界を危惧した有識者たちが『召喚の書』を使い、救世主を呼び出すことに成功する。

 この時、召喚されたのが賢者クロノだったようだ。


「召喚された当時、彼の年齢は12歳だったみたいだね」


「12歳って・・・そんなに若かったんですか」


「ゲント君のいた世界ではどうなのか分からないけど、私たちの世界だと15歳が成人の年齢だからね。だから、そこまで驚くことでもないんだよ」


 それにしても12歳というのはゲントにとって衝撃だった。

 40歳であれこれ言いながら、この異世界へとやって来た自分がとたんに恥ずかしくなる。


 当時のクロノの魔力総量は、なんと1億7115万7789。

 最初からとんでもない才能の持ち主だったようだ。


(フェルンさんのおよそ32倍の力を誇っていた計算だな。すごい・・・)


 それだけでもクロノが規格外のバケモノであったことが理解できる。


 彼はその圧倒的な力を駆使し、各地に散らばっていた旧約魔導書の12冊を手中に収めると、ラディオル大陸というフィフネル最大の大陸に五ノ国を建国する。


「これが今日まで続く五ノ国の起源なんだ」


「えっと・・・五ノ国というのは?」


「あぁ、そっか。キミは召喚された身だからわからなくて当然だよね。実はさっきまで私やゲント君がいたのは、『光の国ザンブレク』という国のお城の中だったんだよ」


「そうだったんですか」


 五ノ国は、その名のとおり五つの国から構成されているようだ。


 盟主国である『光の国ザンブレク』を取り囲むような形で、『火の国ロザリア』、『水の国ウォールード』、『風の国カンベル』、『雷の国ダルメキア』という4つの国が集まってできているのだという。


 五ノ国全体の人口は3000万人ほどで、東西300k、南北200kの範囲に五つの国がすっぽりとおさまるらしい。


 そのまわりには高さ50mもの巨大な外壁が張り巡らされているようだ。


 これはクロノがレベル10の創造魔法で作ったものだとフェルンは付け加える。


「そんな巨大なものが魔法で作れるとは驚きです」


「それだけじゃない。『物質の書』はほかにも建造物や各国の通貨など希少物を生み出すことができるんだよ。基本的にそれらのものには特殊な魔力が与えられている。外壁にしても同じだね。特殊な魔力によって乗り越えて外へ出ることはできなくなっているんだ」


 3000万もの人々が外壁の内側で生活しているが、特にこの1000年間、不自由はなかったのだという。

 

(ひとつの国の面積はだいたい東京23区ほどなのかな)


 とっさにゲントは頭の中で試算した。


 また、五ノ国では人々の出入りが禁止されているとの話だ。

 行商人などの正式な理由を持つ者でない限り、入国はできないようである。


 これは、特定の国に人々が固まることを避けるために定められていることらしい。


 そんな決まりもあって、これまでの1000年間、五ノ国はバランスを保ちながら共存してきたのだという。


(ほとんどの人は、生まれてから死ぬまで同じ国で過ごすんだな)


 五ノ国を建国したあと。


 クロノは成人を迎えると、ある女性と結婚し、立て続けに4人の子息に恵まれる。

 

 そして、聖暦1025年。


 子供たち全員が成人を迎え、五ノ国のそれぞれの国王となり、世界に秩序が戻ったのを確認すると。

 彼はふたたびこの世界へ戻ってくることを予言し、フィフネルから姿を消したのだという。


「クロノが世界に変革をもたらした20年間のことを人々は〝鳳天降臨ノ二十年〟と呼んで称えていたりするんだ」


「なんか想像してたよりも、先代の賢者さんは何十倍もすごくてめちゃくちゃ驚きました」


「それがクロノの偉業をはじめて耳にした者の正しい反応さ。私たちフィフネルの民にとっては当たり前すぎてあまり実感がないんだよ」


 賢者に対するハードルが一気に上がったように感じられる。


 期待が大きかった分、ニセモノが召喚されてグレン王もさぞ失望したことだろう。

 あれほど激怒していた意味も今ならゲントも理解できた。

 

(・・・にしても。こんな場所に閉じ込めるなんてやりすぎだ)


 自分だけならまだしも。

 こんな若い女の子を巻き込んだことに、ゲントは少し怒っていた。


「私はね。クロノのその予言を信じているんだ。フィフネルへふたたび戻ってくるっていう彼のその言葉を」


「ひょっとして、フェルンが召喚士として志願したのってそういう理由があったからなんですか?」


「もちろんそれもある。けど、私が志願したのはもっと個人的な理由でね」


「個人的な理由・・・ですか?」


「国王の望みを叶えるために協力したわけじゃないってことさ。グレン王には悪いけどね」


 そこでフェルンは一度言葉を区切ると、静かにこう続ける。


「私はどうしてもクロノを召喚したかった。いや・・・。召喚しなければならないんだ。それが私に課せられた使命だから」


 そのまま彼女はゆっくりと自らの過去について話しはじめた。

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