7話

 フェルンが生まれ育ったのは、『雷の国ダルメキア』辺境にあるザマゼンタという小さな村だったという。

 ザマゼンタ村は、魔力総量の高い者たちが各領から追い出される形で集まってできた村だった。


「ふつう魔力総量っていうのは遺伝するものなんだよ」


「そうなんですか?」


「うん。けど村に集まって来た多くの者は、親とは違って規格外の魔力総量をもって生まれてきた者が大半だった」

 

 彼らは[禁域の喪人アノニマス]と呼ばれ、変異種としてみなされている。


「[禁域の喪人]には、なにかよくないものが憑りついていると、一般的には考えられている。だからザマゼンタ村の者たちはまわりから忌み嫌われる存在だったんだ」


 なによりも。

 自分たちより魔力総量の高い者らが集まって暮らしているため、ダルメキアの領主たちが一番彼らを嫌っていたようだ。


 それがわかっていたからこそ。

 ザマゼンタ村の人々はまわりに迷惑をかけることなく、日々静かに暮らしていた。


「でも・・・。ある時、悲劇が起こった」


「悲劇・・・ですか?」


「想像も絶する恐ろしいことさ」


 それはフェルンが口にするように、まさに悲劇としか言いようがない。


 ダルメキアの領主のひとりがひそかに賊を雇い、村を全滅に追いやったのだ。


「村の者たちはまったく抵抗しなかった。そういう決まりがあったんだよ。〝決して他人に向けて力を行使してはならない〟っていう村の掟がね」


 ザマゼンタ村の人々は抵抗もせず、無残に死んでいったのだという。


 そんな中、幼かったフェルンは、生き残った数人の大人たちに守られるようにしてなんとか逃げのびたようだ。


「・・・」


 その話を聞いてゲントはしばらく言葉が出てこなかった。


 多くの仲間たちを目の前で殺されたという悲惨な過去を持つ彼女になんて言葉をかければいいのかわからなかったからだ。


(フェルンさんにそんな壮絶な過去があったなんて)


 けれど。

 場の空気が重くなるのを嫌ってか、フェルンは笑みを覗かせる。


「でもね? 私は賊や当時の領主に復讐したいっていう気持ちはないんだ。もちろん、その頃の私は幼くて、なにもできなかったっていう悔しい想いはあるよ。でも、それを復讐に結びつけるのは違う」


「村の掟があるからですか?」


「そうだね。村の者たちは掟を守って死んでいった。もし私が復讐を実行してしまえば、いったいみんながなんのために殺されたのかわからなくなるから。だから、私はぜったいにザマゼンタの掟は破らない。そう心に誓ってるんだよ」


 そのあと。


 フェルンは、生き残った数人の大人たちとともに、正体を隠しながら五ノ国を渡り歩いたのだという。


 本来、五ノ国は行き来できない決まりなのだが、魔力総量の高い彼らは、国境の目をかいくぐる魔法を使うことができた。


 そこまでして生きのびてきたのには理由がある。

 彼らの胸にあったのはある想いだったようだ。


「旧約第9巻『蘇生の書』。この書に記された魔法を使って、ザマゼンタの人々を生き返らせること。それが私たちの生きる目的になったんだ」


「『蘇生の書』・・・」


「名前を聞いてわかると思うけど、それは死んだ者を生き返らせる魔法が使えるんだよ。でも、この旧約魔導書は今フィフネルには存在しない」


 そこまで話を聞いてゲントはピンと来る。


「もしかして・・・クロノが持ち去ったんですか?」


「さすがゲント君。そのとおりだよ。ここまで話せばもうわかると思うけど、私がクロノを召喚したいのはこのためなんだ」

 

 クロノが持ち去った『蘇生の書』を使って仲間たちを生き返らせる。

 どうやらそれがフェルンが言っていた使命のようだ。


 けれど、今それを成し遂げようとしているのは、自分ひとりだけになってしまったとフェルンは口にする。


 一緒に生きのびた大人たちは志半ばで寿命を迎えて死んでしまう。

 

「いくら人よりも高い魔力総量を誇っていたとしても、魔力が減らないわけじゃないからね。むしろ魔力総量の高い者ほどその減少スピードは速いんだよ」


 30歳を迎える頃には、ほとんどの者は魔力が残っていない状態となる。


 これは[禁域の喪人]の者たちも例外ではない。

 人よりも魔力総量が高いからといって長生きできるわけではないのだ。


 そのあと。

 仲間を失ったフェルンは、彼らの意志を継いでひとりで旅を続けることに。


 この間、『学問の書』の魔法を使って独自に理論を学び、MQを高める努力をひたすら続けていたのだという。

 

 それから数年後。

 フェルンにチャンスが訪れる。


 ザンブレクに立ち寄った際、王都の広場の掲示板に張り出された貼り紙を見て、グレン王が召喚士を募集していることを知ったのだ。


「『召喚の書』は誰でも手元に呼び出すことができるわけだけど・・・。実はある理由があって個人では使うことができないんだ」


「ある理由?」


「このことは話すと少し長くなるから、また機会があったらそのタイミングで話すよ。とにかく『召喚の書』は個人では使えない。だから、召喚士募集のこの貼り紙はチャンスだと思ったんだ。私のMQは300になっていたからね。それだけあれば、『召喚の書』に記された上位魔法も使うことができるから」


 そのあと、運よくフェルンはグレン王に召喚士として選出される。

 これが彼女がここへ至るまでの経緯だったようだ。


 話を聞き終えて、ゲントの中にひとつの疑問が浮かぶ。

 

「ひとつ質問いいですか?」


「もちろんさ」


「なんでクロノは『蘇生の書』を持ち去ったんでしょう? 生き返らせる魔法なんかあれば、モンスターにやられて死んでしまった人とか、みんな救えると思うんですが」


 RPGでは蘇生の魔法は定番中の定番だ。

 だからこそなおさら、この異世界にそのような魔法が今存在しないことが不自然に思えた。


 フェルンは少し考える仕草を見せてからこう続ける。


「たぶんだけど・・・際限がなくなってしまうからだろうね」


「どういうことでしょう?」


「さっきは伝えるのを忘れてしまったけど、実は新約と旧約にはもうひとつ大きな違いがあるんだ。旧約魔導書の所有者は、魔力がいっさい減らなくなるんだよ」


「え・・・」


 〝魔力は歳を取るごとに減少していくもの〟


 そういう認識がゲントの頭の中にはすでに出来上がっていたため、その事実はかなり衝撃的なものだった。


「旧約を所有していれば魔力が減らないんですか?」


「そう。魔力が尽きて死ぬ心配がなくなる。それにいくらでも魔法が使えてしまう」


 そこでゲントはハッとする。

 

(そういうことか)


 グレン王は明らかに自分よりも年上だった、とゲントは振り返る。

 35歳を越えて生きている者が稀なこの世界において、グレン王もまた特異な存在と言えた。

 

 けれど、旧約魔導書を所有していれば魔力はいっさい減らないというのならば納得できる、とゲントは思う。


(グレン王があの歳でふつうに生きていられるのは、旧約を所有しているからなんだ) 


「当時、クロノのMQは1500を越えていたらしいからね。たぶん使えない魔法が存在しない。それだと無限に人々を甦らせることができてしまう。それは自然の摂理に反するからね。だから持ち去ったんだと思うよ」


「なるほど」


 この世界から持ち去っておけば、たとえ自分に匹敵する魔力総量やMQを持った者が現れたとしても使われる心配はない。

 フェルンの言うとおりクロノはそう考えて持ち去ったのだろう。


(そうやってクロノは日本へと帰っていったんだ)


 本来なら彼のような存在が異世界作品の主人公だ、とゲントは思う。

 チート級の才覚を発揮して世界を変革していくさまはまさにそれだからだ。


(12歳でこの世界にやって来て、そんな風に世界を変えたなんて本当にすごいな)


 ゲントが考えていた以上に先代の賢者はとんでもない偉人だった。


 同じように日本からこの異世界へとやって来たわけだが。

 自分なんかは、クロノに比べたら足元にも及ばないだろうとゲントは思った。

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