第15話 夢の果てー4 ★

 ノアが目を開けるとそこは朱海荒野だった。


 あたりを見渡すと目の前にはガイヤ。

 そしてガイヤと同じ黒い軍服を着た帝国騎士達に囲まれていた。

 その数は30以上はいた。


 でもノアの隣には。


「うっ……うっ……あぁぁぁぁ!!」


 誰もいなかった。 


「ふぐっ! ぐぅ!!」


 ノアは無理やり立ち上がろうとする。

 胸がぐちゃぐちゃで腹筋が死んでうまく立ち上がれないが、それでも無理やり立とうとする。

 ボロボロの布に血が滲み、激痛で全身が痺れる。


「やめろ。お前も重症だ、死ぬぞ」

「いやだ! どこかに! どこかにいるはずなんだ! 離して!! 離せぇぇぇ!!!」


 ガイヤがノアを止めようとする。

 しかし暴れまわり、傷が開いていくノアを見て、ガイヤは腕を振り上げた。

 そしてノアの意識を刈り取る。


「ガハッ…………」

「許せ、お前まで死なせるわけにはいかん」


 そしてノアは意識を失った。


「父さん! 無事でよかった! 倒したんだね!」

「ロイか。心配かけたな」


 そこに真っ先に現れたのは、四つ星騎士。

 ロイ・フェザーフィールドだった。

 周りの騎士達も全員が三ツ星以上の帝国の最高戦力たち。


 そしてもう一人、帝国騎士団総司令のクライゼル・アシモフも現れた。


「ガイヤ、お前も重症だろうが、無理を承知で話を聞きたい。ひとまず飛行艇にいこう」

「クライゼル総司令。大丈夫です。見た目ほど大したことはありませんから。ですが、まずはこの子の治療を最優先でお願いします」

「…………誰だ? 見たところスラムの孤児のようだが」

「ええ。ですが……」


 ガイヤは気絶し、ボロボロで涙を流すノアを抱き上げる。


「――いずれ神殺しの英雄アルゴノーツになる子です」



◇数日後



『ノア……頑張れよ』

『待って……待って……待ってくれ』


「リュウ!!」


 俺は手を伸ばしながら飛び起きた。

 目を覚ますと俺はおそらくは病院にいた。

 綺麗な部屋でとても広い。

 俺が入れるようなレベルの施設じゃない…………あぁそうだ。


 思い出した。


「うっ……うっ……」


 俺は胸を押さえながら泣いた。

 すべて現実だと思い出しながら。


「起きたか」

「ガイヤさん……」


 ガイヤさんが扉を開けて入ってきた。

 軍服は脱いで、ラフな格好をしている。

 とても高そうな白シャツでまるで貴族みたいだ。


「お前にまず伝えないといけないことが二つある。一つはお前の妹だが隣の病室に寝ている。あのマナクリスタルを使用して助けた。ゆっくりマナを吸収しているので数日後には目を覚ますだろう。今は安静にしている」

「そうですか……それは良かったです。ありがとうございます」


 どうやらリュウが最後に伝えてくれた通り、ガイヤさんは俺の妹に治療を施してくれたようだ。

 金銭面まで融通してくれたようで、いつか返さないと。

 色々考えることがあるが、それでも俺の心にはぽっかりと穴が開いていた。


「あと一つは……いや、とりあえず行くぞ。魔導車を用意している。私が運転しよう」

「え?」


 そういって言われるがまま、俺は外に出た。

 ここはファルムス王国、王都セカンダリの王立病院だったようだ。

 それも相当良い部屋に入れてもらったのだろう。


 病院の外には、魔導車と呼ばれる乗り物があった。

 聞いたことはあるし、王都に来た時に見たことはあるが乗れるとは思わなかったな。

 金属製の箱に座りやすそうな椅子がついている。

 車輪と言われるものが回転し、前に進むらしい。


「どこにいくんですか」

「朱海荒野だ。といってもお前の傷も完治したわけではないから長居はできないがな」

「…………」


 俺は言われるがまま、魔導車に乗り込んだ。

 会話はなく、静かに車は進んでいく。

 とても何かを話す気持ちにはならなかった。


 1時間ほどがたった。

 俺はただ外を見つめていた。


「ついたぞ」


 朱海荒野についたが、そこには死体が散乱し鳥たちがその死体を掻い摘んでいた。

 ひどい光景だった。

 俺は降りて、俺たちが堕神の外に出た場所へと向かった。

 ガイヤさんも付いてきてくれた。


 そこにはやっぱり何もなかった。


「探すといい。好きなだけ」

「…………」


 俺は探した。

 意味はないことだとわかっていてもどうしても探したくなった。


 もしかしたらいるかもしれない。

 もしかしたらその辺で、いつもみたいに腕を組んで。よっ!っとすました顔で出てくるかもしれない。


 そんなことはあり得ないのに。


 それでも泣きながら探した。

 

 ガイヤさんは何も言わずにずっとそばにいてくれた。


 日が暮れ始めたころ、俺は座り込んだ。

 

 そして現実を知った。


「死んだんですね……」

「そうだ。神界のボスを倒すと神界は崩壊し、堕神は消滅する。そのとき命ある者は外に出され、それ以外は……おそらくはマナに帰ると言われている」


 それはあの時すでにリュウは死んでいたことを指していた。

 あの出血量だ。動けていたのも奇跡だったのはわかる。


「リュウは死んだ。お前はそれを受け止めなくてはならない。どんなに辛くても……受け入れなくてはならない」

「…………」

 

 俺はうずくまった。

 胸が苦しい。何か大事なものがごっそりと抜けた。

 埋められないほど大きな何かが、ぽっかりと俺の胸に開いている。

 埋められない。

 何をしてももう、この穴は埋まらない。


「ノア、なぜリュウは死んだ」

「…………俺が弱いからです」

「……そうだ。お前が弱いから死んだ」


 俺はガイヤさんを泣きながら見る。


「そして私が弱いから守れなかった。私たちが弱いから大切な者は死ぬ。私たちが強ければ大切な者は守れたはずなんだ。ノア……力がいる。この世界の理不尽に抗うためには力がいるんだ」


 俺が強ければ、あの時両親は死んでいない。

 そしてこの戦いでリュウも死んでいない。

 それは当たり前のことで、だから俺はスラムで鍛えて強くなって……でもまた失って。


「……悔しいか」


 悔しい。

 自分の選択でこの未来が変わっていたかもしれないと思うと心をかきむしりたくなるほどに悔しい。

 泣きじゃくって暴れまわりたくなるほどに悔しい。


「ならば強くなれ……死者に対して生者ができることはその遺志を継ぐことだけだ。お前は何を託された」


 俺はボロボロと泣いた。

 そして思い出した。

 リュウに託されたものを。


「強くなって……神殺しの英雄アルゴノーツなる夢を」

「リベルティア帝国民十億人。周辺国家を合わせればその倍近く。その頂が四つ星騎士だ。その中でも皇帝陛下に選ばれた、最強の称号。――それが神殺しの英雄だ。生半可な努力では、見ることすらできない高き壁だ」

「…………でも託された。俺は……なりたい! 夢……託すって……これは俺とリュウの夢だから! もう失わなくていいぐらい強い騎士に! 神殺しの英雄アルゴノーツになるのが俺たちの夢だから!!」


 俺は泣きながら叫んだ。

 そしてガイヤさんに心の声を必死に叫んだ。


「なれますか……俺でも! 俺一人でも! あいつらを……神とか言って俺から大切な人を奪っていくあいつらを全部倒して! みんなを守れるぐらい強い英雄に! なれますか!」

「――なれる」


 ガイヤさんは俺の眼を見てまっすぐと答えた。

 俺は涙が溢れた。


「――なれる。お前はマナに愛され、剣の才もある。騎士としての資質は最上だ。だがそんなことよりももっと大事なことをお前は知った」


 ゆっくり俺に近づいてくるガイヤさん。


「――痛みを知っている」


 拳を握って俺の心臓をトントンと叩いて言った。


「強さの意味を知っている。弱いことの辛さも知っている。それはきっとお前を誰よりも強い騎士にする。優しくて強くて、みんなを守れる立派な騎士にな」


 俺は俯く。

 ぎゅっとこぶしを握って顔を上げた。 


「……私は厳しいぞ? それでもついてこれるな」


 俺は涙を拭いて、ガイヤさんの眼を見つめて答えた。


「は゛い゛!」


 ガイヤさんは優しく俺の頭をなでた。




 そのあと、リュウと一緒に堕神に飛びついたあの丘の上へと向かった。

 そこにある一際大きな岩に俺は文字を掘った。

 この辺では一番景色がよかったからだ。


 リュウの遺体はないので何もないお墓だ。

 それでも何かを区切りたい。


「……リュウ。ごめん、俺が弱くて……それとありがとう。俺も最高に楽しかった」


 そこに書いた文字を心に刻んで剣を突き刺し、背を向けた。


「……まだ乗り越えられないけど……いくよ。頑張って歩き続ける。なんとか……頑張る。だって」


 まだ始まったばかりで、何が起きるかもわからない。

 でもきっと、世界を変えて見せる。


 もう誰も悲しまなくて済むようなそんな世界に。


 神達を滅ぼして、きっとすべての人類を救えるような英雄に。


 だって。


「――約束したもんな」


 ここから俺たち二人の物語は終わり、俺だけの物語は始まった。

 

 でもこの時の俺はまだ知る由もなかった。


 まだ俺たちの物語は、何も終わっていないということを。






◇同時刻、とある大陸。



「……あぁ?」


 俺は目を覚ました。

 あたりを見渡すと、とても自分がいていいような場所ではない豪華な部屋に寝ている。

 ベッドだけでスラムにある自分たちの住処と同じぐらいは広いだろうか。


「…………どこだ、ここ。俺は確か……胸を貫かれて……痛!?」


 痛みが走ったので腹部を見ると包帯だらけ。

 だが死んでいない。なぜ?


「あぁぁぁ!! 起きた!!」


 すると大きな声が聞こえて振り向く。


「よかった~聖龍の力が覚醒して傷が塞がってたけど、もう死んでた! 本当にぎりぎりセーフ! いや、もうぎりぎりアウト! ほとんど死者蘇生って感じだったね!  ほんっとにぎりぎりで大変だったんだよ! いきなり母神界に死にかけの少年が来たと思ったら、もう半分マナに返ってたし!」

「はぁ? 聖龍? 死者蘇生? 母神界?」


 そこには、テンションの高い女がいた。

 鮮やかな金髪の髪が肩まで伸びて、見た目はまるでお姫様だ。

 だが全身でセーフセーフとうっとおしい。


「そ! ずっと探してたんだよ! 龍王様の一人息子があの大陸のどこかにいるはずだって! でも盟約があって入れないし。あ、タメ口でいいよね。家柄的には身分はあなたの方が上。というか最上だけど、私は命の恩人だからね! あと同い年だし! でもほんとに見つかってよかった。私がたまたま母神界にいてよかったね。そりゃもう、三日三晩死に物狂いでマナ操作して、癒しの力促進で何とかよ。もうへとへと、私が天才だったことに感謝してよね!」


 早口でまくし立て、こちらを一切気にせずしゃべる。

 そのテンションの高さが若干ノアに似ている気がした。

 

 言葉は理解できる。

 だが言っていることは何も理解できなかった、


「意味が分からない。ここはどこだ?」

「ここ? ここはね! 神聖アイギスフィール龍王国!」


 そういってその女は、カーテンを開く。

 カーテンから日差しが入り込み、そしてその先には美しい街並みで、どこか幻想的で、それでいて文明的な、見たこともない国が広がっていた。


 だがそんなものはどうでもいい。

 そんなことよりも。


「なんで……」


 ――そこには神がいた。

 

 まるでそれが当たり前のように、世界を闊歩し、生活している。

 

 俺は額を押さえて整理しようとする。

 するとそのお姫様のような、あいつのような、天真爛漫な女はベッドに飛び乗って俺を見る。


「あ、自己紹介がまだだった! 私の名前はシャーロット・シルフィード! いずれ風龍の称号をもらう六龍家の一つ、風龍のお姫様! そしてあなたはそれを束ねる聖龍の血を引く龍王家」


 だが何もわからなかった。

 

「これからよろしくね!」


 でもとりあえずこれだけはわかっている。


「――リュウ・アイギスフィール王子様!」


 俺たちの物語はここから始まったんだということが。






あとがき。

はい、ということで物語スタートです。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

まぁ何がしたいか勘の良い読者は気づいてますよね。


ルルーシュとスザク、シンとアスラン、ナルトとサスケ。

古くは、ロミオとジュリエットに始まる友情、でも立場によって戦わなければならない二人。


彼らの物語は、ここから始まります。

ちなみにタイトルに★がついてる話はリュウサイドの話が少し入っているようなときにしようかなと思ってます。


神とは、堕神とは、人とは、マナとは。

自分で書いててこれ伝わるのかってぐらい複雑で濃い設定が目白押し。

二人の行く末はどうなるのか。

まぁ色々考えてますが、これから第一章完結に向けて走っていきます。

盛り上がること間違いなしなので、良ければ一緒に走ってください。


そしていよいよヒロインも登場。

遅すぎるわ。といつものごとくツッコミが入りそうな今作品ですが、魅力的なヒロインを書けたと思っているので、ぜひお楽しみに。


では、よければフォローと★評価ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る