白騎士

 *


「結論から言うと、私達は助っ人を呼ぶことにしたわ」


 姉さんの指先を受け入れながら、僕は思わず、首を傾げてしまった。助っ人。なるほど。姉さんが? 誰かに助けを? 


「何を企んでいるの? もしかして、今回の事件を利用して誰かを陥れようと……」


「……どういう意味?」


 姉さんに思いっきり、頬を抓られる。不服そうな顔をするくらいなら、日頃の行いを改めてほしいものだが。


「姉さんが、助っ人を頼むような人物に、思い当たる節がない。姉さんは、いつだって他人を見下していて……」


「失礼ね。それと、お姉ちゃん、ね。……まあ、確かに、そう。私が手を組むに値する人類は少ないわ。けれど、全くいないわけじゃない」


 さて。凄く、嫌な予感がするので、今直ぐにでも此処から逃げ出したいのだが。僕は今、姉さんの膝の上に無情にも囚われている。終わりだ。


「白騎士を呼んだわ」


「……あぁ」


 まあ、そうだろうとは思ったのだが。白騎士。ホワイトライダー。支配の名。トライアンフ。姉さんが誰かを頼るとすれば、他の四騎士なのは間違いなく、そして、四騎士の中で比較的まともな人物と言えば、彼しかいない。


「あいつは今、ヴァイス・ルノワールを名乗っているみたい」


 ヴァイスルノワール。言うまでもなく、偽名だ。そもそも、ヴァイスはドイツ語で、ルノワールはフランス語である。彼が偽名を名乗るのは何時ものことで、というよりも、本名を名乗っているところを一度も聞いたことがない。人工知能達も、そして仕事仲間もその偽名を当然のように受け入れ流しているので、深く追求することも出来ない。


「僕、あの人、嫌いなんだけど……」


「でも、あいつは貴方のことが大好きみたいだけど」


 そうなのだ。不思議なことに。だけど僕はあの人が嫌いだ。理由? 極めて個人的な理由で。自分でもみっともないと分かっている。それでも、嫌いなのだ。


「まあ、貴方が嫌いでもいいのよ、別に。あいつは貴方のツンツンした態度でも満足出来る奴だから」


「……」


「日旦。貴方、あいつとデートしてきなさい」


 言うに事を欠いて、デートとは。どんな理由で、僕があの人とデートをしないといけないのか。だが、僕の不機嫌そうな顔にも、姉さんは動じなかった。僕の胸元に手を這わせ、意味ありげに、その先端に指を置く。


「いいじゃない。会えば、あの無駄にでかい胸と尻の秘訣を聞けるかもしれないわよ」


「! な、なにを……」


「気持ちは分からなくはないわよ? 確かに、あの体格と肉付きは、フェイにしては珍しいもの」


 白騎士は、フェイでありながら、その高い能力を人工知能達に買われている。尤も、四騎士がどのような存在で、どのような選出理由であるかを考えれば、当然ではある。姉さんと同じ。異なるストーリーラインで、世界を滅ぼしたもの。


 あらゆる意味で、白騎士は他のフェイとは隔絶している。特に。


「……僕は、別に……あんな下品な身体、羨ましくは……」


 体が。


「嘘ばっかり。女性向けの豊胸サプリメントの広告を、何時もじっと見詰めてる癖に」


 そんなことは断じてしていないし、胸が小さいことも、背が低いことも、そもそも、幼児体型であることも、くびれがないことも、臀部が小さいことも、腰が細いことも気にしてない。フェイの存在理由が繁殖の促進による少子化の解消であるのなら、何故、フェイの大半が幼い身体をしているのかだとか、そんなことに疑問と憤りを覚えてもいない。どうせなら、自分でも楽しめるような体付きだったならとか、そのくらいの役得は、とか。そんなことは、微塵も……


「……だって、ずるいじゃん」


「今、物凄い数の不満をその一言に押し込めなかった?」


 姉さんの指先が、とんとんと上下する度に、その接触点から溢れる熱が、電流となって腰を通り、下腹部へと集まっていく。小さな胸と幼児らしい微かに陥没した──


「……」


「まあまあ。可愛いんだから、いいじゃない。それに、あいつは日旦みたいな子が好きだから」


 2


 じろじろと向けられる無遠慮な視線に辟易としながらも、こんな馬鹿みたいな恰好をしている自分にも非があるので、憤りを発散することも出来ないという、拷問のような状況だった。首都圏、駅前、意味の分からない前衛的なオブジェの前で。僕は石積みの塀にもたれ掛かって、人を待っていた。


 園児服で。僕がフェイであることは、首輪を見れば一目瞭然なので、道行く人々は、そういう〝プレイ〟であると思っているに違いない。最悪だ。中には、僕に近付いて話しかけてくる女性までいる。何人かには、腕を掴まれて、連れ去られそうになった。ただ、僕が思わず強い言葉で拒絶すると、酷く傷付いた表情で去っていったのだが。良く分からない。


「やあ!」


 物思いに耽って、この酷い現実から逃避していると、不意に声を掛けられる。〝やあ!〟なんて。一昔前の劇団員のような胡散臭い爽やかさで話しかけてくる人物を、僕は一人しか知らない。


「……こんにちは。えっ……と。ヴァイス、と呼べば?」


「んー……少し他人行儀じゃないかい?」


 他人行儀なのではなく、他人なのだとは言わなかった。姉さんもそうなのだが、一方的な共感で他者に親しみを覚え執着するのは、狂人の共通項らしく、迂闊の拒絶すると致命的だということを僕は知っている。


「……」


 高い背丈。豊満と言っても差し支えのない胸。女性らしい広い骨盤。健康な脚。豊かな臀部。白騎士──自称、ヴァイス・ルノワールはフェイとしては、異端の姿をしている。勿論、顔立ちには、〝大人〟とは言い切れない無邪気な幼さが残ってはいるのだが。それでも、その成熟した身体は、フェイとしては極めて、珍しい。


 ヴァイスは僕の視線を受けて、不思議そうに首を傾げた。


「えっと……日旦くん?」


 白を基調としたワンピース。だが、正直、あまり似合ってはいない。思うに、ワンピースは彼が着るには些か、子供っぽいように思える。


「……はぁ。ヴァイス、さん。なんでいきなり、デートなんです? 姉さんに何か吹き込まれたんですか? 何か共謀して僕を嵌めようと……」


「え、えぇ? 違う違う……ただ、その……」


 頬を赤らめ、恥ずかしそうに肩を竦める姿を見るに、もしかして、本当にデートしたかっただけなのか。いや、まさか。そんなわけないか。そもそも、彼は僕に嫌われていることを自覚している筈だ。


「まあ。いいですけど。姉さんにも困ったものですね。お互いに」


「う、うん。そうだね……」


 *


 揺れる。それは、もう盛大に。


「えっと……日旦くん?」


「え? あ、いえ。それで、何処へ行きます? デートと言っても、今時……」


 胸を凝視していたら、流石に気付かれてしまった。誤魔化すように、困惑した表情のヴァイスの手を握って、歩き出す。フリルの付いた、白いワンピース。フェイの服装の傾向は、凡そ、二分される。女性らしさを避けた質素な恰好か、あるいは、その逆に過剰な女性らしさを纏った恰好か。ヴァイスの恰好は、流石というべきなのか。そのどちらでもなく、落ち着いている。大概の場合は、女性らしさに対する忌避感か、もしくは、過剰な適応かのどちらかで、極端になりやすいという。


 などと、分析してみたところで。僕が着ているのは園児服なのだが。


「取り敢えず、服屋に行く?」


「服屋、ですか? いいですけど……」


 正直、意外なチョイスだ。


「その恰好じゃ、ね?」


 ご尤も。


「畔羽が着せたの?」


「ヴァイスさんが喜ぶからって」


 ヴァイスは微妙な顔をして、顔を逸らした。否定はしないらしい。


「ええっと……うん。まあ……確かに。似合ってるけどね」


「喜びましたか?」


 ヴァイスは何も言わずに首を振った。だがよく見ると、口元が緩んでいる。喜んだらしい。四騎士。四人の内二人が幼女趣味とは。


「でも、本当に、可愛いよ。うん。変な意味じゃなくてね」


 嬉しくはない。


 *


 今の時代、ショッピングといえば、通販やネットショッピングが基本で、物理形態の店舗は少ない。街に立ち並ぶのはカラオケだとか、飲食店だとか。遊戯施設だとかが大半である。そして、人件費だとか、大量生産品への対抗だとかを考えると、必然的に、物理形態の店というのは、高級路線の店が多くなることが多い。


 そういうわけで、ヴァイスに連れられた服屋は、随分と高級そうな──それも、最近多い、成金趣味ではなく。落ち着きと品のある店だった。正直、困惑していた。フェイが入れるような店ではない。仮に入れたとしても、こんな〝恰好〟で入りたくはない。だが、ヴァイスは僕の手を握ると、堂々と中へ入っていった。


「いらっしゃいま──あら」


 案の定、店員の女性は僕の姿を見ると目を見開いて、驚いた声を上げた。ただ、流石というべきなのか、女性は直ぐに愛想の良い表情を取り繕って、僕の方へ近付いて来た。思わず、ヴァイスの背後に隠れると、女性は品の良い笑い声を上げた。


「あらあら。可愛らしい妖精さんだこと。……攫ってきたわけじゃないわよね?」


「し、失礼だな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

NEKTAR 妖精と牧神と天使 雨之月詠 @amenotuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ